どこにも行きません③
交易都市シュナイデンの限定開放二回目。
前回の開放からちょうど一か月後の本日、再び開催されることになった。
入り口にはすでにたくさんの来場者が列を作っている。
開場まで残り十数分だった。
「す、すごい人数ですね」
「前回とは規模が違うからな」
私と殿下は集まった人たちを遠目に眺めていた。
前回よりも圧倒的に人数が多くて、私はちょっぴり圧倒されている。
殿下は続けて言う。
「前回は周辺の民衆と一部の関係者だけだったが、今回はシュナイデンの存在も一般公開された後だ。チケットさえ獲得すれば、誰でも入ることができる。人数は絞っているが」
「それでも一日十万人ですよね」
「前回の大体十倍だな」
「じゅ、十倍……」
今回は事前にチケットが販売されている。
一週間の日ごとに一枚ずつ発行され、一日十万人限定で来場可能となる。
チケット入手は貴族、平民問わず可能となっていた。
その結果、チケットは販売開始からわずか数日で完売してしまったそうだ。
「皆さん注目してくれているんですね」
「そうだな。一先ずはよかった」
シュナイデンの存在は、一瞬にして国中に知れ渡った。
三か国が合同で一つの都市を作る。
今までにない取組に、みんなも期待してくれているのだろう。
私もその期待に応えられるように、精一杯頑張ろう。
心の中で気合を入れる。
「そろそろ時間だ」
「はい。私はアトリエに戻ります」
「頑張れよ。うちの目玉店舗なんだからな」
「は、はい! 頑張ります!」
殿下の期待にも、しっかり応えなくちゃ。
私は駆け足でアトリエに戻った。
すでに開店準備は整っている。
前回の反省を活かし、一般のお客さんでも楽しめるように商品の種類を増やした。
あとはお客さんが来てくれるかどうかだ。
「すぅーはぁー……」
緊張してきた。
時計の針が時刻を告げる。
「始まった」
限定開放一日目、開始。
すぐに変化は訪れる。
外を歩く人の波が、足音がよく聞こえた。
「ほ、本当にすごい人……」
前回とは比較にならない混雑だ。
果たしてこの中でどれだけの人が、私のアトリエに興味を持ってくれるだろうか。
開始から数分が経過する。
未だに一人も来客はなかった。
「やっぱり最初は難しいかなぁ」
錬金術師のアトリエは、一般のお客さんに馴染みがない。
加えて前回よりも出店数が増えている。
飲食系のお店にお客さんが流れているのが、窓の外を見てわかった。
一応、アトリエの外にポーション類以外もありますよ、的な看板も用意したけど……。
「簡単には見てもらえないか」
なかなか難しい。
どうやってお客さんを呼び込めばいいのだろう。
外に出て声をかけてみる?
中々ハードルが高い。
困っていると、カランと来客のベルが鳴った。
「――! いらっしゃいませ!」
「おう嬢ちゃん! また来たぜ」
「あっ! 皆さん!」
前回の開放時、初めて来てくれた冒険者のお客さんたちだ。
見た目はちょっぴり怖いけど、気さくでとてもいい人たちだった。
今回もお仲間さんと一緒に来店された。
「来てくださったんですね」
「当たり前だ。一般公開されたら常連になるって言ったろ」
嬉しくて自然に笑みがこぼれる。
リピーターがいるということは、ここの商品に満足してくれたという証拠だ。
「なんか商品増えてやがんな」
「はい! 冒険者の方以外でも、興味を持っていただけるように増やしました」
「へぇ、この棚にあるのはなんだ? 粉?」
「調味料とかスパイスです」
ちょうど興味を持ってくれたのは、新商品の調味料系がずらっと並ぶ棚だった。
私が記憶している前世の調味料たち。
その中で再現可能だったものを取り揃えている。
「調味料って料理の味付けするやつだろ? こんなに種類があんのか」
「ここでしか手に入らないものばかりですよ」
「それは気になるな。なんかおすすめないか? 料理はあんまりしないんだが、遠征とかで野宿するとき、塩だけじゃどうも味気なくてな」
「そうですね……」
普通の料理じゃなくて、外で食べるときに使う調味料か。
たぶん屋外だし、まともな調理器具もない。
しっかり調理する系の調味料は不向きかな?
「ちなみによく食べるのは?」
「携帯食料か現地調達した肉とかになるな。何の肉かはその時次第って感じだ。調理法も焼いて食う、くらいだぞ」
「なるほど。じゃあこれなんてどうですか?」
私は小瓶に入った赤いスパイスを手渡した。
「これは?」
「スパイスです。香りが強いので、肉の獣臭さを抑えてくれるかなと。ちょっと辛めなので、辛いのが苦手な人にはお勧めできないんですけど」
「辛いのは得意だぜ! ちょっと舐めてみていいか?」
「どうぞ」
試食もできるように用意はしてある。
使い捨ての小皿を用意して、スパイスを少し入れる。
「辛い匂いだな。どれ」
ペロッと一舐め。
唐辛子系の辛さだから、ツーンとくる感じではなく舌が熱くなってヒリヒリするタイプだ。
「結構辛いな。けど美味いぞこれ! 肉にかけたらいい感じになりそうだな!」
「よかったです」
「他にもねーのか?」
「ありますよ。辛さは控えめなのとか、ちょっと独特なのも」
その後も冒険者の方々におすすめの調味料をレクチャーした。
思った以上に盛り上がって、最終的に気に入った四種類のスパイス系の調味料と、前回と同じポーションと栄養ドリンクを買ってくれた。
「ありがとな! また仲間に宣伝しとくぜ!」
「はい! ありがとうございます!」
今回も喜んでもらえてよかった。
最初のお客さんを見送ってホッとしてから数分後。
再びカランと音が鳴る。
「あの、ここに面白い調味料があると聞いたんですが」
「は、はい! ありますよ!」
今度は冒険者じゃないお客さんが来てくれた。
さらにもう一人、さらに一人と追加される。
「これか! さっきいかついおじさんが言ってたのは」
という会話が聞こえた。
どうやら冒険者の方々が、道すがらに商品を宣伝してくれたらしい。
ふいに笑みがこぼれる。
前回もそうだった。
私はお客さんに恵まれている。
いつの間にかお店の中は賑わって、いろんな人の声が飛び交う。
「また来てくれたらサービスしなきゃね」
常連のお客さんには、ちょっぴり贔屓にしても罰は当たらないだろう。
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(次回更新は2/6です)




