隠し味は努力②
栄養ドリンクを補充し終えて、作った物を木箱に詰める。
あとでお仕事を頑張っている皆さんに配れるように。
配る作業は私じゃ無理だから、騎士の方にお願いしている。
午後には取りにきてくれるはずだ。
「あっという間にできちゃったわね。私から見れば奇跡だわ」
「聖女様のほうがよっぽど奇跡だと思いますけど……」
「私は神様の力をお借りしているもの。起こって当然の奇跡だわ」
「当然の奇跡、ですか」
初めての解釈だ。
誰よりも神様を身近に感じている聖女様だからこその視点、勉強になる。
「ついにこれから新製品の開発ね!」
「は、はい!」
緊張する。
まじまじ見られながらお仕事するって、こんなにドキドキするのか。
「それで、何を作るかもまったく決まっていないの?」
「いえ、一応いろいろ候補はあるんです」
私は普段からつけているメモ帳を開いた。
そこにはアイデアをまとめたり、反省点を書いたりしている。
仕事終わりや寝る前に確認して、明日の目標を考えたり。
一人で錬金術の勉強を始めた頃からの癖だ。
「メモしてるのね。真面目……何この文字」
メモを覗き込んだ聖女様が首を傾げる。
それも当然だろう。
メモに使われている文字は、私が前世で使っていた言語だから。
この世界とは馴染みがない。
「暗号?」
「えっと、みたいなものです」
「へぇ、アイデアを盗まれないように気をつけているのね。抜けていそうなのに、意外と用心深いのね」
「そ、そうですね!」
会って二日の聖女様にも、抜けているように見えていたのか。
ちょっとショックだ。
私ってそんなに頼りなさげだろうか……。
「ねぇ、なんて書いてあるの?」
「えっと、調味料を作ろうかなと思っています」
「調味料? お料理に使う?」
「はい」
いろいろと新製品の候補は上がっている。
中でも一般家庭に馴染みがあり、錬金術の長所が活かせそうな物の一つが、調味料の作成だ。
塩、コショウ、砂糖など。
一般的な調味料はこの世界でも使われている。
けれど技術力の差なのか、それとも発想の違いか。
そもそも必要な素材が違うからというのもあって、私にとっては馴染み深い調味料たちが存在しない。
存在しないなら、私が一から作ればいい、と思った。
「調味料ってどうやって作るの? 私、料理しないからわからないわ」
「実は私もよくわかっていません」
「そうなの?」
「はい。料理はしますけど」
いずれ屋敷を出ても生きてゆけるように。
前世の記憶もあって、料理は人並みにできるようになった。
でも、普通考えないと思う。
この調味料はどうやって作られているのか、とか。
原材料は何かなんて。
例えば前世では無難だったマヨネーズとか。
卵を使っているのは知っているけど、作り方はよく知らない。
「それじゃどうやって作る気なの? テキトー?」
「そうなりますね」
「大丈夫なの? そんなので」
「大丈夫だと思います。細かい作り方はわかりませんが、味は想像できますから」
私が持っている一番の財産。
他の人間にはない長所は、前世の記憶があることだ。
この世界と、前世の世界は文明レベルに大きな差がある。
特に私が生まれ育った国は平和で、一般市民も頑張れば贅沢な暮らしができるほど恵まれていた。
だからこそ、いろんな産業が発達したし、様々な発想から新商品も開発された。
私には物を作る才能はなかったけど、それらに触れ、感じて、味わった経験がある。
「錬金術があるので、作り方は重要じゃないんです。必要なのは素材と、完成品のイメージ。食品なので、特に味ですね」
「そこが一番想像しにくそうだけど……自信ありそうな顔ね」
「ありますよ! こう見えて、昔はグルメだったんです」
「グルメ?」
「あ、なんでもないです」
調子に乗って前世の話をしかけて口を閉じた。
前世では少ないお金をやり繰りして、偶の贅沢で外食したり。
何度も行けるわけじゃないから、事前にいっぱい調べて、おすすめのお店のチェックしたっけ。
今でも覚えている。
辛いことがたくさんあったからこそ、楽しい思い出はより鮮明に。
「試しにいくつか作ってみます」
「見学させてもらうわ」
緊張からワクワクへと内心が移り変わる。
初めての錬成は、いつだってワクワクするものだ。
さっき思い浮かんだし、無難にマヨネーズから作ってみる?
ケチャップのほうが原材料がトマトだし、わかりやすいかな?
スパイス系も、わかる範囲で試してみよう。
「素材、申請しておいてよかった」
予め必要になりそうな素材は、アルマさんに申請して集めてもらった。
香草はポーションづくりで使っていたから揃っている。
野菜や貝類、生モノは用意できなかったから、また今度にしよう。
「卵は……あんまりない。トマトはあるし。先にケチャップかな」
「ケチャップ?」
「酸味が効いたトマトのソース? みたいなものです」
「へぇ、そんなのもあるのね」
この世界にはケチャップもない。
私にとってはポピュラーな調味料やソース系も不足している。
科学技術に関しては、国によって差はあるようだけど、食文化に関しては全体的に遅れているみたいだ。
「確か材料は、トマトと塩と砂糖、あとお酢だったかな。スパイスも使われていたはずだけど、香草で代用できるものを」
考え事をぶつぶつ口に出しながら、試行錯誤して組み合わせを試す。
味を知っているという大きなアドバンテージを活かし、作っては舐め、作っては舐め。
徐々に口の中が酸っぱくなってきた。
七パターンほど作成し、テーブルに並べる。
「一番近いのはこれだけど、ちょっと酸っぱいかな」
私はもう少し甘いのがいい。
砂糖を増やす?
なんだか違うような気がする。
何が足りないのだろう。
今のままだとトマト感が強いから、もう少しソースっぽくするには……。
「醤油とか」
「また知らない単語が出たわね。どこの言葉なの? ラットマン王国の言葉じゃないでしょう?」
「あーえっと、私が勝手に考えた名前、です」
「そういうこともしてるのね。意外だわ」
「あはははっ……」
ちょっと恥ずかしい。
聖女様視点だと、私は自分だけの言語を作っている変な人、になっている。
いつか変なイメージがつかないか心配になる。
「これはこれで使えるから、先に醤油を作ろうかな」
醤油の主な材料はわかる。
大豆、小麦、そしてお塩だ。
大変な手順は、錬金術で全部無視できる。
醤油を自力で作った人が見たら、なんてインチキだと怒るだろうけど。
「できました!」
「これが醤油? 黒いわね」
完成した醤油の小瓶を聖女様が覗き込む。
香りは完全にあの醤油だ。
味も……。
ペロッと舐めて確認する。
「完璧」
懐かしい味だ。
前世の記憶が蘇るような。
「私もいい?」
「はい! どうぞ」
聖女様も恐る恐る、出来上がった醤油を味見した。
この日、初めて――
「美味しいわね」
前世の味が、この世界の人間の舌を唸らせた。




