隠し味は努力①
交易都市の限定解放が終わった翌日。
何事もなく日常へと戻ったように見えたけど……。
「トリスタン様! 今日はどうされますか?」
「いつも通り騎士たちの訓練と、街の見回りをする予定だぞ」
「仕事熱心なお方ですね。素敵です」
「はっはっはっ、聖女のお前には敵わないぞ。それより、イゾルテ……さすがに少し離れてはくれないか? 歩きにくいんだが……」
聖女イゾルテ様は、トリスタン様の腕にぎゅっと抱き着いていた。
道行く人が目を意識的に背ける。
でも気になるから、ちょっと横目に。
「ふふっ、照れていらっしゃるのですか?」
「そういうわけじゃないんだが……これじゃ見回りができないな」
「私も一緒に行きます」
「いや、これはオレの役割なんだ。お前はせっかく聖女の役目が落ち着いたんだろう? しっかり休んでおけ」
「あら、私のことを気遣ってくださるのですね。優しいお方」
「……」
私も見物人の一人に交じっていた。
特に思う。
あれは大丈夫なのだろうか?
「二人の関係って秘密なんじゃ……」
「一応秘密にはしてるんだけどな」
「わっ! 殿下!」
後ろからいきなり声をかけられ、思わず跳び上がってしまった。
その反応に殿下も驚いている。
「悪いな、ビックリさせたか」
「いえ、おはようございます」
「おはよう。今からアトリエに向かうところか?」
「はい。そのつもりだったんですけど……」
と、言いながら視線を戻す。
抱き着いて離れない聖女様と、仕事に行きたいけど無下にできないトリスタン様。
二人の攻防?は、ここニ十分ほど続いていた。
無視してアトリエに向かうことはできたのだけど、気になってしまい足を止めている。
私以外にも何人か、似たような人たちがいた。
「執行部の目の前で……まったく困った奴らだな」
「あの、秘密なんですよね?」
二人の関係は公にされていない。
両国の王様が懐疑的なこともあり、秘匿されている。
という話をつい最近聞いたばかりだった。
しかし現実は、皆に見えるところでイチャイチャしている……。
「公にはしてない。ただ、二人は昔からあんな感じなんだよ」
「む、昔からですか」
殿下は小さく頷いた。
幼い頃から一緒にいる友人で、いわゆる幼馴染。
仲が良いことは普通に知れ渡っている。
「イゾルテはトリスタンにべったりだった。昔からあんなだから、二人のことを知っている連中は、仲のいい兄妹みたく思ってるよ」
「兄妹……」
「私も行きます。お休みだからこそ、トリスタン様と一緒にいたいです」
「仕事が終わったら時間がある。それまで待っていてもらいたいんだがなぁ……」
見えなくもないか?
それにしても新鮮な感覚だ。
いつも豪快で、物怖じしないようなトリスタン様が、か弱い聖女様に押され気味である。
「わかった。午前中には仕事を終わらせてくる! 午後は丸っと空けるから、それまで待っていてくれ? な?」
「もう、仕方ありませんね」
ようやく納得した様子で、でも寂しそうにトリスタン様の腕から離れる。
そんな聖女様の頭を、トリスタン様はポンと撫でる。
「数時間なんてすぐだぞ」
「そうですね」
トリスタン様が聖女様にみせる表情は、どこか特別な雰囲気を纏っていた。
二人の関係を知った後だからこそ、余計に意識してしまう。
この二人が恋仲であると。
なんだか見ているこっちがドキドキしてしまう。
と、思ったところで聖女様が私のほうを向いた。
目と目が合う。
「え?」
こっちに来た?
昨日続きで、私にまた忠告をする気なのかな?
私は身構える。
「なら、暇な時間はルミナさんのところへ遊びに行こうかしら」
「……へ?」
わ、私のところに?
「それはいいな。女同士仲良くしてくれ」
「トリスタン様!?」
「邪魔しないのならいいと思うぞ」
「殿下も!?」
なぜか勝手に話が決められそうな流れに……。
私はオドオドしていると、聖女様が手を握り、優しく微笑みかける。
「よろしくね? ルミナさん」
「え、あ、はい!」
逆らいきれずに肯定してしまったけど、聖女様がアトリエに来る?
いや、昨日も来られたけど!
「それじゃ、オレは仕事に行く」
「俺もだ。昨日までの報告書をまとめないと」
トリスタン様が歩きだし、殿下も執行本部へと戻っていく。
殿下は一緒についてきてほしかった。
性別は同じでも、立場が全然違う二人。
緊張しないほうが無理だろう。
「あ、あの……本当に来られるのですか?」
「あら、邪魔だった?」
「そんなことはありません!」
断れるわけないですから。
これは覚悟を決めなければならない。
私の内心とは裏腹に、聖女様はワクワクした表情を見せる。
「ふふっ、なら行きましょう。実は興味があったの。錬金術師さんのお仕事に」
それから二人でアトリエに向かった。
店舗側は昨日のうちに片づけが終わり、並べられていた商品も裏に戻してある。
こうして見ると少し寂しい気分だ。
つい昨日まで、お客さんで繁盛していたのに。
始まる前は緊張と不安も大きかった。
けれど終わってみると、またお店を開きたいと思える。
全部まとめて、不思議な気分だ。
「これから何をするの?」
「あ、えっと、商品の補充と、新製品の開発をしようかと思っています」
「新製品! いいわね! 何を作るの?」
「それをこれから考えようかと」
こっちも不思議な気分だ。
私のアトリエに、他国の聖女様がちょこんと座っているのだから。
昨日までとは別の意味で緊張する。
「先に商品の補充をします」
「ポーションづくりね。あれってどういう原理なの? 錬金術のこと、あまり詳しくないのよ」
「えっと、簡単に言うと、素材を砕いて一つにまとめて、形を整える……みたいな感じです」
「それなら錬金術じゃなくてもできそうね」
「そうですね。薬の調合とやっていることは一緒です。ただ違うのは、錬金術のほうが細かくて、自由度が高いことです」
薬の調合は、薬草をすり潰して混ぜ合わせる。
錬金術も素材を分解し、再構成する。
過程は似ている。
錬金術の場合は原子レベルで分解し、再構成することができるから、単なる混ぜ物ではなく、まったく別の物質に変身する。
人の手では作れないものも、錬金術なら作り出す。
この力は原理的に、まだ発見されていない未知の物質すら生成可能だ。
説明しながら栄養ドリンクを錬成する。
それを見ながら聖女様は、不思議そうに呟く。
「その光、私の祈りに似ているわね」
「聖女様の、ですか?」
「ええ。もしかしたら錬金術も、神が与えたギフトなのかもしれないわね」
聖女様がそうおっしゃると説得力が違う。
もしそうなら、私は神様に選んでもらえた幸運な一人なのだろう。




