恋する聖女様④
話を終えて、殿下は立ち上がる。
大きく深呼吸をしていた。
「長話になったな」
「ありがとうございました」
「いいや……ルミナ」
立ち上がった殿下は、意味ありげに私のほうへ振り返る。
目の前に立たれて、私は立てない。
「殿下?」
「巻き込んで悪かった」
「え、え?」
殿下が突然、頭を下げてきた。
困惑した私は首を振る。
「な、なんですか? どうして謝るんですか?」
「イゾルテが口を滑らせなければ、本当は話すつもりはなかった。知れば巻き込む。俺たちの目標は、見方を変えれば国家反逆に近い。もし失敗すれば……関わった人間は罰を受ける」
「殿下……」
「だから言うつもりはなかった。巻き込んで本当にすまない。忘れてもらえたら一番だが……」
必死に謝罪する殿下に、私は思わず笑ってしまった。
馬鹿にしているわけじゃない。
ただ、おかしくて。
王子様なんだから、もっと我儘でもいいのに、なんて思う。
「忘れるのは難しいと思います」
「だろうな」
「でも、知れてよかったです」
「ルミナ?」
驚きはした。
けれど、理解もできた。
「素敵な夢だと思いました。私も……貴族なんていなくても、国は回るんじゃないかなって思ったことありますから」
「自分も貴族なのにか?」
「私は貴族らしいこと、何もしてきませんでしたから」
むしろ振り回されてきた。
家柄に、立場に、姉妹の関係に。
貴族でなければ、もっとシンプルだっただろう、
「私は殿下ほど、強い想いがあるわけじゃありませんけど、でも助けになればって思います」
「助けに……」
「私にできることなんてないかもしれないです。それでも、知ることができたから、他人事じゃいられないです」
「――ルミナ、お前は……」
「ぜひ協力させてください! 私も、殿下たちの夢のために!」
私にとってのこの場所は、新天地であり新たなスタート。
ここから始まる第二の人生。
貴族とか、地位とか、国境とか。
難しいことはわからないし、私が考えることではないのかもしれない。
ただ私にできるのは、私をあの場所から掬い上げてくれた殿下への恩返しだと。
少なくとも、優しい殿下が望む未来なら、きっと間違いじゃないはずだ。
「いいのか? バレたら国家反逆だぞ」
「その時は……一緒に逃げましょう!」
「にげっ、逃げるのか?」
「はい! どうしようもなくなったら逃げましょう! 迷惑をかけたなら精一杯謝って、でも誰にも迷惑かけてないなら、逃げてもいいと思います!」
「……ぷっ、はっははははははははは!」
殿下が笑った。
夜の街に響くくらい大きく。
豪快に。
こんな殿下は初めて見る。
「で、殿下?」
「凄い考え方するな、お前は」
「そ、そうですか? 錬金術のこと以外で、難しいことを考えるのは苦手で……」
「いや、いいかもな。まぁ実際逃げるわけにもいかないけど」
「そうですよね……」
「意気込みはいい。逃げてもいいんだ……少しでもそう思えたのは初めてだ。おかげで気が楽になった」
そう言って、殿下は私に手を差し出す。
「ありがとな。話を聞いてくれて」
「どういたしまして?」
私はその手を握る。
すると、殿下は握った手を引き、私は立ち上がる。
「帰ろうか? 疑問はもう晴れただろう」
「はい!」
「……お互いにな」
ぼそりと殿下が呟いた。
その横顔は清々しく、吹っ切れたように見える。
殿下は私よりずっとたくさんのことを考えていらっしゃる。
きっと私の何倍も、日々の悩みを抱えていたに違いない。
一つでもいいから、悩みの解消ができたらいいな。
そんな効果のポーションがあったら、ぜひ開発してみたいと思った。
◇◇◇
ルミナがシュナイデンで多くを経験している一方で、宮廷では変わらず悲鳴をあげている女性が一人。
リエリアのテーブルには書類の山が。
足元にはポーションの素材と、空の小瓶が転がっている。
「……」
毎日毎日、仕事をする。
終わらない。
終わっても、次の仕事が来る。
「大丈夫ですか? リエリアさん」
「……ゼオリオ様」
偶にゼオリオが顔を見せに来ていた。
これまで大勢いた貴族の男性とも、ほとんど会えていない。
未だに交流を続けているのは、ゼオリオを含めて数名だけである。
「こんなにもたくさんお仕事を……大変ですね」
「……」
「ですが仕事ばかりでは疲れるでしょう? どうですか? 偶にはリフレッシュするのは」
「……邪魔しないでくれませんか?」
「――!? リエリアさん?」
「見てわかりませんか? 私は今、とても忙しいんです」
下心を見せたゼオリオ。
そんな彼の態度に苛立ちを感じたリエリアは、怒りをそのまま発露する。
普段なら隠していた。
よき女性を演じるために、感情は表に出さず、偽るのが基本。
そうして作られた仮面をかぶり、男たちを魅了する。
「あなたに構っているような時間はありません。リフレッシュ? そんな時間があったら早く終わらせないと」
「リエリアさん……」
しかし、その仮面はすでに崩壊していた。
取り繕う気力すらない。
日々の疲れは蓄積し、ぶつける先もいない。
以前は鬱憤も、妹であるルミナにぶつけて解消していた。
もう彼女はいない。
何もかもが、リエリアを支えていたものは崩壊する一方である。
「……そうですか。わかりました。もう来るのはやめます」
「――! 私はそこまでは」
「お仕事の邪魔をして申し訳ありませんでした。それでは失礼します」
「待っ――」
バタンと強めに扉が閉まる。
「また……」
やってしまった。
感情に任せて悪態をつき、よくしてくれた男性が離れて行く。
初めてではなかった。
ここ最近は何度も、似たようなことが起こっている。
一人、また一人と彼女の周りから消えて行った。
「……どうして……」
こんなはずじゃなかった。
自分は天才で、何でもこなせて、異性からも求められて……。
完璧な女性であると思い込んでいた。
めっきは剥がれ、支えも失い、露呈したのは裸の本性。
自分には何もなかったのだと、リエリアは気づき始めた。
これまで大変なことは、面倒なことは全て押し付けてきた。
そのつけが、今になって巡っている。
もはや取り戻せない。
彼女は転落し続け、辺境の地で妹は昇り始める。
次に二人が交わる時、果たしてどんな言葉を交わすだろうか?
そう遠くない未来で、彼女たちは向き合う。
お互いの、今に。




