恋する聖女様③
プレオープン最終日。
すべてが終わり、後は休むだけ。
ということなのだけど……。
「疲れすぎて眠れない……」
仕事疲れよりも気疲れのほうが大きかった。
原因はハッキリしている。
聖女様とお会いして、殿下たちの目標を知って驚かされた。
極めつけは……。
「誰にも言ってないから内緒にして、とか……荷が重い……」
そりゃ誰にも言えないだろう。
交易都市は表向き、三国の交流や文化、技術の発展のための拠点だ。
私もそういうものだと思っていたし、間違ってはいない。
けれど殿下たちの真の目的は、国境をなくすこと。
国同士の隔たりをなくし、一つの大きな国にしてしまう。
言い方を変えれば革命、悪く言えば侵略。
とてもじゃないが、一国の王子王女が掲げていい目標じゃない。
「……」
聖女様がどうして国境をなくしたいのか。
その理由は明白だった。
トリスタン様も同じ気持ちなのだろうか?
だとしたら……。
「殿下は?」
殿下はどうして、国境をなくしたいのかな?
もしかして殿下にも、国を越えて想い人がいる……とか?
(あれ? 少し……)
考えていたら余計に眠れなくなってしまった。
これじゃ朝まで悶々と考えてしまいそうだ。
一旦リセットしよう。
「お散歩!」
こういう時はお散歩だ。
もちろん以前の反省は活かして、街の中だけにしようと思う。
さすがにもう夜遅いし、遠くへは行けない。
ちょっと散歩して頭を整理しよう。
そう思って執行本部の建物を出た。
「こんな夜中にどこへ行くんだ?」
「――あ」
ところで、殿下に見つかってしまった。
「で、殿下!」
「こんばんは」
「こ、こんばんは! 奇遇ですね」
「奇遇ですね、じゃないだろ? どこ行くんだ?」
「ちょっとお散歩に……」
私は目を逸らした。
この時間に外出しようとしている。
怒られるのは確定だった。
「はぁ……声かけろって言ったよな?」
「ちょっ、ちょっとならいいかなと」
そもそも殿下をお誘いするなんてハードルが高い。
加えて今は、殿下のことで考え中だったから。
「仕事のことなら明日にしろよ。もう今日は終わりだ」
「いえ、そういうのじゃありません」
「違うのか? だったら……ああ、なら仕方ない。俺も一緒に行こう」
「え……」
「ほら、散歩するんだろ?」
「は、はい!」
よくわからないまま、殿下と一緒に夜のお散歩へ。
何かを察してくれた様子だった。
彼は私の隣を歩き、歩幅を合わせてくれる。
しばらく無言のまま歩いた。
まったく落ち着かない。
考え事なんて、する暇もなかった。
「知りたいんだろ? 俺がなんで、国境をなくしたいのか」
「――!」
静寂を破り、殿下が話しかけてくれた。
まさにその通りだったから、大きく身体を震わせる。
殿下は優しく微笑んだ。
「どうして……わかったんですか?」
「仕事以外で考え事、しかも今日となればそれ以外ないかなと思ってな」
「な、なるほど……」
実際当たっているから言い返せない。
私は殿下のことが知りたくて、気になっていた。
だから改めて尋ねる。
「お伺いしても、いいですか?」
「……少し暗い話になるが、いいか?」
「はい」
殿下は立ち止まる。
ちょうど道端に休憩用のベンチがあって、そこに二人で座った。
一呼吸おいて、殿下は語る。
「俺には友人がいたんだ。とても仲のいい友人……昔は、そいつも入れて四人で幼馴染だった。楽しかったよ。四人揃った時なんて賑やかで、何をするにも一緒で……」
殿下はとても懐かしそうだった。
その横顔から、明るく楽しい思い出なのだとわかる。
「その方は今どちらに?」
「……もういない」
「……!」
「そいつは、ユーリは死んだよ」
明るい想い出は突如、悲しい結末に繋がる。
彼らにはユーリというもう一人の幼馴染がいた。
十歳の頃に知り合い、二年間を共に過ごしたという。
仲のいい友人だったが、ユーリだけは三人とは違った。
「あいつは平民だった。王城で働いていた騎士見習いだ。俺たちは気にしてなかったけど、あいつは気を遣ってたし、周りは俺たちの関係に否定的だった」
王族と平民が対等であるはずがない。
友人は選ぶべきだという貴族もいたらしい。
しかし気にせず、彼らは交友を続けた。
そんなある日のことだった。
王城を暗殺者が襲撃し、殿下がターゲットにされてしまった。
「王国に恨みのある一族の末裔が、俺たちを殺すために動いた。まだ子供だった俺も狙われて、殺されかけた」
「だ、大丈夫だったんですか?」
「ああ、見ての通り、俺は生きてる」
ホッとした。
目の前に殿下がいるのだから、無事に決まっている。
それでも安心した。
「俺は……な」
「――まさか……」
「あいつは、俺を庇って死んだんだ」
「っ……」
襲ってきた暗殺者から殿下を庇い、友人のユーリは命を落とした。
彼は身を挺して、大切な友を救った。
まさに英雄だ。
でも、それを聞いた周囲の反応は冷ややかだった。
「おかしいよな? 死んだのが俺じゃなくてよかったとか。平民も偶には役に立つとか……誰もあいつの死を悲しまない。悲しまないにしても、せめて称えてほしかった。あいつのおかげで俺は生きているのに……」
ユーリの功績は、何も残らない。
王子を救った英雄にもなれず、襲撃事件の死者に名を連ねただけ。
周囲のユーリに対する感情は冷ややかだった。
どうでもいいとすら、思われていた。
「その時に思ったんだ。権力ってなんだ? 地位ってなんだ? 貴族ってなんだ? 本当に必要なものなのか? 差別と区別は何が違う?」
「殿下……」
珍しく感情的な殿下を見て、胸が苦しくなる。
もう十分、殿下の意思は伝わった。
「だから、国を変えるためにここへ」
「そうだ。小さな変化じゃダメなんだ。国の在り方を、今の貴族制度を見直したい。そのために俺一人の力じゃ足りない」
だから、同じ志の仲間と共に、この都市を作り上げようとしている。
彼らが思い描くのは新しい世界。
新しい国の形。
その始まりこそが、この地だった。




