初めてのお客様③
初めてのお客様。
嬉しい、嬉しいはずなのに!
「へぇ、錬金術師のアトリエってこんななのか?」
「初めて来たなー」
「お、ポーションめっちゃ並んでるぜ」
「……」
こ、怖い。
見た目で判断するのはよくないってわかっている。
でも怖い。
どう見ても一般人の服装じゃない。
腰に武器とか装備してそうないでたちだ。
かといって騎士っぽくもない。
どちらかというと……。
「なぁ嬢ちゃん、これ全部同じポーションなのか?」
「え? はい! いいえ!」
「どっちなんだよ……」
「す、すみません!」
てんぱって上手く返答できない。
怒らせたら大変だ。
何をされるかわからない。
緊急事態なら殿下に助けを――って、そうじゃないでしょ!
パチン。
私は自分の頬を叩いた。
「お、おう? どうしたんだよ急に」
「なんでもありません! 気合を入れただけです!」
「そ、そうか……」
せっかく来てくれたお客さんだ。
しっかりと接客しなくちゃ、殿下も期待してくれている。
いろんなお客さんがいることは最初からわかっていた。
誰に対しても相応の対応を心がけよう。
お店を持つということは、いろんな人と関わるということなのだから。
「そこのポーションですね」
「ああ、見た目一緒だからわかんなくてよ」
「効果の系統は同じです。すべて回復系のポーションですので」
「そうなのか。じゃあどれも一緒か?」
「ん? でも値段違うぞ?」
お仲間さん?
の男性が値段の差に気がついた。
同じ棚に並んでいる三本は、それぞれ値段が二倍、三倍と異なる。
量は同じ、見た目も似ている。
「効果の強さが異なるんです。一番安いものは、切り傷や裂傷など軽い怪我に効果がありますが、深い傷や毒、病気などには効果がありません。その代わり、効果は全身に素早く広がります」
「へぇ、じゃあ一番高いのは効果がでけーのか」
「はい。深い傷、致命傷にも一定の効果があります。弱い毒や病なら、一緒に完治します」
「そいつはいいな! んでもやっぱたけーな。この真ん中のは?」
「それは飲むタイプではなく、傷口に直接かけるタイプのポーションです」
ポーションは飲んでもいいし、直接かけても効果がある。
違いは全身に効果を広げさせるか、ピンポイントで作用させるか。
前者は範囲が広い分、効果も薄まりやすいが長く持続する。
後者は限定的な効果だけど、飲むよりも速く深い傷にも効果を発揮する。
私は同じ回復ポーションでも濃度を変更したり、一部の素材を変えることで、効果に幅を持たせた。
「真ん中のは傷口の範囲が狭く、深い場合に効果的ですよ」
「なるほどな。ポーションって結構いろいろあるんだな。値段は張るが便利だよなー。冒険に一本は持っておきてーぜ」
「冒険? もしかして、冒険者の方々ですか?」
「お、そうだぜ?」
なるほど、だからそういう格好なのか。
武器が似合いそうだなという感覚は正しかったらしい。
彼らは冒険者。
冒険者とは名の通り、冒険を生業とするもの。
民間企業である冒険者ギルドに所属し、さまざまな依頼をこなしたり、新天地を開拓するのがお仕事の人たちだ。
騎士団よりも自由に活動できるから、組織が苦手な人には向いている。
実は私も、もし宮廷や屋敷を追い出されたら、の候補の一つに冒険者を入れていた。
私に戦う力はないけど、錬金術でサポートはできると思って。
「冒険者の方も呼ばれているんですね」
「おう、こっちも驚いたけどな。ギルド経由で近くの街を拠点にしてる奴が対象になってんだ」
「俺らにとっても嬉しいニュースだったぜ。国境付近はいろいろ面倒だったからな!」
「いずれはここを拠点にするのもありかって話してたとこだ。その時に備えての下見かな」
「そうだったんですね」
この辺りは自然も多い。
狩りに適した場所はたくさんあるだろう。
各国から様々な産業が出店し、いろんな人が集まる場所なら、困りごとも必然的に増える。
彼らの必要性は出てきそうだ。
招待されているってことは、殿下や騎士の方々にとっても望ましいことなのだろう。
何より私にとっても朗報だ。
「ん? こっちの安いのはなんだ? 色違いだな」
「それは栄養ドリンクです」
「栄養ドリンク?」
「はい。疲労回復に効果があります。ここで働く騎士の方や、建設に携わっている方にも好評なんですよ」
「へぇ、そんなもんまであんのか」
「試しに飲んでみますか?」
「え? いいのか?」
「はい」
お店の宣伝のためだ。
まずは興味を持ってもらい、この店を印象に残す。
栄養ドリンクは安価で量産できる商品だ。
数本宣伝に使っても問題ない。
「どうぞ」
「そんじゃお言葉に甘えて」
三人はごくりと栄養ドリンクを飲み干す。
この後の反応は期待通り――
「おお、身体が軽く」
「強化系の魔法の感覚に近いな。だけじゃなくて温かくなってきたぞ」
「血行促進効果もありますから」
「いいなこれ! 冒険で疲れた時にあったら便利だぜ。何本か貰えるか?」
「はい」
やった!
初めてのお客さんの、初めてのご購入だ。
まさか先に栄養ドリンクが売れるとは思わなかったけど、純粋に嬉しい。
「ついでだし、回復系のポーションも貰っとくかな」
「そうするか。高いけど、前に雑貨屋で見た時より全然安いしよ。あそこやたらたけーんだよな」
「安さはこの街だからです。素材を集めるのも簡単ですから」
「なるほどな。なぁ、例えばだけどよ? 俺らで素材持ってきたら、それをポーションにしてもらったりできねーのか? もちろん金は払うからよ」
「可能ですよ!」
「お! じゃあ今度持ってくるぜ」
「はい!」
お客さんからの提案に、そういう方法もあったのかと感心した。
自分たちで素材を集めることができる冒険者ならではの考え方だ。
素材さえあれば、あとは合成するだけ。
そういうサービスも展開していこう。
価格については、またアルマさんに相談だ。
「お買い上げありがとうございます!」
「おう! いい買い物出来たぜ!」
「じゃあな嬢ちゃん。ここが一般開放されたら常連になると思うぜ!」
「ありがとうございます! お待ちしております!」
嬉しい言葉を最後にもらって、初めてのお客さんたちは店を出て行った。
栄養ドリンク十本に、回復系ポーションが五本。
本数よりも、売れてくれたこと、お客さんがきてくれたことに嬉しさがこみ上げる。
改めて実感した。
「私……お店をやってるんだ」
自分が今、夢の一つに立っていることに。




