7 舞踏会の日
翌日、お母様が手配してくれた商会が、私達のドレスの注文を取りに来た。
ドレスの生地の色は別々にして、デザインを少しずつ変えた物にする。
だけど、ドレスの生地の色が赤、黄、青に決まった時は思わず「信号か!」とツッコミたくなったわ。
もっとも信号の色の緑じゃなくて、本当の青だから実際の信号とは違うんだけれどね。
ああ、なんかややこしいわね。
そもそも緑色なのに「青信号」と呼ぶ方がおかしいのよね。
元々日本人は「緑」を「青」と呼ぶ文化があったからなんだけれどね。
確かに「青リンゴ」とか「青菜」とか、緑色をしていても「青」を付けていたしね。
「緑リンゴ」とか「緑菜」なんて言うよりよっぽどしっくりくるわね。
…話が脱線しちゃったわ。
ともかく、ドレスも仕上がってきて舞踏会当日を迎えた。
舞踏会は夕方からだというのに私達は朝からバタバタと準備で大忙しだった。
準備を整えるとお義父様とお母様は先に馬車に乗って出発して行った。
コリンはお留守番なので一人で夕食を取っている。
私達は最終チェックをする為にエラの部屋に集まっていた。
「どう? 髪飾りは曲がってない?」
「お化粧はもう少し薄い方が良いかしら?」
「コルセットはもう少し締めた方がいい?」
三人で「あーでもない」「こーでもない」とやっていると、突然窓の外からキラキラした光が部屋の中に飛び込んできた。
「!」
私達がその光に釘付けになっていると、光はクルクルと円を描いて、やがて人の形になっていった。
「魔法使いのおばあさん!?」
思わず叫んでしまったけれど、そこに現れたのは魔法使いのおばあさんではなく、若い男性だった。
「ああ、もう泣かなくていいですよ。僕があなたを舞踏会に連れて行ってあげましょう。…あれ?」
まるでミュージカルスターのように優雅に手を差し出した男性は私達の姿を見て目をパチクリさせた。
「舞踏会に行けずに泣いている令嬢がいるって聞いて来たんだけれど…。…誰がエラ?」
男性の問いかけにエラがおずおずと手を挙げる。
「エラは私ですけれど、どなたですか?」
「僕は魔法使いのザカライア。今日は祖母の代わりに君を舞踏会に連れて行く為に来たんだけれど…。もう、ドレス、着てるよね?」
魔法使いのおばあさんじゃなくて、その孫が来るってどういう事なのかしら?
私とエラが困惑している中、お姉様が私に詰め寄ってきた。
「アナベル。あなた、さっき『魔法使いのおばあさん』って叫んだわよね。この人が来る事を知っていたの?」
ザカライアが現れた事で聞き流してくれたかと思っていたのに、意外と抜け目がないのね。
「いえ、あの…。キラキラした光が入って来たから魔法使いのおばあさんかな~と思って口走っただけよ。それよりも、どうしてザカライアさんはここに来たの?」
私の事よりも、ザカライアがどうしてここに来たのかが問題だと言う事をほのめかしたら、お姉様はハッとしたようにザカライアの方に向き直った。
「そうだわ。女性の部屋に勝手に入ってくるなんてどういう事?」
お姉様に詰め寄られてザカライアは少したじろいだ様子を見せる。
「いや…。僕はただ単に祖母に言われてここに来たんだけれど…」
「あなたのお祖母様って誰?」
お姉様に更に一歩詰め寄られてザカライアは一歩後ろに後退りする。
「僕の祖母は魔法使いのゴッドマザーだよ。知らないかな?」
「知らないわ。そもそも魔法使いに知り合いなんていないもの。…と言うより魔法使いがいたなんて信じられないわね」
お姉様は元々童話とかあまり好きじゃなかったから、魔法使いなんて信じていないのはわかるけれど、そこで全否定するのは可哀想じゃない?
「ドロシーお姉様。そんな言い方をしては可哀想だわ。どうして私を舞踏会に連れて行く事になっているのかしら?」
エラはお姉様をたしなめつつ、ザカライアに訪問の意図を問いかける。
「いや、本当は祖母がここに来るはずだったんだけれど、ぎっくり腰になっちゃってね。代わりに僕を寄越したんだ。『意地悪な継母と二人の義姉に虐められている令嬢がいるからドレスと馬車を用意してお城の舞踏会に連れて行ってやってくれ』って」
ザカライアがボソボソと話し出すと、エラは憤慨したように、腰に手を当てた。
「『意地悪な継母と二人の義姉』って何? 私は虐められてなんていないわよ。失礼な事を言わないでちょうだい!」
エラにピシャリと告げられてザカライアは身を縮こませる。
「…だよね。どう見ても灰かぶりじゃないよね。何でこんな事になっちゃっているんだろう?」
それを言いたいのは私も一緒だわ。
魔法使いのおばあさんなんて出てこないと思っていたら、その孫が現れるなんて…。
ますます、この先の展開が読めないわ。




