未来より
この記憶には、彼の存在が確かにある。
誰からも左右されない、経験と言う名の過去。この身が振り回された、忘れる事の出来ない最初の物語。
今でも分からない事が沢山ある。秘密ばかりの曖昧で矛盾のような歴史。
一体何が正しかったのか。詳しい事を何一つ知らされなかった事に、あの時は不満をぶつけていたけれども。
時の流れは日々新しい事を目の前に映し続けて、過去のことを磨耗させていく。だから終わったことなのだと、忘れかけていた記憶。
それが、今一度目の前に現れた彼の顔を目にして、鮮明に蘇ってきた。まるでそれは忘れていた大切な事を思い出したように。
彼に連れ去られて、彼と一緒の時間をしばらく過ごして。懐かしい空気に僅かな遠慮が交じるその振る舞いは新鮮でありながら懐かしく、そして距離を感じた。
記憶の中の彼は、遠慮と言う言葉からは遠く自由に奔放に言動を振り撒いていた少年だった。その彼と、今目の前に現れた彼はそれほど違わないように思うのに。そんな風に距離を置かれるのはなんだかおかしな気分だ。
その理由も、彼と紡いだ過去を忘れていた事も……全て重ねた年の所為だと言い訳をすれば無責任になれるけれど。
もしそうであれば、彼と過ごした時間を認めない事になるし、それは私自身が許せないから。だから少し無理矢理に思い返す。
あの頃の彼と、今の彼と。一体何が違うのだろうか。その理由が、どこかにないだろうかと。
彼の事を理解できれば、何か大切な事を思い出せる気がするのに、と…………。
そうしてしばらく椅子に体を預けながら思考に耽って。どれ程時間が経っただろうか、気がつけば部屋の入り口に見慣れた顔が立っていた。
「すみません、お待たせしました」
「……大丈夫よ。それじゃ、やりかけていた事を済ませましょうか。あの子は何処に?」
「既に外へ」
「子供は元気で良い事ね」
どこか事務的な会話。彼……透目との距離感は、本来こんなものではないのだけれども。目の前に大きな仕事が迫っているからか、いつもより緊張をしているらしい。
……まぁ、その気持ちも理解できないでは無い。なにせこれから、あの人の過去へ向かうのだ。私達がよく知る、きっとなにかの要に居る男の子の下へ。
あの頃の自分自身に会うのはなんだか恥ずかしいけれど、彼はいつまで経っても彼だから。それに、同じ由緒として好きな相手を取り合うのもおかしな話だ。そういう意味では、あの時間に重なれない事に少しだけ感謝をしながら。
そうして椅子から立ち上がると透目について部屋を出る。
彼の干渉でやり損ねたそもそもの目的、未来ちゃんを歴史再現のために過去に送り届ける。それが今のわたしに出来る、彼のための歴史再現。
胸の内に温かく灯る最愛の名前と顔に、指に嵌った環を見つめて小さく笑う。今私は、ここに生きている。




