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神ナリシ模倣者ト神門審判  作者: 高木カズマ
第三章 災厄ノ来訪者ト死ノ狂宴
91/415

行間Ⅲ

PM 14:29:25

limit 1:30:35



 一見細身で弱々しいけれどこれ以上なく頼もしい背中の登場に、レインハートはホッと息をついた。

 古参であり経験豊富な実力者である黒米くろごめの合流までの間の時間稼ぎ。

 それこそが勝ち目の薄い黒騎士ナイトメアとの一対一の時間稼ぎの最終目標だった。

 

 一切のペース配分を考えずに斬撃を飛ばし続けたレインハートの息は荒く、疲労の色が簡単に見て取れる。

 とはいえ、まだ終わった訳ではないのだ。

 黒米が黒騎士ナイトメアを抑えている今のうちに残り二人を倒し、黒米に加勢する必要がある。

 ゆっくりと息を一つ吐こうとした、その寸前。


「――っ!?」


 殺気が、ゾワリとレインハートの首筋を舐めた。

 自分の感性に従い、勘だけを頼りに無理やりに首を捻る。

 すると直後、先ほどまでレインハートの顔があった位置を、凄まじい速度で日本刀が通過した。

 レインハートの背後の地面に、刀の鋭い切っ先が突き刺さる。

 頬に擦過。ひりりとする痛みと、僅かな出血に改めてレインハートの心臓がゾクリと凍りつく。

 決して油断していた訳ではないが、予想していなかった一撃に僅かでも気を緩めかけていた自分を内心で叱責する。

 戦場での気の緩みは一ミリでも許してはいけないのだ。そのわずかな隙が明確な命取りにつながる事を、レインハートは知っているのだから。


 きちんと焦点が定まっているのか怪しい瞳をこちらに向け、黒髪の少女は首を傾げている。

 ぶつぶつとそこに居るハズの誰かに向けて喋りかけるような独り言に、レインハートは背筋に気味の悪い物を覚えた。


「あれ? また殺しそこねちゃった。……ごめんね、ナルミ。次はきちんと殺すから」

「アナタは確か……双子の……」


 日本刀をまるで手裏剣やクナイの如く投擲してきた、黒いドレスに身を包んだ黒髪の少女。

 彼女の噂をレインハートはちらほらと聞いた事があった。

 背神の騎士団(アンチゴッドナイト)内でも、危険な人物としてブラックリストに登録されていた双子の神の能力者(ゴッドスキラー)。その片割れ。

 ナルミとイルミ。

 目の前にいるのは姉と敵対する者に対して尋常じゃない殺意を向けることで有名な妹のイルミの方。確か彼女は、あらゆる足場を駆け抜ける曲芸じみた神の力(ゴッドスキル)――『壁面歩行ウォールウォーク』を保持していたハズだ。未確認情報では、『神化』を果たして大きく干渉レベルが上昇したとの話だが、真相は定かではない。

 そして彼女、というか彼女達の最大の特徴が今夜は欠けている。

 確かどんな時でも彼女達は姉妹で行動を共にしていたハズだが……。


「知ってるぞ」

「?」

「あいつが言ってた。お前、トウジョウユウマと知り合いだな。だから……殺すッ!」


 意味不明な言いがかりに、反論をする暇すら与えてはくれなかった。


 イルミが軽く地面を蹴り、小さく跳ぶ。

 小さな足が大地を離れ、空を掴むかのように何もない空を連続で蹴り出し前へ進む。

 直線距離で突っ込んでくるのではない。

 まるで壁当てやらピンボールのようにジグザグな軌道で、空間を蹴って跳ねまわるように速度を加速させていく。

 

(トウジョウユウマというのは、あの東条勇麻の事でしょうか? 何故彼女が彼の名を……?)


 その名前はレインハートにとっても、ある程度の重要性を持つ物だった。

 レインハートが今もこうして生きているのは、彼がいたおかげであると言っても過言ではない……と、少なくとも彼女自身は思っている。

 東条勇麻がそれを聞いたら、むしろ自分のせいで余計な手間をカルヴァート姉弟に取らせたと首を振って否定するだろうが、レインハートはそうは思わない。

 なにせ彼らがいなかったら、いずれにせよ黒騎士ナイトメアに勝つことができなかっただろうから。

 

 とそこまでの思考の後、レインハートは意識を切り替えるように首を振る。


(いいえ、考えるのは後です。今はこちらに集中。来る……ッ!?)

 

 真っ黒でどこまでも真っ直ぐな純黒の殺意に、レインハートが身構える。

 迎撃に刀を構えなおそうとして、すぐに思い留まる。 

 おそらく、これだけの速度で移動している相手にレインハートの飛ぶ斬撃は当たらない。

 飛ぶ斬撃はミリ単位で精密ではあるが、そもそもここまでの速度で移動する相手を狙い撃ちできるほどの速度はでない。

 どれだけ正確な斬撃を放てたところで、ここまでの速度の敵が相手では狙いを付ける事すら難しいだろう。

 たとえ正確に狙いを付けて放ったとしても、後出しで躱されてしまう可能性だってある。


「ならば……」

 

 レインハートの目つきが変わった。

 明らかに彼女の纏う雰囲気が殺伐としたものへと一段階シフトし、まるでエネルギーが漏れ出しているかのように、無風の中でレインハートの長い髪が踊るように揺れた。

 続くように彼女の足元が淡く青色に光り始め、レインハートを中心とする直径三メートルの円形状に複雑な文様が展開される。

 まるでおとぎ話に出てくる魔女の魔法陣のようなその真円は、彼女の領域に不用意に侵入する不埒な輩を捕える死の範囲エリアだ。


 『殺傷距離キル・ストレンジ』。


 間合いや距離を司るレインハートの神の力(ゴッドスキル)は、遠距離、中距離、近距離、全てに対して対応する事のできる力だ。

 飛ぶ斬撃は勿論、攻撃の間合いや射程圏を変貌させる彼女の力は、しかし近接戦闘で真価を発揮する。

 通称『死蒼円デッド・アザール』と呼ばれる紋様――レインハートを中心とした直径三メートルの間合いに踏み込んだ者を不可視の刃が襲う特殊フィールド――を展開した彼女は、近接する敵に対して無類の強さを発揮する。

 要するに、レインハートに攻撃を与えられる間合いに踏み込んだ時点で、その愚者には痛烈な斬撃が自動的に見舞われる事になるという訳だ。

 展開中はかなりのエネルギーを消耗し続けるのがネックではあるが、その短所を補って余りある強力な技だ。


 だが、当然目の前の敵である少女がそんな事を知っている道理はない。

 無いもない空間を壁のように使ってジグザグに跳躍を繰り返す事で速度を上げ、時折見せる複雑な軌道でレインハートの目をくらませつつ確実に距離を詰めてくる。

 

(わざわざあちらから突っ込んできてくれると言うのなら、願っても無い話です。このチャンスは貴重。必ずここで仕留めます)


 切り札を展開したレインハートは、短い方の刀――青龍刀を鞘から抜き放ち、中段に構える。

 既にこの時点でかなりの速度にイルミは達している。

 特に動体視力が強化されている訳ではないレインハートでは、尾を引く彼女の残像をどうにか捉えるので精一杯だ。

 目だけでなく五感を駆使して動きを追ってタイミングを見計らいそして、高速で迫るイルミを迎え撃つべく大きく一歩を踏み出した。

 次の瞬間、零距離で衝突するかに思えた彼女らは、しかしイルミの急激な方向転換によって成立しなかった。


(先ほど飛ばした刀を取りに来ましたか。……けれど、その程度は想定済みです)

 

 冷静に、慌てる事なくレインハートは状況を分析。

 激突の直前で己の真横の空間を蹴り、さらに繰り返し細かく空間を蹴って己のベクトルを曲げ、方向転換するイルミ。左から最小限の動きで回り込むようにして自分の投擲した日本刀の元へと駆ける黒髪の少女を、レインハートはどうにか最短距離で追いすがる。

 

「はっ!」


 右足を軸に半回転し、レインハートは短い気合と共に、中段に構えた刀を振り上げ斬りおろす。

 タイミングは決して悪くはない。普通に考えれば躱す事は難しい一撃。

 が、転がるようにして地面に突き刺さっていた日本刀を抜き取ったイルミはまたも空に身を躍らせ、細かく足を蹴りだし方向転換を繰り返し、立体的な三次元軌道でそれを完全に回避してしまう。

 まるでジャングルジムを自由自在に逃げ回る子供のような自由自在な軌道に、レインハートの攻撃は掠りもしない。

 その軽やかで美しい動きに思わず戦慄するレインハート。その隙を突くように日本刀で斬りかか――らずに、愚直な軌道の刺突が繰り出される。

 狙いは心臓。

 完全にりにきている。 


「く……っ」

 

 読み違いに反応が遅れた。

 思わず歯噛みし、身体を逸らしつつも振り下ろした刀を強引に切り上げる。何とか間に合ったが刀は芯を捉えられず、イルミの突きの軌道を上方向に逸らすにとどまる。 

 狙いが心臓から脳天に変更された一撃は、身体を大きくのけ反らせていた事でどうにか事なきを得た。

 天を仰ぐ鼻の先を刀身が掠め、心臓が縮まるような思いをレインハートを覚えた。

    

 それにしても、斬りかかるのではなく。日本刀のリーチを最大限に利用するかのような突きである。


(まさか、私の『死蒼圏デッド・アザール』を見抜いて……!?) 


 もしイルミの身体の一部でもこの青く光る紋様――死蒼圏《デッド。アザール》の範囲内に入り込んでいれば、自動的に不可視の斬撃がこの少女に襲い掛かっているハズ。

 それを察知して、咄嗟に攻撃方法を変えたのだろうか。

 彼女自身の動きもどこかぎこちない物だった。だからこそ、速度で劣るレインハートが間一髪で躱す事ができたのかもしれないが。

 とにかく、今の不自然な突き技はレインハートの死蒼圏デッド・アザールを回避する為の物だとしか思えない。


「分かるよ、“ソレ”。危ない匂いがする」


 バレている。

 凍えるような声色に、レインハートは背筋が粟立つのを感じた。

 追撃を恐れたレインハートは体勢の不利を感じて転がるようにしてその場を離脱。イルミとの距離を取る。

 この少女は危険だ。レインハートは確信に至った。

 干渉レベルなど些細な問題だ。それよりも重大なのはまるで野生動物の勘のような抜き身の戦闘センスと、あまりにも真っ直ぐで真っ黒な殺意。

 こんな危険な存在を、これ以上野放しにしておく訳にはいかない。


 レインハートは青龍刀を構えなおして、

 

「なるほど。伊達に名前を売っている訳ではない……、という訳ですか」

「?」

「いいでしょう。あなたはここで私が倒します。……御覚悟を」 

「私を倒す? ……くくくっ、アナタ馬鹿ね。いいわ。相手したげる。……ナルミ、待っててね。お土産の生首に、今こいつ、殺すから」 

  

 対するイルミは日本刀を片手に危うい笑みをその顔に浮かべるのだった。



☆ ☆ ☆ ☆



 姉がイルミと激闘を繰り広げている中、レアード=カルヴァートは予想外の苦戦を強いられていた。


「……この臆病者め。君も男なら正々堂々、逃げずに戦ったらどうなんだい」

「はははっ、何を仰いますやら。俺たちの目的は時間稼ぎっすよ? そりゃ逃げ回るでしょ。俺そういうのが一番得意だし」


 棍棒メイスのような岩の大剣の一振りも、礫の散弾銃による連撃も、どれだけ攻撃を与えても、田中|(仮)に有効なダメージを与えられない。

 すぐにでも姉の戦闘の加勢に行きたいレアードとしては、焦りばかりが募る展開だった。

 とはいえ、別に田中(仮)が特別強い神の力(ゴッドスキル)を持っているという訳ではない。


「自分の身体を煙に変える神の力(ゴッドスキル)か。ホント、君みたいな誇りも何もない臆病者にはピッタリな力だよ」


 レアードの侮蔑と嘲笑の籠った言葉に、田中(仮)は煙化を一部だけ解くと顔の部分だけ実体化させた。

 その姿はまるで大きな雲のお化けのようで、どこか滑稽でコミカルな印象を見る者に与えた。

 真剣に対峙しているレアードにとっては侮辱以外の何物でもなかったのは言うまでもない事だろう。

 そんな風にただそこに在るだけで人をコケにしている雲のお化けは、どこか呆れたような顔で。


「もしかして俺のこと挑発しようとしてます? 悪いっすけど、今更それくらいで頭に血が昇るようなメンタルは持ち合わせてねえっすよ?」

「……そうみたいだね。こちらのイライラが募るばかりだよ、君と話してると、さ!」

 

 言葉の勢いに任せるようにレアードが腕を横薙ぎに振るう。それだけで、その無性にぶん殴りたくなる顔面目掛けて石の礫が散弾銃の如く勢いで射出された。

 が、当たらない。

 ひぃぃい!? などという情けない悲鳴を残しつつも煙と化して全てをちゃっかり躱す辺り、回避に関しては本当に便利なスキルだとレアードは苛立ちと共に内心嘆息する。 

 ここまでの戦闘でいくつか分ったのは田中(仮)は常時煙の状態でいられる訳ではないという事だ。おそらく煙になっていられる時間に何らかの制限があるのだろう。田中(仮)は必要時以外は神の力(ゴッドスキル)の使用を控えているように見受けられる。致命傷の回避にだけ煙化を使用しているといった感じか。

 

(まるで羽虫の群れに向って攻撃している気分だよ。手応えは無いし、無視するには些か鬱陶し過ぎる)


 そんなレアードの苦戦を見かねた様子で“眺めて”いるのが、褐色の肌に目を覆うように巻かれた白い包帯が眩しい小学校高学年くらいの少女――スピカだ。

 スピカは可聴域外の音を発して敵を攪乱しながら、器用にレアードに話しかけてくる。

 同時に異なる二種類以上の音を発せる事ができるのは、音を司る神の力(ゴッドスキル)を授かった彼女の特権でもあると言えるだろう。

 

「ねえねえレアードのおにーちゃん。スピカも一緒に戦おっか?」


 背後からの声に、レアードは振り返りもせずに声だけで応じた。


「……スピカ。君はいいから自分の仕事に集中していろ。コイツは僕一人で充分だ」

「えー、でもレアードのおにいちゃん、さっきから全然攻撃当たってないよー? スピカの攻撃なら多分当たると思うんだけどなー」


 確かに、空気を震わせ、振動させる事によって相手に干渉する『音』による攻撃は、煙と化した目の前の相手にも通用するかもしれない。

 しかし、スピカのような小さな子供の手を借りて勝利するなど、レアードのプライドが許さない。

 それになにより、


「平気だと言ったら平気だ。これは僕が片づける。君みたいな子どもを戦わせたら、僕は姉さんに合す顔がない」

「ぶーー、またスピカの事子ども扱いして……。あーつまんないのーっ!」


 己の後ろでむくれているであろう少女の姿が容易に想像でき、思わず笑いが込み上げてきた。

 それは苦笑いのような、どこか自虐的な色を秘めた物だった。


「まったく、この程度の相手に情けないにも程があるぞ、レアード=カルヴァート」


 その手に、重鈍な岩の片手剣を握りしめて、


「女性を不安がらせるなんて、紳士の風上にもおけない愚行だよ。こんな雑魚、すぐさま排除してみせよう。――姉さんに誓って!」


☆ ☆ ☆ ☆


 

 街の中に数多く存在する背神の騎士団(アンチゴッドナイト)の拠点の一つ。

 その司令部にあたる部屋で、一組の男女が笑っていた。


「さあさあ、さあさあさあさあ!」

「ジルニア張り切ってるのは分かったから圧し掛かるの止めて地味に痛い」


 短く伸ばした顎鬚あごひげに咥えたばこ。そして、どこかくたびれたようなくすんだ金髪が特徴のグラサン男、テイラー=アルスタイン。

 そしてそんな白人中年男の背中に豊満な胸を押し当てて圧し掛かっている、肩まで掛かるくらいの長さの情熱的な赤い髪色の若い女、ジルニア=アルスタイン。

 ともに背神の騎士団(アンチゴッドナイト)副団長の座に就く馬鹿夫婦バカップルは、ニヤニヤとどこか不敵で楽しげな笑みをその顔に張り付けていた。

 ジルニアにいたっては、いい歳してその顔に浮かべる笑顔はまるで遠足前の小学生そのものだ。よほど楽しみなのかテイラーに圧し掛かったまま「はやくはやく」と催促するようにリズムよく身体を揺らしてアピールしている。

 テイラーとしてはジルニアが上下する度に背中の幸せな感触がさらに幸せな事になるの訳だが、無自覚な妻に対して照れ隠しをするように、迷惑そうなフリをしている。


「分かってるって。そっちこそ、たまにはカッコいいトコ見せてくれよなこのヘタレサングラス」

「可愛い部下かぞくの為だからね。おじさんも久しぶりに本気を出しますよっと」

「いいねいいね! さっすがアタシのダンナ様だぜ! 愛してるぅ! 最近は部屋に閉じこもってばかりで、いい加減肩が凝ってたんだ。ひっさしぶりに暴れてやるか」

「……盛り上がってるトコ申し訳ないんだけど今回も部屋からは出ないし、肩こりの原因は他の所にありそうなものだけどね。あと、こんな狭い所で暴れないでよね? 楽しいのは分るんだけど、ジルニアさんも子供じゃないんだからさ」

「う、うっさい! いいんだよ余計な事は気にしないで。ひ、久しぶりにあんたと一緒に戦えるのがじゃなくて、久しぶりに全力で神の力(ゴッドスキル)使えんのが嬉しいんだからしょうがないだろ! ほら、いいからちゃっちゃと準備する準備!」


 ぼかすか頭を殴ってくるジルニアに、テイラーは聞えないような声の大きさでのほほんと一言。


「……ホント、かわいいなーこの子」

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