第三話 記憶に残る一日の始まりⅢ――突撃!ネバーワールド!!?
「ふんふふん、ふんふふん、ふんふんふ~ん♪」
結局、アリシアのご機嫌鼻歌のコンボとの等価交換で勇麻の財布から野口さんが三枚ほど消える結果となった。
「はぁ……」
開幕からこの調子だと、樋口さんと諭吉さんの出番もすぐに来てしまいそうだ。
今日が終わる頃には財布の中身から名だたるお札達が消滅していそうで怖い。
そんな一抹の不安と共に溜め息を吐く勇麻、その隣に並ぶ楓は何故か嬉しそうに微笑んで、
「そんな溜め息吐いて。勇麻くん、最初からアリシアちゃんにあの帽子買ってあげるつもりだったんでしょ?」
「……何の事だかわかんねえよ」
「ふふ、照れてごまかしても無駄ですよーだ」
楓の追及にそっぽを向く勇麻だが、楓は確信を得ているらしい。
否定されても嬉しそうに笑みを浮かべている。悔しいが、楓のほうが一枚上手だ。
こいつ、手強くなりやがって……と絶対に聞こえないように小さく口の中で勇麻はぼやいた。
「おーい、アリシア。あんまり離れるんんじゃねーぞー」
何となくこそばゆいので、会話を断ち切る為にも半ば無理やりな軌道修正。
きっとそれすらも楓には見透かされているのだろうが、楓の顔を見なければいいだけだ。
「うむ。分かっているのだ」
帽子を買ってもらったのがよっぽど嬉しかったのか、二人の前を行くアリシアは帽子を被ったり手に取って眺めたりしながらくるくると回り、そんな気の無い返事を返した。
表情の変化が人より薄いアリシアが、一目でわかるほど嬉しさに顔を輝かせているのが分かる。
そんな姿を見ていると、勇麻まで何だか暖かい気持ちになる。
自然と柔らかい暖かさが勇麻の頬を緩めていった。
けれど、
ズキリ。
胸の疼きは、またやってくる。時間にしてはほんの一瞬。気にする事は無いと、そう自分に言い聞かせる。
だが、それがやけに勇麻の心の隅に引っ掛かっていたのだった。
ゆったり歩きから早歩きにペースを早めつつ、勇麻は横に並ぶ二人の方を向き口を開いた。
「さて、と。余計な寄り道も食った訳だが、そろそろ俺らも任務を果たそうか」
「うん。もうそろそろ……ええっと、『マーガリンフォレスト』? にも入るし、買っちゃっていいと思うな」
勇麻の提案に地図を眺めながら楓が答える。
楓はまだエリア名やアトラクションの場所をよく覚えていないらしく、どことなく疑問形の返事だった。
さて、長方形の形をしているネバーワールドには五つのエリアが存在する。
今勇麻たち三人がいるのは、入園ゲートなどがある北西側のエリア『ブレッドシティ』(地図上左上)の外れ。ここはレストランやお土産売り場などが沢山あるエリアである。
そこから中央に向けて進んだ所に勇麻達の最初の目的のアトラクションがあるエリアがある。
目的の『トースターコースター』はパーク内中央の人気アトラクションが多く存在する『マーガリンフォレスト』というエリアにある絶叫系アトラクションだ。
パンを模したコースターに乗りこみ、どんどん加熱されていく巨大トースター内を高速で駆け抜け脱出するアトラクション……らしい。
どんな世界観だ、と思わなくもないが、要は面白ければ問題ないという方向で勇麻の中では落ち着いている。
と、ここでどこかポカーンとしたアリシアが、
「む。ところで勇麻。私達の任務とは一体何なのだ?」
「……アリシアさん、三回くらい話したと思うんですけど……アナタ全く人のお話聞いてませんでしたね?」
「うむ」
「真顔で『うむ』じゃねえよ! 何開き直ってやがる!」
「む? 分からない事は素直に聞けばいいと思うのだ。聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥なのだぞ? 勇麻」
「う、うーん。そうなのか? これはそういうものなのか? 俺が間違っているのか?」
「ゆ、勇麻くん、ま、負けちゃだめだよ! 今のは人の話を完全無視して反省してないアリシアちゃんが悪い……と思う。……多分、おそら、く?」
「おい楓、お前も途中から意志ブッレブレだぞ……」
自分で言っていてだんだん分からなくなってしまったらしく、困惑したように首を傾げていた楓は勇麻の指摘に少し頬を赤らめて、気を取り直すように軽く咳払いをした。
楓はアリシアに向けて、
「ま、まあそれは置いておいて。わたし達は……、ええっと。今泉くんと勇火くんが走ってアトラクションに並んでくれてるでしょ?」
「うむ。開幕ダッシュ、とかいうヤツだろう?」
「その開幕ダッシュで二人に並んでもらってるうちに、軽めに食べ物を買っておけば、合流した時に待ち時間も良い感じに潰せるでしょ? だからわたし達三人で先にみんなの分の食糧を調達しようって事なんだけど……ちなみにアリシアちゃんは何食べたい?」
「カレー!」
早押しクイズばりの、かなりの即答だった。
一度自分で作るのを手伝って作って以来、アリシアの中ではカレーが最近のお気に入りメニューらしい。
まあ作る側である勇麻としては楽チンでいいのだが、そればっかり食べたがる様子を見ていると、なんだが説明し難い罪悪感に襲われたりする。
次こそはもっとおいしい料理を作ってやろうと思いつつ、いつも先延ばしなのも申し訳なさに拍車をかけていたりするのだ。
「待機列でそんなもん食ったら匂いが凄まじい事になるぞ。……カレー食べるなら昼か夜だな」
「む、カレーは禁止なのか……残念だ」
いや、カレー却下されたくらいでそんなに落ち込まないでよ! と突っ込みたくなるレベルでアリシアの表情が曇る。この様子だと、もはやカレーはアリシアの大好物だと認定せざるを得ない。
好き過ぎるあまり将来、カレーは飲み物だとか言い出さない事を祈るしかない。そんなキャラ付け、痩せ型どころか触れれば折れてしまいそうなアリシアには不要だ。
「む、ならアレとかはどうだ?」
アリシアの指差した先にあったのは、こういうテーマパークの定番となりつつあるチュロスの売店だった。
あれならば並びながら食べるのに持って来いだし、全員分買ったとしても持ち運びに困らない。
それになにより、サクサクしたクッキー生地の歯ごたえといい、中のふんわり感といい、チュロスは普通にうまい。
反対する理由など見当たるハズもないので。
「お、いいじゃん。じゃあアレ買ってくか」
「うむ。それに今ならほら、男女ペアでかっぷる割? なるものが使えるみたいだぞ?」
「なんだその俺にまったく関連性の無い割引。ケンカでも売ってんのかよ」
カップル割? そんな憎たらしい割引が存在するんですかい。そうですか。店ごと燃やしていいですか? と、殺意すら込めかねない勢いの勇麻。
眉間に皺を寄せ、険しい顔で割引の説明の書かれた看板を凝視する。
書いてある文章を読む限りでは男女二人組のカップルに限り、チュロスやジュースなどの代金が全て半額になるとかなんとか。
既に幸せな奴らをさらに幸せにしてないで、救われないヤツを救済してやれよ……と言いたくなるほどの贔屓っぷりに流石に笑えてくる。
全品半額とか大盤振る舞いすぎだ。
折角ネバーワールドに来たというのに直視したくもない現実を突き付けられ、何だか無性に悲しくなる。
ネバーワールドでくらい彼女無しのむさ苦しい男どもにも希望をわけてやってほしいと切実に願う勇麻なのだった。
そしてもちろん年齢イコール彼女いない歴の東条勇麻にだってそんな割引は使える訳がなくて……
「……いや、待てよ! 今日はむさ苦しいあの馬鹿二人じゃなくて楓がいるじゃねえか! 楓とそれっぽい感じで突撃すれば、これ普通に割引使えるんじゃねえの!?」
おそらくほとんど溝の刻まれていない勇麻の脳みそから、そんな大逆転の為の一手が浮かび上がったのだった。
楓は勇麻の今世紀最大の発見レベルのテンションと奇声に苦笑いを浮かべながら諭すように、
「あはは、勇麻くんてば何言って――……え?」
諭すはずの楓がピタリと、その動きを停止させた。
「え、ええっと。そ、それは、つまり……わたしと勇麻くんとで、恋人のふりをしながらチュロスを買うって……そういう事?」
あれ? 半分以上勢いと冗談のつもりだったんだけど……とこちらも固まりかける勇麻を尻目に、楓の頬は下からどんどん真っ赤に染まっていく。
「……よ」
「へ?」
楓が何かを呟いたが、まったくもって聞き取れないレベルの小声だったため、勇麻は思わず聞き返してしまった。
それが間違いだった。
「……から、だから。勇麻くんがいいなら、わたしはいいよ。その……恋人の、ふり」
「……お、おう。さいですか……」
頬を蒸気させながら上目使いでそんな事を言われたら、断るなんて物理的に不可能なのだった。
そして一人置いてけぼりのアリシアは。
「ふむ。よくわからないが、はやく買って弟くん達と合流しないとマズイのではないのか?」
非常にめずらしく一人マトモな事を言っていた。
☆ ☆ ☆ ☆
泉と勇火が到着した時、『トースターコースター』の列は既に建物の外にまで伸びていた。
「あれだけ走ったのに……もうこんなに。皆して全力ダッシュして、ちょっと馬鹿なんじゃないですかね?」
額に汗を浮かべながら、呆れたように勇火がそう言う。
アトラクション施設のゲートの所に設置された待ち時間を示すデジタル時計によると、既に一時間待ちだそうだ。
とはいえ人気アトラクションは二時間以上並ぶ事もザラにある事なので、これでも早い方だと言えるだろう。
混雑時ならもっと待ち時間は増えるはずだ。
「あ? これくらいで何言ってんだよ、情けねえ。覚悟が足りねえよ。覚悟が」
弱音を吐く勇火を叱咤するように泉が口を開いた。
やはり炎を操る神の能力者という事だけあって暑さには強いのか、汗一つ搔いていない。涼しい顔をしていた。
というか、何もせずただ列に並んで順番を待つ、という行為が一番苦手そうな人間の口からその言葉が出たことがまず衝撃だったが、それよりも、
「泉センパイ。覚悟ってなんですか、覚悟って……」
遊園地に遊びに来た時に抱く覚悟なんて物、残念ながら勇火には持ち合わせが無い。
というか単純に意味不明だ。
だがどうやら泉は違うらしく。
「勇火、お前馬鹿か? ここは世界に轟く人気テーマパーク、ネバーワールドだぞ? しかもその人気アトラクションときたら、盛大に混むに決まってんだろ。それでいちいち文句言ってたらキリがねえし、聞いてるほうもいい気がしねえ。ここで歴戦の猛者たちはいちいち待ち時間に文句を言ったりしねえんだよ。分かったか? 分かったら犬みたいに素直にきゃんきゃん返事してろ」
「猛者って……どれだけ楽しみなんですか、泉センパイ」
「あ? 別に楽しみじゃねえよ。俺は何も知らねえ低脳なアホに常識を教えてやってるだけだ」
「あーもうめんどくさいよこの人!? 素直に楽しみって言えばいいじゃん!」
くだらない会話をしつつ、二人は列が進むのを待つ。
「にしても皆遅いですね。このままじゃ俺らの番になっちゃいますよ」
「そん時は後ろのヤツに順番譲ればいいだろ。あんまり前行き過ぎると後で合流が面倒そうだし、この辺で待機してるか」
既に二人はアトラクション施設の中に入っていた。
トースターを模した施設内は薄暗く、焼け焦げたパンの残骸など(子供向け作品としてどうなんだ)いくらか不気味な雰囲気を作っている。
時折奥の方から、愉しげな絶叫が聞えてきて、順番が近づいている事が分かる。
「チッ、やけに遅えが楓のヤツ、勇麻とうまくやってんのか……?」
ボソリと、独り言のように泉が呟いたのを、勇火は聞き逃さなかった。
「へえ、意外ですね」
「あ? 何が」
「いや、楓センパイの事、泉センパイが気付いてたなんて」
お祭り騒ぎ大好きの、暴れる事にしか基本興味のなさそうな泉が気が付いているとはまさか思っていなかった。
まあ、あれだけ見え見えで分からない勇麻の方がおかしいのかも知れないが、それでも、泉も勇麻と同じ人種だと思っていた。これはかなり意外だ。
先輩に対してこんな失礼な評価を下していたのがバレたら軽くぶっ飛ばされそうだが、心の奥に留めて言わなければ問題はない。
「あ? おい勇火テメェ。お前は俺をどんだけ馬鹿だと思ってたんだ? 流石の俺でも楓が勇麻に対してアレな事くらい分かるぞ」
「そうだったんですか。何か、今日まで関わってきた中で初めて泉センパイを見直した気がします」
「おいテメェ、それ褒めてないだろ? 俺のこと馬鹿にしてるよな?」
「いえいえ、気のせいですよ。女ごころの分かる泉センパイ」
「なんか釈然としねえ……が、俺も大人だ。アホな後輩の一言二言にいちいち目くじら立てたりはしねえからな」
今日は見逃してやろう、と偉そうに胸を張る泉。
グーパンチが飛んでこなかったという事は、それだけ機嫌がいいらしい。
機嫌がいい理由はおそらく、というか確実にネバーランドに来ているからだろう。分かりやす過ぎる先輩に勇火は苦笑を押さえきれない。
「それにしても、泉センパイはいつから気が付いてたんですか?」
「あ? ……いつって、あれは確か俺が小四くらいの頃だったか? ほら、夏休みでよ、あの頃俺ら毎日遊んでたろ?」
「意外ですね。そんなに早くから気づいてたなんて。でも何で分ったんです? 確かにあの頃の楓センパイは、兄ちゃんの後ろをずっとくっ付いてた気もしますけど……」
「それなんだよ」
泉は勇火の言葉をそう切り取ると、続けて、
「やけに勇麻にくっ付いてるモンだから俺も気になってよ、それで一回からかってみた事があったんだ」
「からかったって楓センパイを?」
「ああ。面白そうなネタだと思ってな、とくに理由もなくいきなり『お前勇麻のこと好きなんだろー』って言ってみた」
うわ、この人ストレートに馬鹿なんじゃねーの。と内心思ったが、口には出さない。
勇火はそのまま視線で話の先を促す。
「そしたら楓のヤツ、耳まで真っ赤にして泣き始めてよ。途端にスコールみたいな大雨が降り出すし、周りからは楓を泣かせた事攻められるし、色々最悪だったよ」
「……あ、ああ! 思い出しました。あの時ですよね、ほら……皆で鬼ごっこしてて、そしたら楓センパイが突然泣き出した日」
「ああ、多分な。正直楓が泣いた日なんて山ほどあり過ぎて合ってるか分かんねえけど」
「あの時楓センパイが泣いてたのはそういう理由だったんですね。……って、あれ? もしかしてそんな最低な理由で気が付いたんですか……?」
見直していたはずなのに、話がおかしな方向に転がっている気がしてきたので釘を刺す勇火。
しかし泉修斗という男は勇火の予想の範疇に留まらない。
「いや、さすがの俺もそれだけじゃ気が付かねえよ。でも、なんかおかしいなとは思ってな。その日の帰り道に、気になってもう一回聞いてみたんだよ。そしたら楓のヤツ、また泣きながら怒って、部屋まで走っていっちまってよ」
昔を思い出しながら、顎に手を当て首を傾げる泉。
どうやら当時の泉少年は、そこまで確信に迫っておきながら楓の想いが本当に分からなかったらしい。
「それでこれはやっぱりおかしいってなってな。それで今度は勇麻と楓が二人でいたとこに突撃して聞いてみようとしてよ。そしたら、俺が質問しかけた瞬間に楓が俺の口を封じに突撃してきてさ。あの気弱で弱っちかった楓がだぞ? それで、これはやっぱり普通じゃないって思って、それから観察してみるようになったんだよ。んで、確信に至ったのは俺達が中学生にあがった時だな」
うんうんと力強く頷きながら、何やら一人納得したような顔の泉修斗。
何をそんなに自慢げに思っているのか知らないが、『それ結局気が付いたの小四じゃなくて中一の時じゃんっ』、とかもう面倒くさいのでツッコむ気力も湧かない。
勇火はそんな二歳年上の先輩の様子に思わず瞑目して、
「はぁ……、泉センパイはやっぱり泉センパイでしたね。何か逆に安心しました」
「あ? どういう意味だ?」
呆れと安堵が入り混じったような声色の勇火に、泉は本気で首を傾げている。
「ねえ泉センパイ」
「なんだよ、変に改まって気持ちわりぃ」
勇火はどこか遠い目をしながら、
「俺、こんな人達しか周りにいない楓センパイが不憫に思えてきました」
「おい勇火、やっぱりさっきから俺の事馬鹿にしてるよな? お前」
☆ ☆ ☆ ☆
どことなくうわずった声の、不自然な会話が繰り返されていた。
「……お、おい楓。本当にやるのか? 嫌なら無理しないでいいんだぞ?」
「い、嫌なんかじゃないよ。むしろわたしはうれ……ってそそそうじゃなくて、ちょっと恥ずかしいだけだから、わたしは大丈夫。だいじょうぶ。そう、これは皆の為であって、別に深い意味とかはないというかなんというか……」
「分かってるって。そのへん楓は優しいもんな。ごめんな、金欠の俺に気ィ使って貰って」
「あ、あはは。ううん大丈夫だよー……うぅ、普通に納得された……」
最後の方、ボソっと楓が何か呟いたが、こっちはこっちで控え目に言ってもかなりテンパってる勇麻は全くもって気が付かない。
それにしても楓の顔が熱中症みたいに真っ赤なのだが、本当に大丈夫なのだろうか。
もともと気が弱くて緊張しやすく、さらに恥ずかしがり屋で上がり症っぽいところもある彼女だが、この赤さは尋常じゃない。
勇麻と恋人のふりをするのがよっぽど恥ずかしいのだろうか。だとしたら流石にちょっとショックではある。
今度から楓が恥ずかしい想いをしないように、身だしなみとかファッションとかに気を使う決意をひそかに固める勇麻。
自分がどれだけ検討違いの結論に至っているか、この男はまったく気が付く様子がない。
きっと勇火あたりが見たら額を押さえて、『そんなんだから兄ちゃんは彼女ができないんだよ……。』と呆れ顔で言われるに違いない。
「いやー、悪いな。みんなのお財布のためとは言え無理させちゃって。流石にアリシアとだと兄妹にしか見えないだろうし……ちょっとのあいだ我慢してくれ」
「あ、あはは。わたしは別に大丈夫だよ。……ってあ、あれ? アリシアちゃんとじゃ兄妹にしか見えないって事は、わたしなら一応は恋人に見えるって事……なのかな?」
「お前が何に食いついてるのか全く分からないんだが……。まあそりゃそうだろ。てか逆に、俺が楓と比べて冴えな過ぎて、彼氏じゃなくてお付きの人か何かに間違わられるかもだけどなー」
「そ、そんな事ない! ……と、思う……というか、なんと言うか……」
とはいえ楓が赤くなるのも、勇麻がテンパるのも無理はないのかもしれない。
今現在チュロスの列に並ぶ二人は、身体を密着させ腕を組んでいるのだから。
(やばいって、馬鹿かよこれ。馬鹿なのか? こんなのいくら俺と楓が幼馴染だからって厳しい物があるぞ!? 主に俺の理性的な問題で!!)
カップル割を謳っているだけあって、列にはカップルばかりが目立っていた。
そんな中にこうして二人で紛れていると、おかしな心境になってくるので増々マズイ。
平静を取り繕う内心、心臓バックバクな勇麻。
超至近距離に楓の顔があることや、女の子の良い匂いがする事やら、腕に押し当てられた二つの柔らかい感触やら、柔らかい身体の温もりやら、一気に与えられた桃色の情報量の多さに勇麻の頭がパンクしそうになる。
吹き出す汗がいつもの一.五倍になっているような気がする。
手を繋いでいたら多分手汗が大変な事になっていただろう。そう考えると、腕を組んでいたのは不幸中の幸いだったのかもしれない。
一方の楓のほうも、
(……し、死ぬ。勢いであんな事言っちゃったけど、は、恥ずかしすぎてほ、ほほほんとに死んじゃう!!!)
そんな風に、二人仲良く目を回していたのだった。
楽しい時や幸せな時間はあっという間に過ぎていくと言うが、この場合はどうなのだろうか。
少なくとも、列の先頭に出るまでの時間をこれほど長く感じたのは、勇麻はこれが初めてだ。
「……」
「……」
会話が無い。
いつもなら別に気まずさなど皆無だと言うのに、この時に限って、勇麻は何か落ち着かない気持ちになってしまう。
そわそわと、無意識のうちに落ち着かない身体を揺すると、柔らかい感触が擦れて、楓と密着している事を余計に意識する羽目になってしまった。
頬の熱がまた一段階上がった気がする。
別に苦痛だという訳ではないが、楓相手にここまで緊張する羽目になるとは思っていなかった。というか、そもそも楓が勇麻のこんな馬鹿げた提案を採用する所からしておかしいのだ。
あの場面は苦笑いしながら的確なツッコミを入れるのがベストな回答だったというのに……。
ツッコミ待ちのところで更なるボケを入れられても、混沌とするだけなのである。
と、悶々としながら時間が経過するのを待っていると、ようやく勇麻たちの番が巡ってきた。
売店の人当たりのよさそうなオヒゲのおっちゃんがにこやかな営業スマイルを浮かべ、
「お、今度の嬢ちゃんはこれまたべっぴんさんだ!!」
予想外の大きな声に、園内を歩く人の視線が一瞬だが勇麻達に集まる。
真横にいる楓の顔がボッと音を立ててさらに赤くなるのが、横を見ないでも分かった。
「い、いえ。そんな……」
「またまた、御謙遜なすって。こりゃ彼氏のボウズも鼻が高いってもんだろ? え? どうなんだよこの幸せ者!」
肘で胸板をぐりぐりされた。なるほど。中々茶目っ気が高いおっちゃんらしい。
困り顔の楓は目元に涙を浮かべ、助けを求めるような眼差しでこちらを見ている。
確かに楓にこのおっちゃんの対応を任せるのはハードルが高い。それになにより、この状況に陥った原因を作ったのは勇麻だ。実際はその気がなかったとは言え、それは紛れもない事実。
安い金額でチュロスを皆に買ってあげたいという楓の好意を無駄にしない為にも、このおっちゃんに恋人のふりをしている事がバレる事なく、そして楓に恥をかかせないように、東条勇麻がどうにかするしかない。
普段使われていない脳細胞共が予想外に良い働きをしてくれたのか、この結論に至るまで、おっちゃんの問い掛けから僅か一秒足らず。
そして勇麻は己に課せられたミッションを達成すべく、おっちゃんの問いかけに満面の笑みを浮かべてこう返答した。
「そ、そうでしょう!? い、いやーホント、可愛くて優しくて、俺にはもったいない彼女ですよー」
「ぶふぉっ!? か、かの……可愛い!?」
隣の楓が勇麻の衝撃発言に堪らず噴き出した。
耳まで真っ赤だ。この異常なまでの照れっぷりはカップルとは言えないのではないか?
彼女いない歴イコール年齢の勇麻には、その辺りの判断をする事ができない。
パニックに陥っている勇麻は、
(やばい、分かんねえけど、カップルに見えるようにしねえと。なんとか不自然さをカバーしなければ!?)
こうなりゃ当たって砕けろだ。
「いやー、もうホントね。どうして俺なんかにって感じですよー」
勇麻は、あっはっはっはーと上機嫌な笑い声をあげつつ、流れるような無駄のない動作で楓の腰を抱くように手を回して、自分の方へ抱き寄せる。
これだけ仲の良さをアピールしておけばバレる心配はないハズだ。
というか、これ以上は無理。色んな理由が重なって憤死しそう。
ちなみに抱き寄せられた楓は、今にも泡でも吹いて倒れそうな感じになっているのだが、誤魔化すのに必死な勇麻は相変わらずそれに気が付かない。
そんな必死の偽装工作のかいもあってか(?)おっちゃんは勇麻たちを疑う事もなく、
「こりゃ羨ましいくらいにラブラブだねー、お二人さん! いいぜ、こいつはサービスだ、お代はいらねえ。これでも食って末永く幸せに爆発してやがれ!」
そう言っておっちゃんは、ハート型を少し複雑にしたような形のチュロスを勇麻たちに渡してきた。
例えるなら、カップル二人で同じグラスの飲み物を飲めるハート型のストローなんかが近いだろうか。
そしてもちろん、形状から言って両端から二人でかぶりつくように出来ていて、つまり最終的には両者の唇と唇が……。
何を想像したのか、ボッと頭から高温の湯気でも噴き出してもおかしくない勢いで楓の頬が赤に染まった。
「も、もうダメかも……」
ボソリと、間近にいた勇麻がかろうじで聞き取れる声量の呟きと共に楓は両手で顔を覆ってしまった。
目の前のチュロスすらもうまともに直視する事もできないらしい。
とりあえず、タダで貰えるというのなら貰っておこう。
勇麻はぺこりとその場でおっちゃんに軽く会釈して、
「あ、ありがとうございます。あ、あとチュロスを四本お願いします」
「へい、まいど! って今日は彼女と二人じゃないのかい?」
「こう見えて沢山食うんですよ、俺達」
半額の代金を払い、両手にチュロスを抱えながら店を後にする勇麻と楓。
そして列を離れて冷静になってから気が付く事が一つ。
「あれ? こうして見ると腕とか組んでたの、むしろ俺らだけだったぽいぞ? ……もしかして俺ら。そうとう恥ずかしい事しちゃってた?」
どうやらあの羞恥プレイは、本来は不要な物だったらしい。
勇麻の言葉に楓が脱力し、膝から崩れ落ちた。




