2 獄炎都市へ
魔王城、謁見の間──。
「俺が兵を率いてジレッガに行く」
俺は魔軍長たちに指示を送っていた。
「ステラはいざというときには俺の代わりに全軍の指揮を。リーガル、フェリア、オリヴィエはその補佐だ。ジュダへの連絡も頼む」
「千里眼で探していますが、ジュダ魔軍長の姿が見当たりません。引き続き、探索を続けます」
と、ステラ。
「ジュダは重要な戦力だ。連絡が取れ次第、王都で守りについてもらうよう伝えてくれ」
「承知しました」
「後のことは頼むぞ、みんな」
俺はその場に集まっているステラ、リーガル、フェリア、オリヴィエを順番に見回した。
「お気をつけください、魔王様」
「……ご武運を」
「がんばってね、魔王様」
「ファイトですっ」
四人の魔軍長が俺を見つめる。
「行ってくる」
言い残して、謁見の間を後にした。
リリムたち警護兵を引き連れ、獄炎都市ジレッガへ向かう。
俺は冥帝竜に乗って、低空飛行だ。
リリムたちは騎馬で随伴していた。
「魔王様、あたしたちがしっかりお守りしますねっ」
リリムは気合満点だった。
「相手は魔界随一の猛者ゼガートだ。無理はするな」
警備兵を連れてきたのは、俺を守ってもらうためというよりは、周辺住民の警護のためである。
そのことはすでにリリムたちには伝えてあった。
「お前も頼むぞ、ベル」
乗騎である竜に呼びかける。
「ゼガートかぁ……前々から野心たっぷりだと思ってたけど、とうとう謀反なんてやらかしたんだね」
と、ベル。
覚悟は、していた。
予感もしていた。
いずれゼガートは俺の前に立ちはだかるだろう、と。
その覚悟と予感に、今こそ決着をつけるときだ──。
ジレッガに到着すると、俺はゼガート軍と相対した。
ずらりと並ぶ獣人系の魔族たち。
そのいずれもが一流の白兵戦能力を持つ精鋭たちだ。
「き、来たぞ、魔王フリードだ……!」
俺を見て、軍勢がどよめく。
「そうだ。この俺こそ魔界を総べる王! すべての魔族の頂点に立つ存在! おとなしく降伏するならよし!」
朗々と叫ぶ。
仰々しい台詞は奴らの戦意をくじくための威嚇込みだ。
「さもなくば──」
俺は右手を突き出した。
最下級の火炎呪文『ファイア』を放つ。
ごうんっ!
大爆発とともに、地面に巨大なクレーターができる。
最下級とはいえ、俺のこの呪文は山をも消し飛ばす威力だ。
当てるつもりはない。
あくまでも警告のためである。
「なっ……!?」
「馬鹿な、今のが最下級呪文だと……!?」
「なんて威力だ──」
たちまちゼガートの軍が静まり返った。
彼らの顔は一様に青ざめていた。
「これが魔王の力だ。なお刃向うというのであれば──我が力を、その身を持って味わうことになろう」
威厳を込めて、告げる。
「ひ、ひい……」
「聞いていた以上の、化け物だ……」
「ひるむな、我らにはゼガート様とツクヨミ様がいる……」
それでもなお降伏しないのは、さすがに勇猛で鳴らしたゼガート配下だけはある。
とはいえ、俺も無為に殺したくはなかった。
本来、彼らは魔界を守るための剣となる大切な軍勢だ。
俺がやりたいのは殲滅ではなく、鎮圧。
そのためには──、
「出てこい、ゼガート、ツクヨミ。部下たちを盾にして、自分は隠れているつもりか」
俺は周囲に呼びかけた。
不意打ちに備え、俺とリリムたちの周囲に魔力防壁である『ルシファーズシールド』を張っておく。
彼らを打ち倒し、軍の指揮に致命的なダメージを与える──それが狙いだった。
可能なかぎり少ない犠牲で、この謀反を終結させるために。
と、
「隠れるつもりなどない」
獣人魔族たちが左右に分かれ、獅子の獣人が悠然と進み出た。
獣帝ゼガート。
正面から俺と戦うつもりか……?
確かにゼガートは強い。
だが、ステータスは俺の方が圧倒的に上だ。
それは奴も理解しているはずだが──。
「こたびの謀反、どういうつもりだ、ゼガート」
「どうもこうもない。儂がこの世界を治めるために起こしたもの」
ゼガートは悠然と告げた。
「儂こそがもっとも魔王にふさわしいと考えたゆえ。皆もそう思うであろう?」
と配下に手を振る。
おおおおおおっ!
獣人たちがいっせいに叫んだ。
俺におびえていた彼らが、すっかり闘志を取り戻している。
さすがにゼガートのカリスマは抜群のようだ。
「魔界とは弱肉強食の世界。神や人によって、常に脅威にさらされる世界。それを総べる王は何よりも強くあらねばならぬ」
どう猛な獅子の瞳が俺を見据える。
俺は仮面越しにその眼光を真っ向から見返した。
「俺では、その強さが足りない──と?」
「然り」
告げて、地を蹴るゼガート。
これ以上は問答無用とばかりに、爪を、尾を、牙を、次々に繰り出してくる。
「──遅い」
俺は奴の背後に回りこんだ。
「『ファイア』!」
最下級の火炎呪文を叩きこむ。
俺が放てば山をも消し飛ばす威力の魔法だが、さすがにゼガートも魔軍長の一人だ。
「ぐお……っ」
苦鳴を上げつつも踏ん張り、俺に向き直った。
「やはり……お強い」
「降伏しろ。お前に勝ち目はない」
「勝ち目? そんなものが最初からないことは分かっております」
ゼガートが笑う。
いや、これは──。
その顔が突然変化した。
獅子の風貌から、鳥のそれへと。
「お前は……」
ゼガートじゃない。
こいつは獣帝の副官、シグムンド……!?








