13 閃光の決着
竜にまたがり、漆黒の魔力剣を構えた俺と、大剣を掲げた純白の巨大騎士が対峙した。
互いの間ですさまじい魔力がほとばしり、衝突し、暴風となって吹き荒れる。
緊張感が高まっていくのが分かる。
うかがうのは、必殺のタイミング。
「おおおおおおおおっ!」
先に動いたのは、光の王だった。
咆哮とともに斬りかかる。
感情を持たないはずの兵器が、闘志をむき出しにして。
それだけ昂ぶっているのか、あるいは──。
「それだけ、追い詰められているのか」
魔王のプレッシャーに。
「砕け散れ、魔王っ!」
振り下ろされた巨大な剣に、俺は右手の魔力剣を無造作に叩きつけた。
ざしゅっ、という小さな音がして、光の王の大剣が真ん中から斬り飛ばされる。
「な、なんという切れ味──」
戦慄したように後ずさる巨大騎士。
「行け、ベル」
俺は乗騎に命じて奴に近づいた。
「く、来るなぁぁぁぁぁぁぁっ!」
恐怖の声を上げる光の王。
「邪悪な魔王があああああああああああっ!」
その手から無数の光弾が飛んだ。
が、無駄だ。
俺は追尾型の魔力弾である『ホーミングレイ』を放ち、それらをすべて撃墜する。
「加速しろ、ベル」
「りょーかい」
ベルが両翼を羽ばたかせ、飛翔スピードを一気に上げる。
すれ違いざま、俺は魔力剣を振るった。
斬撃は、四度。
光の王の両手足を根元から斬り飛ばす。
「ぐっ……!」
「終わりだ」
胴体部だけになった光の王に、俺は魔力剣の切っ先を突きつけた。
「あーあ、せっかくカッコいい兵器なのに、手足バラバラだ」
と、ベル。
「いや、お前どっちの味方なんだよ」
「だってカッコいいものはカッコいいよ。もったいない」
おもちゃ感覚なんだろうか。
こいつの感性はよく分からない。
「まさか、ここまでの力を持っているとは──この我が、まるで歯が立たぬ」
光の王がうめく。
「お前は魔族を殺し、魔界を壊すだけの兵器だ。ここで破壊させてもらう」
俺は魔力剣を振りかぶった。
──刹那、
「フリード様!」
冥帝竜が珍しく驚いたような声を上げ、俺を乗せたまま後退する。
「どうした、ベル?」
「こいつの波動……何かおかしいよ!」
「気づいたか。さすがに竜族の最高位『ガ』の眷属──冥帝竜だ」
光の王がつぶやく。
「だが、気づいたところでどうにもならんぞ。この魔界ごと消し去ってくれよう。神が我に与えた最終兵器で──」
「魔王様、そいつは自爆するつもりです!」
地上から声が聞こえた。
ステラだ。
その額には第三の瞳が開いている。
「体内の魔力が異様な速さで濃縮されています。このままでは、あと三分ほどで大爆発を──」
「なんだと……」
ベルが後退したのも、その気配を察知したから、か。
「できれば、魔界そのものは残しておきたかった。神にとって利用価値のある世界。回収しなければならないものもある。だが、魔王がここまでの力を持っているなら、これを滅することが最優先と心得る」
光の王が淡々と告げる。
その間も全身の明滅は激しくなっていた。
さながら自爆へのカウントダウンだ。
「ちっ……『ルシファーズシールド』!」
俺はベルから降りた。
「お前は離れていろ。巻き添えを食わないようにな」
言って、飛翔魔法で奴に接近する。
ありったけの魔力を込めて障壁を張った。
一枚、二枚……とその数を増やし、俺ごと光の王の全身を包みこむ。
「自爆の影響を障壁内に抑えこんでやる──」
だが、何しろ相手は巨大だ。
数枚程度じゃ体中を覆うことはできない。
奴が爆発するまでに、完全に光の王を包みこむことができるか。
時間との勝負だった。
「無駄なことを。いかに汝が比類なき魔力を備えていようと、我が体内には神が与えた力が宿っている。何者であろうとこれを封じることなどできん……!」
光の王の明滅が激しくなる。
俺はひたすら『ルシファーズシールド』を生み出し、周囲を包んでいく。
この魔法は術者を起点に発動するため、俺と光の王を一緒に包むしかない。
つまり、自爆した際には俺自身もその威力を食らうことになる。
だが、躊躇している暇はない。
迷っている暇もない。
「『ルシファーズシールド』!」
叫ぶ。
さらに五枚……十枚──。
すでに障壁の数は五十を超えていた。
さすがに意識が薄れだす。
俺の魔力だって無尽蔵じゃない。
しかも詠唱をいっさい無視し、通常よりも消耗するやり方で魔力障壁を作っているのだ。
「無駄なあがきだと言っている。我の最後の力は今炸裂する」
「させるか!」
そして──百枚。
生み出した百の障壁が、俺と光の王を完全に包みこんだ。
同時に、天想覇王の明滅の激しさが最大限に達する。
「フリード様、駄目ぇっ!」
ステラが悲痛な顔で叫んだ。
「ご自分を犠牲にするなんて──」
「勘違いするな」
仮面の下で俺は笑う。
「犠牲になるつもりはない。そして、こいつに魔界は壊させない」
「ならば汝とともに我は砕け散るのみ──終わりだ!」
告げて、大爆発する光の王。
あふれ出した輝きが、漆黒の魔界を純白に染め上げた──。
※
魔界には太陽がなく、常に闇がたゆたっている。
そんな漆黒の世界を、まるで太陽が現れたかのような純白の輝きが包みこんだ。
「うっ……」
あまりのまぶしさに、ステラは目を細める。
それでも視線はそらさなかった。
(フリード様……!)
自らの主の名を、心の中で呼びかける。
ただ勝利を祈って。
ただ無事を祈って。
やがて爆光が収まり、魔界はふたたび闇に包まれた。
巨大な白騎士──光の王は跡形もなく消滅している。
その爆心地には、ぼろぼろのローブをまとった人影があった。
魔王の、姿が。
「フリード様!」
ステラは真っ先に駆け出した。
彼が無事だった喜びと安堵感で。
感情が爆発し、自分を押さえられない。
「よかった、ご無事で……」
涙声で抱きつく。
「ステラ……心配をかけたな」
「フリード様……!」
彼の仮面が砕け、ほとんど素顔が露出していることに気づいた。
身にまとうローブもあちこち裂けて血がにじんでいる。
「奴の周囲に障壁を張ることを優先したから、俺自身を守る障壁の方は最低限しか作れなかったんだ。なんとか、仮面やローブがボロボロになる程度で済んだけどな……」
苦笑するフリード。
「では、新しいものを用意します。とりあえずは、これで……」
ステラは軍服風の衣装の裾を破り、フリードに渡した。
それで口と鼻を覆えば、顔を隠せるだろう。
「どうぞ……」
布を渡そうとして、フリードと目が合った。
思った以上に顔が近いことに気づく。
たちまち頬が熱くなった。
「あたし……えっと、その」
胸の鼓動が早まり、頭がぼうっとなった。
「ん、どうした?」
「も、申し訳ありません……なんでもない……です……」
怪訝そうなフリードに、ステラは慌てて首を振った。
あらためて布を渡すと、そっと目を逸らした。
(あたしは……フリード様の臣下よ。こんなふうに想ってはいけない……)
自身に言い聞かせる。
臣下として必要なのは、あくまでも忠誠心だ。
恋心などであっては、ならない。
だが、フリードの安否を気遣ったとき、はっきりと自覚してしまった。
彼のことが大切だと。
失いたくないと。
これからも、ずっとそばにいたい、と──。
※
「あれは──」
抱き合うフリードとステラを見つめながら、リーガルがうめいた。
「魔王様の素顔……か……?」
おそらく光の王の爆発によって、普段つけている仮面が壊れたのだろう。
遠目だが、確かに見えた。
精悍な中年男の顔が。
「あの顔と雰囲気は……」
まるで、人間のようだ。
いや、そんなはずはない。
「まさか、な」
リーガルはつぶやいた。
自らの考えを否定するように、首を左右に振る。
だが、湧きあがった疑念は消えなかった。
いつまでも、くすぶっていた──。
次回から第7章「決戦への序曲」になります。
一週間ほどお休みをいただき、6月12日(火)から更新再開予定です。
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