10 不死王VS水の王
魔軍長リーガルは、蒼い装甲に包まれた巨大な竜と対峙していた。
「──強い」
さすがに天軍最強兵器と謳われるだけのことはある。
神話の時代に、多くの魔族を滅ぼした天想覇王。
その三体のうちの一体──『水の王』。
「相手にとって不足なし」
リーガルは、骨を組み合わせたような不気味なデザインの剣を構え直した。
「参る」
全身から紫色の瘴気を噴き出し、それを推進力にして超速で突進する。
「アンデッド風情が」
水の王が口を開き、ドラゴンブレスを放った。
青く輝く魔力砲を、リーガルは避けない。
それどころか、さらに加速して突っこんでいく。
直撃とともに、髑髏の剣士はバラバラになった。
「脆い──いや、これは」
わずかに訝しむような水の王の声。
「バラバラになったのは、わざとだ」
リーガルは静かに告げた。
全身を構成する骨を分解し、無数のパーツとなって水の王を取り囲む。
「朽ち果てよ」
リーガルの骨群から、いっせいに白い光があふれた。
『エナジードレイン』。
アンデッド種族が備える、エネルギー吸収能力である。
気力や生命力、魔力など、あらゆるエネルギーを吸い取る力だ。
魔力で駆動する天想覇王は、魔力がなくなれば動けなくなるはずだった。
刹那、
「聖王結界展開」
青い竜の巨体が輝くクリスタルの壁に覆われた。
エナジードレインの光はその壁に弾かれ、霧散してしまう。
「ふん、我の魔力を吸い取り、動けなくするつもりだったか? 汝の目論見通りにはいかんぞ」
「ならば、正面から破壊するのみ」
ふたたび骨群を集合させ、髑髏の剣士の姿を取るリーガル。
砕け散った甲冑は魔力を使って再生する。
「リーガル、下がれ!」
背後からステラの声がした。
振り返れば、彼女が数百の魔族を従えている。
魔王城の防衛部隊や兵を集めてきたのだろう。
「結界の出力が弱まるまで、残り三秒……二……一……撃ぇっ!」
彼女の指示とともに、魔族たちがいっせいに魔力弾を放った。
数百の光の軌跡が水の王へと吸いこまれる。
「むう……」
爆光とともに、蒼い巨竜はわずかに後ずさった。
「聖王結界の出力の波や周期を見切ったというのか……これほど正確に……!?」
「次、射角右前方三十度!」
ステラがふたたび叫ぶ。
どうやら額の千里眼で相手の魔力の高まりや動きなどを予測し、最適な攻撃を指示しているようだ。
先ほどのように魔力弾が撃ちこまれ、爆光が弾ける。
「ふむ、見事。攻撃の位置もタイミングも完璧だ」
黒煙の向こう側から現れた水の王は無傷だった。
「しかし、汝らには火力が足りないようだな。決定的に」
「硬い──」
「奴の外殻はミスリル製だ。簡単には有効打を与えられない。少しずつ削っていくしかないな……」
つぶやくリーガルにステラが言った。
「削る必要などない。砕けばよいだけのこと」
リーガルが前に出る。
骨を組み合わせたような異形の剣を上段に掲げ、水の王を見据えた。
「あのデカブツは俺一人で十分だ。他の者は足手まといにならないよう引っこんでいろ!」
吠えたリーガルの全身から瘴気が炎のように立ち上る。
それを噴き出し、先ほど同様に──いや先ほどをはるかに圧する超々速で水の王へと肉薄する。
「ほう、まだ速くなるか。だが、しょせんは魔軍長クラス。対魔王用に造られた我の敵ではない」
水の王は巨体を揺すり、尾を繰り出した。
さらに爪を、牙を、次々と叩きつけてくる。
流れるような連携攻撃だ。
「ちいっ」
リーガルはそのたびに瘴気を噴出し、方向転換しながら水の王の攻撃を避けた。
地面が爆裂して吹き飛ぶ。
大気が軋み、衝撃波が吹き荒れる。
水の王の攻撃がどんどん威力を増しているのが分かった。
おそらくかすっただけでも、リーガルの体など粉々に砕け散るだけの威力を秘めた一撃一撃。
いくらバラバラになっても再生できるとはいえ、リーガルとて不滅の存在ではない。
体の最小構成部品である骨の一つ一つを完全に砕かれてしまえば、もはや再生不能だ。
(奴の攻撃能力なら、あるいは俺を消滅させられるかもしれんな)
内心でつぶやきながら、リーガルはさらに加速した。
かつてない強敵を前に、血がたぎるのを感じる。
──不思議だ、この感覚は。
もしリーガルに肉の体があれば、おそらく微笑みを浮かべていただろう。
心というものをなくして久しい彼だが、戦場にいるときだけは、かつてのような高揚感が湧き上がってくる。
強大な敵と剣を交えることで。
生死の狭間で戦い続けることで。
愛も情も捨ててしまった彼だが、この感覚だけは変わらない。
(ふん、人間だったころを、少しだけ思い出す──)
数千年前、まだ人間だったころのリーガルは一人の戦士だった。
剣においては並ぶ者なしと呼ばれた手練れであり、多くの魔族と戦った勇猛な剣士だった。
彼の側には、いつも一人の魔法使いがいた。
戦場でのみ生きてきた彼にとって、唯一の親友と呼べる男だった。
その男とともに、リーガルは戦果を挙げ続けた。
いつしか二人は英雄と呼ばれるようになった。
そんなあるとき、彼らは強大な魔族と戦った。
魔王の側近『魔軍長』の一人である。
戦いの末、リーガルたちは追い詰められた。
そして──親友に裏切られた。
「死にたくないんだ、俺は」
彼はリーガルもろとも魔軍長を魔法で爆破しようとした。
「お前を犠牲にして、俺は生き残る」
「なぜだ……リオン……!?」
「死ね、魔族もろとも!」
燃え盛る爆炎。
それが、リーガルが人間として目にした最後の光景だった。
気が付けば、彼は闇の中にいた。
太陽がまったく差さない、暗黒の世界──魔界。
肉を失い、骨だけになりながら、彼は生きていた。
いや、死ねなかった。
現世で強い怨念を残した者だけが転生するという魔物──アンデッドとなっていた。
「俺はもう……人間ではない、のか」
リーガルは骸骨となった体を起こした。
自分の中の何かが、決定的に欠落した感覚があった。
人間として大切なものが失われた感覚があった。
「そうか、俺は」
アンデッドになるのと引き換えに──。
「心を、失ったのだ」
「俺には人としての心などない。だが──」
つぶやき、リーガルは水の王を見据える。
「そんな俺にも、まだ残っているものがある」
黒い眼窩の奥で、紅の眼光が瞬く。
「敵に対する憎悪と──武人としての矜持だ」
「負の心だけで動く……まさしく邪悪な魔族そのものよ」
水の王がうなった。
「ああ、俺は人ではない。魔という存在」
リーガルの全身から瘴気が炎のように噴き上がる。
「だが戦場にいるときだけは、人間だったころと変わらず──魂が燃え盛る」
骨の剣を振りかぶり、叫ぶ。
「さあ、俺をもっと燃えさせてみろ、神の兵器!」
「燃える? 違うな。消し去るのだ。汝を。跡形もなく──」
水の王が青く輝く魔力のドラゴンブレスを吐き出した。
リーガルは瘴気弾を放って迎撃するものの、ブレスの前にあえなく吹き散らされる。
と、そのブレスが眼前で軌道を変えた。
数百単位の魔力障壁に衝突して。
「ステラか──」
彼女が魔族部隊を指揮して、絶妙のタイミングで魔力障壁を生み出させたのだろう。
いくら水の王の攻撃とはいえ、何百という魔族が同時に生み出した魔力障壁なら一発くらいは防げる。
「雑魚どもが!」
水の王が吠えた。
「まとめて消し去ってくれよう──」
「させないよ~」
上空から声が響いた。
待機していた冥帝竜だ。
「『シャドウブレス』!」
魔王の乗騎たる竜が、黒い光弾を吐き出す。
戦況を見極め、最善のタイミングで加勢するつもりだったのだろう。
それは、リーガルにとってまさしく値千金の援護だった。
「ぐっ……おおおおおっ……!?」
さすがにその威力は絶大だ。
爆光ととともに、水の王が後ずさる。
「効いたでしょ? いちおう、フリード様への義理は果たしたかな」
冥帝竜が悪戯っぽく笑った。
「動きが止まったぞ──狙え! 目標、敵顔面! 閃光と雷撃魔法!」
ステラがすかさず魔軍に指示を出す。
魔族たちが放った雷撃や閃光魔法が水の王の顔に叩きこまれた。
竜の顔が爆光に包まれる。
「こ、これは前が見えぬ──」
「リーガル、今だ!」
(引っこんでいろと命じたのだが──)
とはいえ、冥帝竜もステラも、それぞれ絶妙の援護をしてくれた。
彼女たちの連携で、千載一遇の勝機を生み出してくれた。
そのことには感謝するしかない。
後の仕上げは、自分の役目だ。
「おおおおおおおっ!」
リーガルは咆哮とともに突進した。
彼我の戦力差を考えれば、これが最初で最後の好機。
確実に活かし、敵を破壊する──。
「これで終わりだ……!」
リーガルが渾身の斬撃を叩きつけた。
水の王の装甲から大量の水流が吹き出し、それを跳ね返そうとする。
「『ハーデスブレード』!」
刹那、リーガルは己の全魔力を注ぎこんだ。
高圧水流をやすやすと切り裂いた骨の剣は、そのまま水の王の中心部を貫いた──。








