8 今はもう遠い日の安らぎだと
俺は、ライルの元へと歩み寄った。
「う……ぐ……」
他の勇者がやってくる気配はない。
今度こそ一対一だ。
ルドミラはすでに動けないみたいだし、対処は後でいいだろう。
まずは──ライルとの決着をつける。
「ひ、ひいっ、助けて……」
ライルが『レーヴァテイン』を手に後ずさった。
「ま、魔が差したんです……! あれは本心じゃない、信じて……っ」
「今さら命乞いか」
「師匠、お願いします!」
ライルの顔が歪んだ。
まるで今にも泣き出しそうな、弱々しい顔。
俺に許しを請うような──。
「……駄目だ」
俺は魔力の衝撃波を放った。
ライルは十メートル以上吹っ飛び、地面で何度もバウンドした。
右腕が妙な方向に曲がっている。
「ぐうう、ぉぉぉ……っ」
「次は左腕だ」
俺は奴の元まで進み、静かに言い放った。
ふたたび魔力衝撃波を放つ。
「ぎゃああああっ……!」
吹っ飛ばされたライルの左腕が、右腕同様に折れ曲がった。
その側に『レーヴァテイン』が突き刺さる。
もはや奇蹟兵装を持つことさえできまい。
「次は足だ」
「い、嫌だ……嫌だぁぁぁっ! し、死にたくないぃぃぃぃぃぃぃぃっ!」
ライルは苦痛からか、恐怖からか、涙で顔をグシャグシャにして叫んだ。
「お前は俺を殺した。次は俺がお前を──」
刹那、黒い輝きが周囲にあふれた。
「なんだ……!?」
「これは……!?」
訝る声は俺とライルが同時に発したものだった。
異様なプレッシャーが周囲に立ちこめる。
全身からぬるい汗がしたたった。
「がああああああああああああああああああああああっ!」
ライルが吠えた。
胸元に、黒く輝く何かが浮かび上がる。
小さな金属片。
紫色のスパークを散らす、その欠片からすさまじい魔力が放出されていた。
奇蹟兵装ではない。
むしろ魔族が放つものに似た、禍々しい雰囲気。
どこかで覚えがある、雰囲気。
そうだ、確か……。
「煉獄魔王剣の……!?」
魔王の象徴たる剣の雰囲気にそっくりだ。
なぜライルがそれを持っているのか。
「がああああっ……ぁぁぁぁぁっ……!」
ライルがもう一度咆哮し、手にした『レーヴァテイン』に欠片が吸いこまれた。
「あははははははは! なんだよ、これ! 力が湧いてくるぞ!」
ライルが歓喜の叫びを上げて立ち上がる。
折れたはずの腕はいつの間にか元通りになり、しっかりと剣を握っていた。
「何がなんだか分からないけど、圧倒的な力だ! 師匠……いや、フリード! 今ならお前にだって負ける気がしない!」
魔王剣の欠片の力を、手にしたか。
「吠えろ、『レーヴァテイン』──魔王退治に力を貸せ」
ライルが剣を振りかぶった。
真紅の刀身が漆黒に染まり、牙を思わせる小さな刃があちこちから生える。
聖なる武具というには、あまりにも禍々しい雰囲気を放つ剣だった。
「さあ、燃え尽きろ! 魔王フリード!」
ほとばしった火炎が渦を巻いて迫る。
「『アクアウォール』」
俺は水の壁を作り出した。
「……!?」
そのとき、違和感が生じた。
魔法を撃つだけで、強烈な脱力感があったのだ。
火炎の斬撃波はその壁に激突し──やすやすと突き破る。
「この威力は──」
以前の『レーヴァテイン』とは明らかに違う。
「『ウォーターバレット』」
火炎斬撃波に向けて水の弾丸を放つ俺。
突き進んだ水の弾丸は火炎衝撃波とぶつかり、ともに消滅する。
「ちっ、さすがに魔法の発動が早い──」
ライルは舌打ちすると、剣を手に突進した。
「なら、近接戦で!」
「来い、煉獄魔王剣!」
俺は自身の剣を召喚した。
魔王の剣と、その欠片を宿した奇蹟兵装と──。
互いの剣がぶつかり合い、激しい火花が散る。
「はあああああああっ!」
ライルは気合いの声とともに、大剣を振りまわした。
パワーやスピードも上がっているのか、その斬撃は今までよりもはるかに鋭い。
俺は剣で防ぎながら、じりじりと後退していった。
「くっ……!?」
また、違和感があった。
打ち合っているだけで体力も魔力もどんどんすり減っていく。
消耗が、激しすぎる──?
「『サンダーアロー』!」
俺は斬り結びながら、稲妻の矢を放った。
「無駄ですよ!」
ライルはそれを斬撃で吹き散らした。
やはり、威力が落ちている──!?
奴が魔王の剣の欠片を持っているせいなんだろうか。
「ほらほらほらぁっ! さっきまでの勢いはどうしました!?」
ライルが笑いながら剣を振る。
「さっきより弱くなってませんか、魔王? なら、さっさと討たれてください! この僕の──正義の剣で!」
ますます勢いを増す斬撃の嵐に、俺は防戦一方だ。
このままでは攻勢に移れず、押し切られる。
──魔王の力が、奴の前では威力を発揮しない。
なら、どうするか。
俺は奴のレーヴァテインを見据える。
魔王の欠片を宿した、あの剣をなんとかすれば──。
俺は、大きく跳び下がった。
「逃がしませんよ!」
ライルが突っこんでくる。
俺は懐に手を入れた。
「? 何を──」
怪訝そうな顔をしたライルに向けて、俺は銃を構えた。
銃声と、轟音。
「ぐっ……!?」
ライルが小さく苦鳴を上げる。
これは魔王の力じゃない。
物理的な、ただの銃撃だ。
その銃撃が、ライルの手から『レーヴァテイン』を弾き飛ばす。
「し、しまっ……」
慌てる奴に向けて、俺は魔力の衝撃波を放った。
『ねえ、師匠。それかっこいいですね』
『銃か? 魔族相手に決定打は与えられないけどな』
『僕も欲しいなー』
『はは、子どもには扱いが難しいからな。もう少し大きくなったら、お前に譲ってやるよ』
「……子どものころ、お前はこの銃をねだったことがあったな」
俺は倒れたライルを見下ろした。
レーヴァテインがその手から離れたせいか、さっきまでの力が抜けていくような感覚は消えていた。
「かっこいいじゃないですか、銃って……」
苦しげな息の下で、わずかに笑うライル。
「あんまり実用的じゃないから、結局もらわなかったんですけどね……」
あのころのことを思いだしているのか。
いや、感傷に浸っているのは俺だけかもしれない。
こいつと過ごした時間は、俺に多くの安らぎをくれた。
だけど、それはもう遠い日に過ぎ去った幻想だ。
俺は感傷を断ち切り、ライルを見下ろした。
「お前に二つの罰を与える」
呪文リストを呼び出して探す。
対ライルにもっともふさわしい呪文を。
「ば、罰……?」
不安げにつぶやくライル。
「『ギルティペイン』」
ため息交じりに唱えた。
「あっ……!? ぐあっ、がぁ……ぁぁぁ……っ! あぁぁぁぁっ!」
たちまちライルの顔が苦痛に歪んだ。
「い、痛い……痛い痛い痛い痛い痛いいだだだだだいいいいいいいいっ」
大罪なる痛み。
これをかけられた者は、絶え間なく続く激痛に襲われる。
その効果は、一生続く。
痛みで精神崩壊することすら許されず、命が尽きる瞬間まで──。
「俺の心の痛みを味わわせることはできないが、お前はその痛みを背負って生きていくんだ。これから先、ずっと……な」
「くそぉぉっ、フリードぉぉぉぉっ……! 痛い、痛いよぉぉぉぉっ……あぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぅっ……ぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
ライルが血走った目で俺をにらんだ。
「俺の正体を誰かに話そうとすれば、その痛みは数百倍、数千倍になるよう設定しておいた。紙に書いて伝えるような行為でも同じだ。せいぜい気を付けろ」
「殺す……てめぇ、いつか必ず……僕は、こんなところで終わる男じゃ……」
「終わりだ、すべて。その痛みがあるかぎり、日常生活をまともに送ることすらできない」
俺は冷ややかに言い放った。
「そして、次の罰でお前の野心を打ち砕く。永遠に──」








