6 対峙
俺はステラとともに森林を進んでいた。
「フリード様、今回の戦いはどう見ていますか?」
隣を歩くステラがたずねる。
いつも通りのクールな表情だ。
だがよく見ると、心配そうな雰囲気がわずかに混じっている気がした。
「リーガルに対して、ご自身が討たれるかもしれないというようなことを……」
「別に弱気になっているわけじゃない」
俺は仮面の下で苦笑を浮かべた。
「四天聖剣は確かに強い。実際に会ったことはないし、さっきの映像で見ただけだが……人間だったころの俺なら、とても敵わなかっただろう」
「フリード様……」
「だが今の俺は違う。リーガルにああいう言い方をしたのは、説得のための方便も混じっている。気にするな」
「……それを聞いて安心いたしました」
ステラの口元に微笑が浮かんだ。
「では、私は索敵に全力を尽くします」
「任せる。回復具合はどうだ? まだ戦闘は無理なんだよな?」
「申し訳ありません」
「いや、責めてるわけじゃないんだ。現状確認のつもりで……俺のほうこそすまない」
俺とステラは歩みを進めた。
「……もう一つ、お聞きしてもよろしいですか」
「なんだ」
「なぜ、そのようなものをお持ちになったのでしょうか?」
ステラが俺の懐に視線を移す。
千里眼を持つ彼女にはお見通しか。
「ああ、これか」
俺はふたたび苦笑して、ローブの懐に入れたものを取り出した。
武骨な作りの回転式拳銃だ。
火薬を使って弾丸を打ち出す武器。
量産できるほどの技術は確立されていないために、かなりの希少品だが、俺は勇者ということで優先してこの武器を支給されていた。
……といっても、人間が相手ならともかく、魔族相手にこの武器は決定打になりにくい。
魔族の強大な魔法や生命力の前に、銃弾で致命傷を与えるのは難しいのだ。
勇者だったころ、俺は拳銃を牽制用の武器として使っていた。
魔王の力を得た今、戦闘でこの拳銃を使う意味は薄い。
「……感傷、かもな」
「えっ」
怪訝そうな顔をしたステラは、すぐに表情を引き締めた。
「前方に奇蹟兵装の気配があります。勇者かと」
「数は?」
「一人です。なぜか他の勇者と離れて行動しているようですが……」
「好都合だな。情報をつかむために生け捕りにしよう」
俺の力なら難しくはないだろう。
まっすぐに進む。
茂みをかき分けると、前方に人影が見えた。
「お前は──」
息を飲んで立ち尽くす。
そいつに会うことは、覚悟していたはずなのに──頭の中が真っ白になる。
心臓が痛いほどに鼓動を打ち始める。
知っている顔だ。
忘れようがない顔だ。
「……また会えたな、ライル」
「その声は……まさか、師匠……!?」
そいつは──ライルは驚いたような声を上げる。
「ライルゥゥゥゥゥゥゥゥッ!」
抑えきれない感情が爆発した。
仮面を外して、投げ捨てる。
心の奥に澱んでいたものが、一気に噴き出すような感覚だった。
「フリード様……?」
訝るようなステラにも、今は答える余裕がなかった。
「やっぱり師匠……!? でも、その格好は──」
ライルは呆然とした顔だ。
その視線が俺の手の甲に向けられた。
正確には、そこに浮かぶ赤い紋様に。
「魔王紋……!?」
「俺が、新たな魔王だ」
静寂が、場を支配した。
冷たい風が吹き抜けていく。
「へえ、魔王……ですか」
ライルが薄笑いを浮かべた。
「確かにその紋様は魔王ユリーシャと同じもの……でも、なぜ……?」
「生まれ変わったんだよ。お前に一度殺されて、俺は魔王になった」
最低限の説明をするだけで──言葉を交わすだけで、胸の奥に怒りが煮えたぎる。
裏切った。
信頼を踏みにじられた。
ずっと信じていたのに。
お前は、俺を──!
「魔族の残党狩りのために単独行動していたんですよ、僕」
俺の怒りを感じているのか、いないのか、ライルは平然とした様子だ。
「手柄のほとんどはルドミラが持っていっちゃいましたからね……なのに、こんな幸運に出くわすなんて」
「幸運だと?」
「大恩ある我が師フリードは、あろうことか新たな魔王としてよみがえった。もはや元に戻る方法がないなら、せめて安らかな最期を。そして世界に平和を──これこそ残された弟子の務めですね」
満面の笑顔で告げるライル。
「嬉しいのか」
「まさか。悲しいですよ?」
笑みを浮かべたまま、ライルが真紅の剣を構えた。
「だけど感謝しています。あなたのおかげで、今度こそ僕は魔王殺しの勇者になれる──」
罪悪感なんてまったく感じていないんだろう。
後悔などカケラほども抱いていないんだろう。
「……それがお前の答えか」
「言っておきますが、いつまでも弟子だと思って見下さないでくださいよ。その気になれば、僕は師匠にだって勝てる……その自信があります」
赤い刀身が炎をまとった。
「見せてあげますよ、今──吠えろ、『レーヴァテイン』!」
渦巻く火炎が俺を包みこんだ。
「さあ、燃え尽きろ!」
熱い──。
すさまじい灼熱感が俺の全身を襲う。
「──こんなもの」
ぎりっと奥歯を噛みしめた。
「さすがに魔王の体だけあって、耐えますねぇ! だけど僕が解除しないかぎり、『レーヴァテイン』の炎は消えませんよ、絶対に!」
ライルが哄笑する。
あのときと、同じだ。
ライルに裏切られ、『レーヴァテイン』の炎で焼き尽くされたあのときと。
「……ない」
「はい?」
キョトンとするライルを、俺はまっすぐに見据えた。
「熱くない、と言った」
すでに灼熱感は消えている。
もう俺は──あのときとは違う。
あのときと、決別する。
してみせる。
「『ファイア』」
生み出した豆粒ほどの火球で、決して消えないはずの『レーヴァテイン』の火炎をあっさりと吹き散らした。
「えっ……?」
ライルは呆然とした声をもらした。
俺はゆっくりと進んだ。
立ち尽くすライルの元までたどり着いたところで、無造作に拳を繰り出す。
「ぐ……げぇっ……!」
腹に痛撃を受けたライルは、端正な顔を歪めて吹っ飛んだ。
「どうした? その気になれば俺に勝てるんじゃなかったのか?」
俺はゆっくりと歩み寄り、倒れたライルを見下ろした。
「な、なんだ、このパワーは……はあ、はあ」
ライルは憎々しげに俺をにらんでいた。
初めてこいつと出会ったときのことを思いだす。
すがるように、頼るように俺を見上げていた、子どものころのライル。
あのころのライルは、もうどこにもいない。
「いや──最初からいなかったのか。どこにも」
俺が信頼し、息子のように思っていたライルは。
全部、幻想だった。
諦念とも虚無感ともつかない気持ちが込み上げる。
その思いを胸にしまい、俺はライルに向かって手をかざした。
魔力を集中する。
俺の手のひらに淡い輝きが宿った。
「ひ、ひいっ……!」
ライルがおびえた表情でうめく。
さあ、過去との決別のときだ。








