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愛弟子に裏切られて死んだおっさん勇者、史上最強の魔王として生き返る  作者: 六志麻あさ @『死亡ルート確定の悪役貴族2』発売中!
第2章 魔王への道

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6 対峙

 俺はステラとともに森林を進んでいた。


「フリード様、今回の戦いはどう見ていますか?」


 隣を歩くステラがたずねる。

 いつも通りのクールな表情だ。


 だがよく見ると、心配そうな雰囲気がわずかに混じっている気がした。


「リーガルに対して、ご自身が討たれるかもしれないというようなことを……」

「別に弱気になっているわけじゃない」


 俺は仮面の下で苦笑を浮かべた。


四天聖剣(セイクリッドエッジ)は確かに強い。実際に会ったことはないし、さっきの映像で見ただけだが……人間だったころの俺なら、とても敵わなかっただろう」

「フリード様……」

「だが今の俺は違う。リーガルにああいう言い方をしたのは、説得のための方便も混じっている。気にするな」

「……それを聞いて安心いたしました」


 ステラの口元に微笑が浮かんだ。


「では、私は索敵に全力を尽くします」

「任せる。回復具合はどうだ? まだ戦闘は無理なんだよな?」

「申し訳ありません」

「いや、責めてるわけじゃないんだ。現状確認のつもりで……俺のほうこそすまない」


 俺とステラは歩みを進めた。


「……もう一つ、お聞きしてもよろしいですか」

「なんだ」

「なぜ、そのようなものをお持ちになったのでしょうか?」


 ステラが俺の懐に視線を移す。

 千里眼を持つ彼女にはお見通しか。


「ああ、これか」


 俺はふたたび苦笑して、ローブの懐に入れたものを取り出した。


 武骨な作りの回転式拳銃(リボルバー)だ。


 火薬を使って弾丸を打ち出す武器。

 量産できるほどの技術は確立されていないために、かなりの希少品だが、俺は勇者ということで優先してこの武器を支給されていた。


 ……といっても、人間が相手ならともかく、魔族相手にこの武器は決定打になりにくい。

 魔族の強大な魔法や生命力の前に、銃弾で致命傷を与えるのは難しいのだ。


 勇者だったころ、俺は拳銃を牽制用の武器として使っていた。

 魔王の力を得た今、戦闘でこの拳銃を使う意味は薄い。


「……感傷、かもな」

「えっ」


 怪訝そうな顔をしたステラは、すぐに表情を引き締めた。


「前方に奇蹟兵装の気配があります。勇者かと」

「数は?」

「一人です。なぜか他の勇者と離れて行動しているようですが……」

「好都合だな。情報をつかむために生け捕りにしよう」


 俺の力なら難しくはないだろう。


 まっすぐに進む。

 茂みをかき分けると、前方に人影が見えた。


「お前は──」


 息を飲んで立ち尽くす。


 そいつに会うことは、覚悟していたはずなのに──頭の中が真っ白になる。

 心臓が痛いほどに鼓動を打ち始める。


 知っている顔だ。

 忘れようがない顔だ。


「……また会えたな、ライル」

「その声は……まさか、師匠……!?」


 そいつは──ライルは驚いたような声を上げる。


「ライルゥゥゥゥゥゥゥゥッ!」


 抑えきれない感情が爆発した。

 仮面を外して、投げ捨てる。


 心の奥に澱んでいたものが、一気に噴き出すような感覚だった。


「フリード様……?」


 訝るようなステラにも、今は答える余裕がなかった。


「やっぱり師匠……!? でも、その格好は──」


 ライルは呆然とした顔だ。


 その視線が俺の手の甲に向けられた。

 正確には、そこに浮かぶ赤い紋様に。


「魔王紋……!?」

「俺が、新たな魔王だ」




 静寂が、場を支配した。


 冷たい風が吹き抜けていく。


「へえ、魔王……ですか」


 ライルが薄笑いを浮かべた。


「確かにその紋様は魔王ユリーシャと同じもの……でも、なぜ……?」

「生まれ変わったんだよ。お前に一度殺されて、俺は魔王になった」


 最低限の説明をするだけで──言葉を交わすだけで、胸の奥に怒りが煮えたぎる。


 裏切った。

 信頼を踏みにじられた。


 ずっと信じていたのに。


 お前は、俺を──!


「魔族の残党狩りのために単独行動していたんですよ、僕」


 俺の怒りを感じているのか、いないのか、ライルは平然とした様子だ。


「手柄のほとんどはルドミラが持っていっちゃいましたからね……なのに、こんな幸運に出くわすなんて」

「幸運だと?」

「大恩ある我が師フリードは、あろうことか新たな魔王としてよみがえった。もはや元に戻る方法がないなら、せめて安らかな最期を。そして世界に平和を──これこそ残された弟子の務めですね」


 満面の笑顔で告げるライル。


「嬉しいのか」

「まさか。悲しいですよ?」


 笑みを浮かべたまま、ライルが真紅の剣を構えた。


「だけど感謝しています。あなたのおかげで、今度こそ僕は魔王殺しの勇者になれる──」


 罪悪感なんてまったく感じていないんだろう。

 後悔などカケラほども抱いていないんだろう。


「……それがお前の答えか」

「言っておきますが、いつまでも弟子だと思って見下さないでくださいよ。その気になれば、僕は師匠にだって勝てる……その自信があります」


 赤い刀身が炎をまとった。


「見せてあげますよ、今──吠えろ、『レーヴァテイン』!」


 渦巻く火炎が俺を包みこんだ。


「さあ、燃え尽きろ!」


 熱い──。

 すさまじい灼熱感が俺の全身を襲う。


「──こんなもの」


 ぎりっと奥歯を噛みしめた。


「さすがに魔王の体だけあって、耐えますねぇ! だけど僕が解除しないかぎり、『レーヴァテイン』の炎は消えませんよ、絶対に!」


 ライルが哄笑する。


 あのときと、同じだ。

 ライルに裏切られ、『レーヴァテイン』の炎で焼き尽くされたあのときと。


「……ない」

「はい?」


 キョトンとするライルを、俺はまっすぐに見据えた。


「熱くない、と言った」


 すでに灼熱感は消えている。


 もう俺は──あのときとは違う。


 あのときと、決別する。

 してみせる。


「『ファイア』」


 生み出した豆粒ほどの火球で、決して消えないはずの『レーヴァテイン』の火炎をあっさりと吹き散らした。


「えっ……?」


 ライルは呆然とした声をもらした。


 俺はゆっくりと進んだ。

 立ち尽くすライルの元までたどり着いたところで、無造作に拳を繰り出す。


「ぐ……げぇっ……!」


 腹に痛撃を受けたライルは、端正な顔を歪めて吹っ飛んだ。


「どうした? その気になれば俺に勝てるんじゃなかったのか?」


 俺はゆっくりと歩み寄り、倒れたライルを見下ろした。


「な、なんだ、このパワーは……はあ、はあ」


 ライルは憎々しげに俺をにらんでいた。


 初めてこいつと出会ったときのことを思いだす。

 すがるように、頼るように俺を見上げていた、子どものころのライル。


 あのころのライルは、もうどこにもいない。


「いや──最初からいなかったのか。どこにも」


 俺が信頼し、息子のように思っていたライルは。

 全部、幻想だった。


 諦念とも虚無感ともつかない気持ちが込み上げる。

 その思いを胸にしまい、俺はライルに向かって手をかざした。


 魔力を集中する。

 俺の手のひらに淡い輝きが宿った。


「ひ、ひいっ……!」


 ライルがおびえた表情でうめく。


 さあ、過去との決別のときだ。

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