6 宴の翌朝
宴を終え、その翌朝──。
「さ、昨晩は失礼をいたしました、フリード様」
ステラが俺に謝りに来た。
「臣下にあるまじき態度だったと反省しています。ご不快な思いをさせてしまい、本当に申し訳ございません」
「酒の席だし、いいじゃないか。もちろん、不快な思いなんてしていない」
俺は仮面越しに微笑んだ。
「それに臣下である前に、ステラは大切な──存在だ」
『大切な仲間だ』と言おうとして、俺は気が付けば違う言葉を継げていた。
そう、彼女は大切な存在だ。
魔王に生まれ変わってから、初めて会った魔族。
今まで、誰よりも俺を助けてくれた魔族。
そして、一番近くにいて支えてくれた女──。
「……フリード、様」
ステラが遠慮がちに、俺の胸にしなだれかかった。
頬を赤く染め、濡れたような瞳で俺を見上げている。
「ステラ」
俺はそんな彼女をまっすぐに見つめ──、
「萌えます」
「っ……!?」
間近で声がして、俺とステラは思わず離れた。
「じー」
俺たちのすぐそばにオリヴィエがいる。
ステラとの会話に夢中で、まったく気配を感じなかった。
たぶん、それはステラも同じだろう。
「い、いきなり現れないでくれ……」
俺は焦りを隠せないまま言った。
「えへへ、申し訳ないのです」
言いながら、オリヴィエは満面の笑みを浮かべている。
「ふふふ、ステラお姉さまが乙女です。恋心全開なのです。初心なのです」
九本の尾が、ぴょこぴょことかわいらしく動いていた。
「萌えます……はふぅ」
「か、勘違いするな。私は、その、魔王様に対しては臣下としての、そのあの」
ステラが真っ赤な顔で抗弁した。
クールな彼女にしては珍しく、あたふたと両手を振っている。
「しどろもどろでますます萌えます」
「だ、だから、違うんだ……お、おい、にやけるな。誤解するな」
「はふはふはふぅ」
オリヴィエは完全に萌え状態のようだ。
「恋愛感情とやらか。あいかわらず俺には理解しがたい話をしているな」
ざっ、ざっ、という足音とともに、髑髏の剣士が近づいてきた。
リーガルだ。
俺を見据える眼光は、昨日までとは少し様子が違って見えた。
迷いを示すように揺らいでいた眼光が、今はまぶしいほどに鮮烈だ。
まるでリーガルの心境を示すように。
まるで──迷いが晴れたと言わんばかりに。
「私への処罰は、ことが落ち着いた段階でお願いします」
告げるリーガル。
「吹っ切れた様子だな、リーガル」
「今はただ無心に剣を振るうのみ」
「……そうか」
「私は私にしかなれませぬ。人への憎しみも、武人としての生き様も。私は私のままで剣を振るい続ける──」
俺はその言葉に満足した。
もちろん、彼が謀反に加担したことは重い事実だ。
簡単に『許す』という話にはならない。
いや、俺個人としてならその選択もありうるが、魔王としての立場では絶対にありえないことだ。
ただ、それはそれとして安心もしていた。
それでこそリーガルだ、と。
「よし、全員で力を合わせて、局面局面を乗り切っていくぞ。その中で、元の時代に戻る方法も模索して──」
俺が言いかけた瞬間。
「──!!」
全身にすさまじい戦慄と悪寒が走り抜けた。
感じる。
理屈ではなく本能が、全身全霊で警告してくるような感覚。
圧倒的にして絶大な力を持つ存在が、敵意を向けてくる。
俺に、ステラに、オリヴィエに、リーガルに。
そしてこの魔界すべてに──。
「魔王様、今の気配は」
「ああ」
ステラの言葉に俺はうなずいた。
この気配は、以前にも感じたことがある。
そう、第二次勇者侵攻戦の際、リアヴェルトがまとっていた膨大な神気。
その大元だ──。
「神が、動き始めた」
いよいよ始まるらしい。
神話に記された、神と魔王の決戦が。








