1 束の間の日常
魔王城の大ホール。
勇者軍、ならびに天軍を退けた祝宴が、そこで開かれていた。
「今回の戦いでは、我が右腕たるジュダや魔軍長、そして新たに我が陣営に来てくれたフリードたちによって、天軍や勇者軍を退けることができた。王として礼を言わせてもらう」
ヴェルファーが朗々とした声で告げ、俺を指し示す。
たちまち魔族たちから歓声があがった。
「今回もすごかったな。いやー、天軍の兵器が一瞬で吹っ飛ぶとは」
「恐るべき魔力だ……」
魔族や魔軍長たちが俺を称賛している。
「相変わらず可愛い女の子たちをはべらしちゃって……ふふ」
女騎士のアルフィナだけが、俺ではなく同席しているステラやオリヴィエに熱い視線を注いでいた。
「や、やだ、可愛いなんて……」
はにかんだような笑みを浮かべるオリヴィエ。
狐耳が、ぴょこぴょこ、と跳ね動いている。
「照れちゃいます~」
「可愛いわよぉ。もふもふ」
すさまじい速度で距離を詰めたアルフィナが、彼女の狐耳をもふもふしていた。
は、速い──。
さすがは雷覇騎士の称号を持つアルフィナだ。
というか、超絶的な身体能力の無駄遣い、ここに極まれりといった感じだった。
「もっともふもふもふ」
「きゃんっ」
女の子同士でじゃれているのが微笑ましい。
「ん、リーガルの姿が見えないが?」
俺はステラにたずねた。
「先ほどまではいたはずですが……ああ、あそこに」
会場の隅で、剣士系の魔族たちに囲まれている。
どうやら剣術談義をしているようだ。
リーガルはリーガルで宴を楽しんでいるんだろうか。
俺はステラに向き直り、
「悪かった。お前がせっかく最善の道を予知してくれたというのに、結局それを無視するような形になったな」
あらためて詫びた。
「何をおっしゃいます。私は……正直、嬉しかったです。過去の魔族を見捨てず、守るために立ち上がるフリード様で」
ステラが微笑む。
「いつも通りのあなたで」
「俺は……」
「そんなあなただから、私はどこまでも付いていきたいと願います」
まっすぐな瞳に、少し照れてしまった。
と、
「おお、隙あらばいちゃらぶですね~」
オリヴィエがニコニコ笑顔で俺たちを見ている。
隣ではアルフィナが同じようににっこり笑顔だ。
「このまま、ちゅーしちゃいそうな勢い……いえ、もっとすごいことまで……うふふふふ、妄想がはかどります……じゅるり」
オリヴィエは口の端から盛大にヨダレを垂らし、美少女顔が台無しだった。
どんな妄想をしているんだ、こいつは。
俺は内心で苦笑する。
「あまり邪魔をしては悪いでしょ。あたしたちは向こうに行きましょ?」
「アルフィナ様……?」
「ふふふ、可愛いオリヴィエちゃんを独り占め……思う存分もふもふ……じゃなかった、ほら二人が存分にいちゃいちゃできるように気を遣いましょ……もふもふもふ」
「な、なるほど……と言いながら、くすぐったいですぅ」
ひたすらもふもふしているアルフィナに、身をよじるオリヴィエ。
アルフィナの本音はオリヴィエにもふもふしたいだけだな……。
「いや、ちょっと待て」
ステラがツッコんだ。
「私とフリード様は別にいちゃいちゃなど」
「あら、したくないの? いちゃいちゃ」
「え、そ、それは……その」
たちまちステラの顔が赤くなる。
「素直になりなさい。あなたは自分の気持ちを押し殺すタイプに見えるから。ね?」
ぱちん、とウインクをして、アルフィナはオリヴィエを連れて行ってしまった。
「まったく……妙な気の使われ方をしてしまったな」
「あ、はい、その、すみません」
「何を謝る必要がある。少し二人きりでゆっくりしよう」
俺はステラの肩に手を置いた。
「フリード様……」
頬を赤く染めて俺を見上げるステラ。
「この時代がどう進んでいくのかは分からない。未来がどうなるのかも、俺たちが無事に元の時代に戻れるのかも──だけど、だからこそ今だけでも、穏やかに過ごせたら、と思う」
俺はステラを見つめた。
「特にお前は真面目に過ぎるところがあるし、な。少し宴を楽しまないか」
「はい、フリード様」
ステラはこくんとうなずいた。
「あなたのおそばで、今宵は心安らかに過ごせたら──と思います」
いつも以上に可憐な笑顔に、俺は胸をときめかせた。








