史上最強の魔王と虚空の封環
本作と同じ世界を描いた作品『なんでも吸い込む! ブラックホール!! (´・ω・`)ノ●~~~~ (゜ロ゜;ノ)ノ あらゆる敵を「しゅおんっ」と吸い込んで無双する!!!』の書籍版1巻発売を記念して、コラボ番外編を書いてみました。
こちらは導入部、本編は主に『ブラックホール』側で、という感じです。
時系列は8章終了後です。
【20.1.22追記】
11章と12章の間に掲載されるよう、投稿しなおしましたm(_ _)m
勇者たちによる二度目の侵攻戦に勝利し、俺たちは平穏な日常を取り戻していた。
……といっても、魔王としての平常業務は山積みである。
魔界の防衛体制についても、あらためて構築しなければならない。
「もっと防備を強化しないと、な」
俺はため息をついた。
特に、パワーアップした四天聖剣は魔軍長すら上回るほどの戦闘能力を身に付けていた。
俺の手で撃退したとはいえ、また魔界に侵入されたらどれだけの犠牲が出るかも分からない。
問題は山積である。
俺は執務室にこもり、平常業務をこなしていた。
まあ、いつものようにステラがほとんどの書類をチェックしたり、処理を終えているので、俺は最終確認だけだ。
ほとんど魔王の印を押すだけの作業になっている感があるが──。
彼女は事務作業用の眼鏡をかけ、書類をすさまじい速さでめくっていた。
いつもながら、事務処理能力は俺の比ではない。
本当に、頼もしい。
と、そのステラが突然顔を上げた。
「私の千里眼が異変を感知しました。強大な力を持つ何者かが、魔界に近づいてきます」
彼女の額に、黄金に輝く第三の瞳が浮かび上がっていた。
眼魔と呼ばれる眷属のステラは、あらゆる瞳術に優れている。
遠方のものまで見通す『千里眼』は、その一つ。
「ただし──敵ではなさそうです」
ステラは眼鏡を外し、俺を見つめた。
「敵では……ない?」
「強い力を持っているようですが、敵意は感じません。それに──神とも魔とも違う気配なのです」
「じゃあ、人間か」
「おそらくは……ただ、勇者とも違うようです。こんな力の気配は初めてで……」
ステラは戸惑っているようだ。
「強いて言うなら、一人だけ──似たような気配を感じたことはあります」
「誰だ?」
「その……フリード様です」
ステラが俺をまっすぐに見つめた。
「あなたと同じく、強さと温かさを併せ持ったような雰囲気があります」
彼女の、俺に対する印象はそういう感じなのか。
「あ、すみません……馴れ馴れしい言い回しでしょうか」
「いや、そんなことはない」
俺は微笑み混じりに首を振った。
「遠慮せずに思ったことを言ってくれればいい。そろそろ付き合いも長くなってきたし、過度に距離を取らなくてもいいだろう?」
「あ、はい……ふふ、そうですね」
ステラは嬉しそうにはにかんだ。
「似ている部分は、もう一つあります」
ステラが言った。
「もう一つ?」
「漠然とした言い方になりますが……神や魔といった領域すら超越したような、絶対的な力の気配。まるで運命すらも超越するような……」
言って、ステラは首を左右に振った。
「申し訳ありません。要領を得ない言い回しですね」
「いや、お前がそう感知したのなら、十分に留意させてもらう。ありがとう」
俺はステラに礼を言った。
ともあれ、謎の侵入者の正体を突き止める必要がある。
敵じゃなさそうだといっても、強大な力を持っていることは確からしい。
そいつが、魔界でどんな行動をするかも分からない。
あるいは──突然暴れ回ることだってあるかもしれない。
王として、俺はあらゆる事態に備えなければならない。
「行くぞ、ステラ」
「仰せのままに」
俺は彼女とともに城を出て、飛行魔法で飛び上がった。
「向こうから強大な力の持ち主が近づいてくるのを感じます」
ステラが王都の外縁部を指さした。
「今は異空間を進んでいるようです……もう間もなく魔界に現れるはずです」
「異空間から?」
俺は眉根を寄せた。
「結界が破られる、ということか?」
「それが……攻撃的な気配を感じないんです。結界を破るのではなく、まるで『すり抜ける』ような感じで──」
ステラも困惑しているようだ。
彼女の『眼』をもってしても見切れない現象、ということなのか?
「とにかく行ってみよう」
俺たちは、そいつが現れるであろう方向へと飛ぶ。
その、瞬間。
眼前の景色が大きく揺らぐ。
「これは──!?」
「まさか」
ステラがハッとした顔でうめく。
「時空が、歪んでいる……!?」
「えっ」
「膨大なエネルギー同士がぶつかり、干渉しあっているのを感じます。おそらくは魔界に接近してくる侵入者と、フリード様の──きゃあっ!?」
「くうっ……」
俺たちは強烈な吸引力に引っ張られていく。
飛行魔法をコントロールしても抵抗できない。
「ステラ、つかまれ!」
俺は彼女の手をつかむと、魔力を一気に高めた。
俺が今使っている飛行魔法は、下級のものだ。
だが、歴代魔王の中でも規格外を誇る俺の魔力を注ぎこめば、上級魔法をもはるかに凌ぐ出力を得られるだろう。
スピードを爆発的に上げて、この吸引から逃れてやる──。
そのとき、眼前の景色がさらに揺らいだ。
「なんだ……!?」
「空間の歪みが増しています! このままでは、私たちは二人とも時空のひずみに落とされてしまいます──」
ステラが悲鳴交じりに解説する。
次の瞬間、俺たちの前方に一つの映像が浮かび上がる。
黒い小さな円形が見えた。
さらにその側には一人の青年の姿がある。
「人間、か」
二十代くらいの若い男だ。
格好からして冒険者だろうか。
「……彼です」
ステラが険しい表情で告げる。
「何?」
「あの青年から、強大な力を感じます──」
見たところ、猛者という雰囲気には程遠い青年だった。
どちらかというと穏やかそうな人間に見える。
その側には獣人らしき狐耳の少女と、盾を持った少女が並んでいた。
「あの盾は奇蹟兵装ですね」
ステラが言った。
「じゃあ、あの女は勇者ということか」
冒険者と獣人と勇者──なんとも奇妙な組み合わせである。
彼らが戦っているのは、巨大なモンスターだった。
全長数十メートルのドラゴンだ。
それこそ最強と謳われるSSSランク冒険者辺りでなければ手を出せないだろう。
だが──、
しゅおんっ!
青年の前方に浮かぶ黒い円が、ドラゴンを一瞬にして吸いこんでしまった。
まさしく、瞬殺。
「こいつは──」
「魔力を発動させていないようなので、魔法ではありませんね。おそらくスキルではないかと」
と、ステラ。
「だが……ドラゴンを一瞬で吸いこんで倒すスキルなんて、聞いたことがない。少なくとも俺が人間界にいたころは……」
俺は呆然となっていた。
「魔族になら、こういうスキルを持った者もいるのか?」
この男は人間に見えるが、もしかしたら魔族なんだろうか。
あるいは天使──。
「いえ、たとえ上位魔族にも、ここまで強大なスキルを持つ者はいないはずです。それこそ魔王クラスでも──」
ステラの顔がこわばっていた。
「もしも、彼が魔界に敵意を向けたら……四天聖剣以上の脅威になるかもしれません」
「こいつ、強い……もしかしたら、今まで出会ったどんな敵よりも──」
俺は戦い続ける青年を見つめた。
いや、戦いというよりそれは作業に近かった。
とにかく、彼の一定距離に近づいた者は、モンスターも魔族も一瞬で吸いこまれてしまう。
勝負にすらなっていない。
「だが、邪悪な雰囲気を感じない。戦い方にしても、常に仲間を守るような立ち回りをしているように見える」
圧倒的な力を行使する彼を見ても、不思議なほど不安も恐怖も湧いてこない。
どこかホッとするような気持ちすら感じてしまうのは、彼から漂う温かな雰囲気のせいだろうか。
「確かに……そうですね」
彼は、時には最前線に立って片っ端から敵を吸いこみ、時には敵の攻撃自体をすべて吸いこみ、味方への被害をほぼゼロに食い止めている。
敵を倒すことよりも、味方を守ることを最優先した戦い方──。
映像は目まぐるしく切り替わった。
巨大な兵器──どことなく以前に戦った天想覇王に似ている──を相手にした戦い。
あるいは魔獣や大軍を前に、無双する姿。
すべての戦いが瞬殺。
そして楽勝だった。
およそ苦戦らしい苦戦がまったくない。
そんな中、彼の前に金色に輝くシルエットが出現する。
見覚えのある姿だ。
「あれは──」
「かつての魔王……『魔導帝』エストラーム様……!?」
俺の隣でステラがうめく。
そう、以前にフェリアの夢の中の世界に入った際、戦ったことがある魔王の一人。
『魔導帝』の二つ名が示す通り、強大な魔力と魔法技術を備えた最強クラスの魔導師系魔族──。
その魔王と、黒い円を操る青年が対峙している。
「あの映像は、フェリアの夢の中の世界みたいな場所なのか?」
俺はステラにたずねた。
かつての魔王の姿や能力を、なんらかの力で再現しているんだろうか。
「いえ、あれはおそらく本物です」
答えるステラ。
「もしかしたら──あの映像の中で、繰り広げられているのは『過去の世界』の戦いかもしれません」
「過去の世界か」
つまり、あの人間はかつての魔王エストラームと戦った、ということか。
その勝敗はどうなったんだろうか?
普通なら、勇者でもないただの人間が魔王に立ち向かえるわけがない。
だが彼は──。
あるいは最強の勇者である四天聖剣すら凌ぐ戦闘能力を持っている。
彼ならば、魔王エストラームすら問題にせず、勝利してしまうかもしれない。
そして、その次は。
あるいは、この時代の魔界に攻めこんでくるのか?
俺は反射的に身構え、戦いの推移を見守る。
隣でステラが俺のローブの裾をギュッとつかんだ。
「大丈夫だ」
彼女に微笑む。
「彼からは邪悪な気配を感じないが──仮に敵だとしても、俺が必ず奴を倒す。魔界を守ってみせる。もちろん、お前も」
次の瞬間、映像がフッと消えた。
「何……!?」
「時空の歪みが、落ち着いたようです」
吸引現象も止まっている。
これなら安定して飛行魔法を使えそうだ。
俺はステラととともに、奴が現れるであろう予測地点に向かった。
そして──俺は彼との邂逅の時を迎える。
すべてを吸いこむ無敵の力を持つ者。
『虚空の封環』の使い手。
冒険者、マグナ・クラウドと──。








