9 神の試練・さらなる先へ3
ルドミラ・ディールはわずか五歳にして両親と故郷を失った。
魔族に、滅ぼされたのだ。
彼女自身も魔族に食われそうになり──そこで、救われた。
天から舞い降りた奇蹟兵装『ラファエル』に。
以来、ルドミラは勇者となって無数の魔族を倒してきた。
その心の根底にあるのは、憎しみだった。
自分の大切な者たちを奪われ、大切な場所を壊された。
魔族たちへの恨みと憎しみが、ルドミラを突き動かした。
戦いの中で、それはやがて『自分のような存在を二度と生み出したくない』『そのために、他者を守りたい』という気持ちへと昇華されていく。
それでも──ルドミラの中で憎しみが消えることはなかった。
恐れず、敢然と。
彼女は魔族に立ち向かい続けた。
だが──そんな闘志は、ある日突然折られてしまった。
力で、屈服させられた。
闘志も、屈服させられた。
魔王との戦いで。
恐怖し、勝てないと悟った。
そんな自分が許せなかった。
だから、ルージュの元で修業して力を身に着けた。
自信を持って魔界に向かい、そして──。
ふたたび、敗れた。
(どうして、あたしは負ける……どうして、勝てない……)
今やルドミラは、自分自身を憎んでいるのかもしれない。
(非力な、あたし自身を)
唇を噛む。
血が出てもなお、強く強く噛み続ける。
「どれだけ力を磨いても……どれだけ強い仲間たちとともに立ち向かっても──あいつには勝てないの?」
二度の敗北が、ルドミラから自信を奪い去っていた。
捨て去り、克服したはずの恐怖が消えない。
それは彼女の心が弱体化した、ということでもある。
心の力で起動する武具──『奇蹟兵装』を操る勇者にとって、致命傷ともいえる精神ダメージだった。
「ならば、どうするのです? 怯えたまま過ごしますか?」
目の前に、赤い輝きをまとった少女が現れた。
ルージュだ。
普段の、どこかお気楽な雰囲気とは違う。
真摯な表情で、ルドミラを諭し、導くような雰囲気をまとっていた。
「あたしは──」
告げる。
どれだけ打ちのめされても、心の中心部には常に存在する意志を。
戦う、意志を。
彼女の根源を──。
「それでも、逃げない」
ゆっくりと顔を上げる。
「負けたなら、また立ち上がるだけ」
散っていった仲間たち。
魔族の攻撃で滅ぼされた町や国。
殺された人々。
悲しみ、苦痛、憎しみ、絶望──。
「もっと強くなるだけ」
もうこれ以上、世界が魔族の脅威にさらされるのは終わりにしたい。
もうこれ以上、故郷を滅ぼされ、近しい人たちをすべて亡くした自分のような者は現れてほしくない。
「きっとそれができるのは、あたしたちだけだから」
ルドミラが立ち上がる。
「選ばれた勇者だけが、世界を救うことができる。だから──ラファエル!」
彼女の手に光が集まる。
翡翠色の奇蹟兵装は漆黒に染まり、そして、
「あたしに力を! 世界を希望で照らす光を!」
黄金の輝きを、放った──。
「あたし、は……?」
揺らいでいた意識が、はっきりとしていた。
数時間も経ったような気もするし、ほんの数分だった気もする。
隣にはフィオーレとシオンがいた。
雰囲気からして、二人も新たな力を得たのだろう。
「なるほど、これが奇蹟兵装の──いや、勇者の力の新たな段階か……!」
シオンはどこか充実した顔つきだ。
そしてフィオーレは──。
「ふふふ……この力なら、殺せる。エリオの仇を……魔族どもを一匹残らず、駆逐する──」
凄艶な復讐鬼の笑みを浮かべる令嬢勇者に、ルドミラは嫌な予感を覚えた。
心の力の根源を引き出す修行──。
ルドミラは、自身が戦う理由を再認識できた。
くじけかけた心に、ふたたび勇気を灯すことができた。
おそらくシオンも同じだろう。
だが、フィオーレは──、
(まるで、闇に落ちたような……)
禍々しい雰囲気を放っていた。








