8 窮地
「確かにお前の力は強大だ。だが唯一の弱点は──この魔王剣の欠片」
ゼガートの額と胸元から黒い輝きがあふれる。
「煉獄魔王剣の欠片か……!?」
それも、二つも。
「かつてお前は欠片を持った勇者との戦いにおいて、力が極端に弱まったな?」
ゼガートがにやりと笑う。
「お前自身が体内に宿している奇蹟兵装と、その勇者が持つ奇蹟兵装、そして魔王剣の欠片の相互干渉──それが、お前の魔王としての力を弱めたのだ」
「相互干渉……?」
「神の力を具現化する武器──『奇蹟兵装』。そして魔王の力を宿す祭具『煉獄魔王剣』。お前の中でその二つの力が同時に高まったとき、互いの力を打ち消し合い、お前の『魔王としての魔力』は限りなく弱まっていくのであります」
と、ツクヨミ。
「歴代の魔王とは違う──元人間であり、体内に神の武具と魔王の力を同時に宿すお前だからこそ起きた現象であります」
「かつてその条件がそろったのは、奇蹟兵装と魔王剣の欠片を同時に宿していた勇者と、お前との戦いのときのみ──儂は『奴』にそう教わった。ゆえに、疑似的に同じ条件を再現すれば、お前を弱体化させることが可能だと踏んだ」
ゼガートが笑う。
「先の戦いで勇者の一人から奇蹟兵装を奪った。さらにツクヨミの魔導技術でその勇者の腕を加工し、儂の背に移植したのだ。奇蹟兵装を操れるようにな」
なるほど。
つまり、ゼガートの背から生えているサブアームは、第二次勇者侵攻戦で奴が倒した勇者の腕を素材にしたもの、ということか。
だからゼガートはその腕を使って奇蹟兵装を操ることができるわけだ。
「そして欠片二つを儂の体内と奇蹟兵装にそれぞれ宿した。結果は──見ての通り。『奴』から教わった戦術は見事に功を奏した」
「奴……だと?」
「取引したのだ。覇道を進むために。仇敵と」
ゼガートの表情にわずかな苦みが差した。
「仇敵……」
「言う必要はない」
ニヤリと笑うゼガート。
「さあ、続きといこうか!」
吠えて、槍を繰り出すゼガート。
さらに自らの爪や牙、尾も交え、多彩な攻撃を放ってくる。
俺は炎や雷の魔法で迎撃するが、いずれも簡単に吹き散らされた。
威力がここまで落ちていると、呪文のランクをもっと上げるしかない。
「『破天の雷鳴』!」
最上級の雷撃呪文を放った。
空間すら灼き払う威力を持つ稲妻は、しかし、
「無駄だ!」
ゼガートの奇蹟兵装に切り払われた。
これも、駄目か──。
「『ルシファーズシールド』!」
防壁を張り、奴の攻撃をしのぎつつ後退する俺。
が、その防壁もゼガートの連撃を受けて、どんどんひび割れていく。
長くは持たないだろう。
「早くも防戦一方か? お前は史上最強の魔王ではなかったのか? くははははは!」
ゼガートが楽しげに勝ち誇った。
ぱりん、と甲高い音を立てて、防壁が完全に砕け散る。
「ちいっ……」
俺は舌打ちまじりに、さらに後退した。
だったら、こいつで──。
「『収斂型・虚空の斬撃』!」
俺の切り札とも言うべき魔力剣を生み出す。
いや、
「発動しない──」
俺の手に出現した漆黒のエネルギー剣は、ぼやっ、という感じでかすみ、霧散してしまった。
魔力が剣の形に収束しない。
まさか、魔力がもうほとんどなくなっているのか!?
まるで人間の勇者だったころに戻ったようだ。
いや、実際に今の俺のステータスは人間時代と大差ないのかもしれない。
転生し、魔王として宿った力が消えてしまっている……!?
「魔力すら失ったお前など敵ではない! さあ、散れ──そして儂に魔王の座を渡すのだ!」
ゼガートがとどめとばかりに踏みこみ、槍を繰り出す。
まずい、防ぎきれない……!
思わず身をこわばらせる、俺。
目の前に鋭い穂先が迫り──、
「っ……!?」
しかし、予想された痛みや衝撃は訪れなかった。
ぎんっ!
代わりに、腹の底に響くような音が聞こえる。
「お前……!?」
驚きの声は俺とゼガート、双方が同時に発したもの。
「……この者に刃は向けさせんぞ、ゼガート」
獣帝の槍を、横から飛び出したリーガルが剣で受け止めていた──。








