7 秘策
「結局、お前は儂ではなくフリードを選んだか」
声が、空から響いた。
「お前は──」
驚いて振り仰いだ俺の目に、銀色の鳥のようなものが映った。
飛行用の魔導機械か?
それに乗っていた二体の魔族が地面に降り立つ。
甲冑をまとった金色の獅子の獣人。
その側に付き従うのは、銀騎士型の改造生命体だ。
ゼガートとツクヨミである。
「だが、魔王をある程度は消耗させたようだな。十分だ」
ゼガートがにやりと笑う。
「俺は……確かめたかった。フリードが王の器か、否か。今一度……」
リーガルがうめいた。
「俺はやはり……貴公ではなく、この方こそが王にふさわしいかもしれないと感じ始めた。揺らいでいるのだ」
首を左右に振る不死王。
「分からなく……なった」
「ならば、そこで見ておれ」
ゼガートが進み出た。
牙をむき出しにして、どう猛に笑う。
「分からせてやろう。真の魔王の実力を──」
「今度はお前が俺と戦うのか、ゼガート」
俺は奴に向き直った。
「ふふ、それが仮面の下の素顔か。やはり人間そっくり──いや、人間のときと同じ顔なのだな」
ゼガートが俺を見据える。
そうか、リーガルとの戦いで仮面が壊れたままだったな。
ゼガートやツクヨミにも素顔を見られてしまったか。
「……なぜお前は、俺が元人間だと知っている」
たずねる俺。
「リーガルから聞いたのか」
「違うな。その前から、儂は知っておったよ」
ゼガートが傲然と告げた。
「人の心を持つ魔王など、儂は認めん」
……リーガルと同じようなことを。
「人の心を持ちながら、魔王の座を儂から奪った……それが憎い」
なるほど、同じ言葉でもリーガルが抱いていた思いとは全く違うわけか。
「野心と、嫉妬か」
「ああ、次の魔王は儂以外にいないと思っていた。いや、先王ユリーシャが選ばれたときも、儂は狂おしいほどに妬んだ。恨んだ。憤怒した。なぜ儂ではないのかと」
ゼガートがうなる。
「儂ならば、この魔界をもっと強くできる。そして我が名を永遠に轟かせてみせる。だというのに、先代も、今代も──なぜ儂は魔王になれん!」
獅子の瞳が俺を見つめる。
暗い炎を宿した瞳が。
「ならば奪い取るのみ! 力だ! 誰よりも強く、すべてを打ち倒し、蹂躙する力──それこそが魔界で唯一絶対のルール!」
「力ずくで来るなら相手になるぞ、ゼガート」
俺は魔力を集中した。
リーガルとの戦いで消耗したのは事実だが、それでもまだまだ戦える。
「魔王様、あたしたちがお守りします!」
リリムや警備兵が俺の前に出る。
だが、俺はそれを制した。
「いや、リリムたちは下がっていてくれ」
ゼガートの力は強大だ。
無駄な犠牲は出したくない。
「奴は俺が倒す。魔王として、な」
「よくぞ言った! 今から儂がお前から魔王の座を奪う!」
叫んで、ゼガートが地を蹴った。
「いざ尋常に──勝負!」
獣帝の背後から何かが飛び出す。
「うなれ、奇蹟兵装『グラーシーザ』!」
「なんだと……!?」
奇蹟兵装。
勇者だけが操ることのできる神の武具だ。
それをゼガートが使っている──?
正確には、槍は獣帝が手にしているのではなく、鎧の背部から伸びた魔道機械らしき補助腕──いわばサブアームが握っていた。
「『メテオブレード』!」
俺はとっさに炎の剣を十数本まとめて放ち、迎撃する。
「ぬるいわ!」
ゼガートの槍がすべての炎の剣をまとめて切り裂いた。
俺の『メテオブレード』は全開なら大地を焼き溶かし、切り裂くほどの威力がある。
それを十数本まとめて斬り散らすとは、すさまじい威力だ。
いや、違う──。
これは、まさか。
「『ラグナボム』!」
俺は続けざまに上級呪文を放った。
「ぬおおおおおおおおっ!」
ゼガートが咆哮とともに、槍を掲げる。
「天共鳴!」
呪言とともに、その穂先から黒い輝きが弾けた。
「くっ……!?」
強烈な脱力感がこみ上げた。
魔力が乱れる!?
上手く『力』を放出することができない──。
放った魔力弾は、普段の出力に遠く及ばず、
「ぬるいと言っておる」
やはりゼガートの槍によって、斬り散らされた。
「はあ、はあ、はあ……」
俺は全身から汗を滴らせ、荒い息をついた。
なぜか、魔法の威力が極端に落ちている。
そういえば、初めてゼガートに会ったとき、手合せした際にも同じようなことがあった。
いや、それ以前にも覚えがある現象だ。
そう、愛弟子ライルと戦ったときと同じ──。








