6 瘴気と虚無、怨念と希望
「『冥王終焉斬』──俺の最大剣技を最高出力で貴公に放つ」
瘴気の炎に包まれた剣を手に、リーガルが疾走する。
速い──。
瘴気の炎は剣だけでなく、どうやら奴の背中からも噴出されているらしい。
それを推進力にして、爆発的に加速したのか。
まさしく刹那で俺に肉薄した不死王が、上段からの渾身の斬撃を放つ。
小細工なしの真っ向勝負──。
ならば、俺も、
「『収斂型・虚空の斬撃』!」
空間をも断ち切る魔力剣を発動する。
瘴気の剣と虚無の剣と──。
俺たちの刃がぶつかり合った。
互いの想いと志を込めた、刃が。
ぎぎぎぃ、ばぢぃっ!
俺たちの剣はぶつかり合い、金属が軋むような音と火花をまき散らす。
そのまま、じりじりと鍔迫り合いの体勢に移る。
「斬れない──」
俺は仮面の下で戸惑いの声を漏らした。
空間すら切り裂く剣を、奴の剣は真っ向から受け止めている。
「まさか、これは……!」
以前に『神の力』を得た勇者リアヴェルトと戦ったときと同じだ。
魔力剣の威力が『拒絶』されている。
リーガルの最大剣技はその域に達しているのか。
「数千年の蓄積が生み出した、たった一度だけの技だ」
不死王が静かに告げた。
「だが、その一度だけは──俺はすべてを『拒絶』し、すべてを打ち砕くことができる。たとえ最強たる貴公の魔力といえども」
「とっておき、というわけか」
「貴公との戦いには、それだけの価値がある。そう判断しただけのこと」
じりっ、とリーガルが押す。
「っ……!」
俺の生み出した魔力の刃が大きく軋んだ。
表面に亀裂が走る。
魔力そのものがすり減っていくのを感じる。
確かに、すさまじい斬撃だ。
俺の魔力を凝縮させた虚無の剣すら『拒絶』し、破壊しようとしている。
リーガルがさらに押しこむ。
このまま押し切り、俺を真っ二つにする気か。
「だが──」
俺はさらに魔力を込めた。
ヒビだらけになっていた魔力剣が、ふたたび元に戻る。
「何……!?」
「その程度で、俺の魔力を使い果たさせることはできない。譲れない意志があるのは、お前だけじゃない……!」
今度は俺が押し返した。
リーガル優勢だった鍔迫り合いが、ふたたび五分に戻る。
「なぜだ!? なぜ押し切れん──この俺の瘴気が、怨念が、人間ごときの心になぜ押し勝てん!?」
「俺も、お前と同じだ」
虚無の剣でリーガルの瘴気剣を受けながら、俺は静かに告げた。
互いの間で吹き荒れるエネルギー流が、魔王の仮面を粉々に砕く。
露出した素顔で──人間の顔で、俺はリーガルを見つめる。
「先代魔王ユリーシャとの戦いで、もっとも信頼していた者に裏切られた。そして──死んだ」
「……何?」
「俺は、奴を恨んだ」
脳裏に浮かぶ、愛弟子ライルの笑顔。
胸の芯がズキリと痛んだ。
決別し、決着をつけたとはいえ、心の痛みが完全に癒えることなどない。
だが、それでも──。
「本来なら俺もお前のように、人間すべてを憎むようになっていたかもしれない。だけど──俺の側にはステラやリリムたちがいた。魔王となり、新たに大切な者たちを得た」
一歩、俺が押しこむ。
均衡が、崩れる。
「くっ……まだ出力が上がるというのか……!?」
一歩、リーガルが後退した。
「大切なものを守りたい、という心が、俺の人としての心をかろうじて保ってくれた。憎しみに囚われず、仲間を信じ、想う心をつなぎとめてくれた」
もう一歩、俺が押す。
「だから俺は戦える」
さらに、一歩。
「魔界を脅かすものがいるなら──魔族を傷つける者がいるなら、俺のすべてを持って退ける。打ち砕く」
そして俺は、最後の一歩を踏みこんだ。
「その意志を、彼女たちが与えてくれる!」
虚空の刃が、瘴気の剣を半ばから断ち切った。
「ぐ、おおおおおおっ……!?」
リーガルが大きく後退する。
「俺たちが目指すものは同じだろう、リーガル。一緒に戦うことはできないか」
「馬鹿な──」
不死王は呆然とうめいた。
「お前の憎しみは、それを妨げるほど大きいからか? 俺では、お前の仲間にはなれないか」
「仲間……」
「お前も、大切な魔族だからな」
がらん、と。
リーガルの手から剣が落ちた。
刀身が半ばで折れた剣は、そのまま風化し、無数の灰となって舞い散った。
「──殺せ」
うなだれる不死王。
「今ので瘴気が完全に尽きた。俺はもう……戦えん」
「勝者は敗者を自由にしていいんだろう? なら、今度こそ俺に忠誠を尽くせ」
「……貴公は、自身に剣を向けた者を許すのか」
「仲間だと言ったはず。他の多くの仲間を救うためにも──お前の力が必要だ」
「……甘いな」
ふう、とリーガルが息をついた。
「なら、その甘さをお前が補え」
俺はにやりと笑った。
初めて出会ったときと同じ台詞だった。
「王命だ」
「……貴公は」
リーガルが、心なしか笑ったような気がした。
「いえ、あなたは──やはり甘い」
奴の台詞もまた、初めて会ったときと同じような言葉。
だけど俺たちの間で交わした心は。
きっと、あのときとは違っている──。
※次回は12月5日(水)投稿予定です。そこから章の終わりまで投稿していきます。








