5 魔王VS不死王、ふたたび
「お前は、人の心を宿した魔王を認めない──と言った。それは人間を憎んでいるからか?」
俺はリーガルを見据えた。
「なぜ人を憎む、リーガル。魔族としての性なのか?」
「魔族が必ずしも人間を憎むとは限らない。歴代の魔王の中にさえ、人間と交流した者もいる」
リーガルは淡々と語った。
「だが俺は──人間という存在を許さない。決して相容れない。そう感じている。なぜなら──」
髑髏の眼窩が、その奥にある赤い眼光が俺をにらむ。
「俺は、元人間だからだ」
リーガルが告げた。
「貴公と同じく、な」
「っ……!」
仮面の下で顔をこわばらせる、俺。
俺と同じく、リーガルは人間が転生した魔族ということなのか?
「ゼガートから聞いたのだ。貴公は人間から魔族に生まれ変わった、と。そして、その精神は今も人間のものだとも」
俺は息を飲んだ。
なぜ、ゼガートはそのことを知っている──。
驚く俺を、リーガルの赤い眼光が見つめた。
「俺は魔族として転生し、同時に人間を見限った。奴らは汚い。心を通じ合わせた者でさえ、利害によってはたやすく裏切る」
「裏切る?」
「数千年前、俺がまだ人間であったころ──俺は小国で英雄として称えられていた」
述懐するリーガル。
「親友と呼べるただ一人の男、リオン。彼とともに俺は無数の戦場を駆け巡った。多くの魔族と剣を交え、打ち破り、やがて俺とリオンは強大な魔軍長と戦った──」
初めて聞く、リーガルの過去だった。
人間だったころの彼は、勇者のような生活を送っていたのかもしれない。
「俺たちは追い詰められた。そのときリオンが俺を裏切った。生き伸びるために……俺もろとも魔軍長を爆破して」
「っ……!」
俺はふたたび息を飲んだ。
シチュエーションこそ違うが、信じていたものに裏切られた過去は、俺と同じだ。
奴の苦しみや怒り、絶望を容易に想像できた。
それは、俺が愛弟子ライルに抱いた気持ちと類似しているだろうから……。
「無念の思い、憎しみや恨み……それらを抱いたまま、俺はアンデッドとして転生した。力を蓄え、やがて魔軍長になった」
ふしゅうっ、とリーガルが息を吐き出す。
「俺には、すでに人としての心などない。ただ人という存在に対する怒りや恨みは決して消えん。奴らを一匹残らず消し去る──それが魔族として戦う理由だ」
「それが、人間のすべてじゃないだろう」
「俺にはすべてだ」
リーガルは頑として譲らない。
「ゆえに、人の心を持つ魔王など断じて認めん」
「俺の元では戦えない、ということか」
「然り」
うなずく髑髏の剣士。
「なら、どうする気だ? ゼガートを新たな王に祭り上げ、その下で戦うのか」
「……然り」
リーガルが軋むような声で肯定した。
「ゆえに、俺はここで貴公を斬る」
ばぐんっ!
音を立てて、リーガルの甲冑が砕け散った。
骸骨の全身から紫色の炎が立ち上る。
「これは──」
すさまじい濃度の、瘴気……!?
「俺が数千年かけて錬成した怨念……それを凝縮した瘴気だ」
炎をまとった髑髏の剣士が告げた。
「確かに基本能力値は、貴公の方がはるかに高い。まともに戦えば、俺に勝ち目はないだろう」
リーガルの体から吹き上がる炎が、さらに熱度を増した。
まるで大気そのものを焼き尽くすような──。
まるで世界そのものを朽ちさせそうな──。
炎の、瘴気。
「だが俺が蓄積してきたこの力なら、それを解放し、収束し、どこまでも高めていけば──一瞬だけその力をも超えられるかもしれん」
リーガルは無数の骨を組み合わせたような禍々しい剣を掲げた。
奴の体を覆う炎が、その刀身へと移動する。
「ただ一度だけ、一瞬だけしかしか使えぬ力だ。俺はその一瞬に賭けて、貴公を斬る」
「悪いが、斬られてやるわけにはいかない。俺は王として──フリード・ラッツとして、生きる目的がある」
俺は静かに告げた。
戦う決意は、すでにできている。
奴を斬る覚悟も。
だから、迷いを振り切って宣言した。
「王の道を阻むものは──たとえお前でも、打ち倒す」








