4 決別の一閃
封印装置が輝きを発すると、フェリアとオリヴィエの体は無数の光の粒子と化し、装置の内部に吸いこまれていった。
「封印完了、であります」
と、ツクヨミ。
檻のような形をしたこの魔導装置の中は、一種の異空間になっているそうだ。
二人はその中に捕らわれ、半ば仮死状態で漂っている。
自分たちが解放しない限り、半永久的にこの中で眠り続けるのだ。
「後はステラだけか」
ゼガートが、ふしゅうっ、と熱い息を吐き出した。
精神魔術のフェリアや回復魔術のオリヴィエも貴重な戦力だが、彼がもっとも欲っしているのはステラだった。
先の勇者侵攻戦で見せた、彼女の能力──。
あれは、おそらく未来すら見通し、因果律をも改変しかねない能力だ。
「奴の力を我がものにすれば、もはや儂に敵はない」
たとえ相手が史上最強の魔王であろうと。
あるいは、神であろうと──。
だが、そのステラの行方はつかめなかった。
彼女は瞳術使いの魔族──眼魔の中でも、飛び抜けた力を持っている。
おそらく、こちらの狙いを千里眼などで察知し、いち早く難を逃れたのだろう。
「探せ」
ゼガートは部下たちに命じた。
「奴の力は重要だ。必ず生きて、儂の元に連れてこい。あるいは行方だけでも突き止めよ」
とはいえ、焦ることはない。
計画はここまで順調に推移している。
あとは、ジレッガにいる魔王のことだ。
「奴が仕留めるならそれでよし。しくじったとしても」
ゼガートがほくそ笑む。
そう、仮に奴が仕損じても、彼にはまだ真の切り札がある──。
※
「『クリムゾンウィップ』!」
俺の呪文とともに無数の赤い鎖が出現し、鞭のようにしなりながらシグムンドを縛りあげた。
「くっ、動けない……」
「勝負はついた。抵抗はやめろ」
俺は冷ややかにシグムンドを見据える。
「ゼガートたちはどこにいる? 狙いはなんだ」
「狙いなど、私が言うまでもないことでしょう」
すでに覚悟を決めているのか、鳥の獣人は俺をまっすぐに見返した。
曇りのない瞳だった。
それは、ゼガートへの忠心から来るものなんだろうか。
「殺してくださいませ、魔王様」
シグムンドが頭を垂れた。
「死はもとより覚悟の上」
「殺しはしない。だがお前たちには正式な裁きを受けさせる」
「……王への反逆は死罪と決まっているでしょうに」
「最初の質問に答えろ」
俺は冷ややかに言った。
「ゼガートとツクヨミはどこだ。奴らの狙いは?」
「言うまでもない、と申したはずです。すでにあなた様も感づいているのでは?」
シグムンドはクチバシの端を、にいっ、と笑みの形に曲げた。
「──王都か」
俺は仮面の下で眉を寄せた。
ゼガートに化けたシグムンドがいた時点で、その予感はしていた。
とはいえ、王都にはゼガートに匹敵する戦闘能力を持つリーガルを残しているし、ステラやフェリア、オリヴィエもそろっているからサポートは万全だ。
ゼガートとツクヨミが二人がかりでも、そう簡単には崩されない。
あとは、俺が冥帝竜で都に戻れば──。
「申し訳ありませんが、王にはここで私の相手をしていただく」
声は、シグムンドが発したものではなかった。
立ち上る、すさまじいまでの濃密な瘴気。
まさか──、
「お前は……!?」
振り返った俺は、現れた影を呆然と見つめる。
古めかしい甲冑をまとった、髑髏の剣士。
「リーガル……!」
「フェリア魔軍長とオリヴィエ魔軍長はすでにゼガート軍の手に落ちました。ステラ魔軍長も行方知れずとか。あなたを補佐する者は、もはやおりませぬ」
「何……!?」
俺は仮面の下で顔をしかめた。
フェリアやオリヴィエが敵の手にあることも、ステラの行方が分からないという話も、少なからずショックだった。
「あなたには今しばらく私とともに居ていただく。その間に、ゼガートたちが王都を完全に制圧するでしょう」
「お前も、ゼガートたちに加担するということか」
「左様です」
リーガルの返事にはまったく淀みがない。
まったく、迷いがない。
迷いなく、俺に敵対しようとしている。
『あなたは魔軍長を七人そろえ、魔軍を立て直しました。『光の王』や『神の力』を得た勇者といった強敵も退けました。勇者の攻勢が激化している今……あなたは魔界を守ることができる『強き王』だと私は考えています』
『これからも、あなたの剣として働く所存』
先日のリーガルの言葉が、脳裏をよぎった。
「……あのときのお前の返事はなんだったんだ」
俺はやるせない思いで、髑髏の剣士を見つめた。
ゼガート同様に、リーガルも油断ならない男ではあった。
だが、おそらくは野心のために反乱を起こした獣帝とは違い、こいつは純粋に魔界を憂う気持ちから俺にぶつかってきたはずだ。
たとえ、俺と考えが違っても。
戦いに対するスタンスや、人間への感情は違っても。
目指すところは同じ──そう思っていた。
「俺とともに、魔界のために戦ってくれるんじゃなかったのか」
「魔界のために戦う気持ちに変わりはありません。ですが、私は──いや、俺は」
リーガルは骨を組み合わせたようなデザインの禍々しい剣を構えた。
「人間の心を宿した魔王など、認めるわけにはいかぬ!」
激しい殺意のこもった、強烈な斬撃。
それはまさに、奴から俺への決別を告げる一閃だった──。








