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冷酷な継母

◇冷酷な継母(表向き)




 継母となったマリア様はブロンドの髪が眩しい大人の美女だった。


 紅を引かずとも赤く潤う唇、適度に焼けた健康的な肌、美しい曲線を描くスレンダーな体系。


 顔立ちは少し吊り上った眉と目じりがキツイ印象を与えるも、実際年齢より遥かに若くみえ、とても子持ちには思えない。


 病気がちだったミリィの実母とは正反対の生気にあふれる女性。




 父が後妻をむかえると聞き不安とともに少しの期待が生まれた。母が生きていたころは父とはもっとうまく交流できていた。新しい家族ができれば何かが変わるかもしれない。


 


 そう、思っていた。


 



 マリア様と初めての顔合わせの場所で、彼女は扇で顔を隠しながら言葉を発した。


「グレン様、そちらの子は?」


 端的な、ヒンヤリするような声だった。


 冷酷、そんな印象を受ける。此方をみる目は感情が抜け落ちたような瞳。


「ああ……すでに聞いているとは思うが、娘のミリィだ」


 父が私を紹介してくれたので、慌てて名乗る。


「ミリィといいます。 あ、あの、マリア様、お母様と呼んでもよろしいでしょうか!」


 初対面でいきなりお母様と呼ぶのは失礼だと思ったが、のちのち改めて尋ねるのも恥ずかしいため今いっておかなければと意気込んでいた。


「好きなように呼びなさい」


 返答は了承の言葉であった。けれども、ミリィは思った。


 ああ、彼女はこの結婚を望んでいないのだと。


 


 


 彼女が式を挙げ正式なグレン家の後妻になってもうだいぶ経つ。


 嫌われているわけではないと信じたい。けれど、初めてあったあの時から、未だ私とマリア様との間に見えない壁が存在する。

 

 ほんの一時でいい。本当の娘と母のように触れ合うことはできないのだろうか。私を自分の子のようにみてもらうことは無理なのだろうか。


 自分の何をどう直したらいいのか、もう何もかもわからなくなってしまうミリィであった。





◇◇◇




 私は若かりし頃、大恋愛の果てに最愛の夫と息子を授かった。


 夫とは身分に差があって結婚は周囲の反対にあい、駆け落ち同然で実家をでた。

 流れついた先で慣れない仕事を必死でこなし、忙しい毎日だったけれど幸せだった。もともと体の弱かった夫は実家をでて10年目の冬、持病に加えて流行り病にかかり静かに息をひきとった。


 家をでたことは後悔していない。


 身分に縛られることなく、ただ自由に、あるがままに過ごした日々はなにものにもかえがたい記憶。


 夫の残してくれた愛しい息子もすくすく健康に育ってくれた。


 このまま息子と2人静かに暮らしていこうと思っていたのに突然実家に連れ戻された。


 は? 見合いしろって? 相手は中年の子持ち!?


 ふざけるなっと思った。だが、話は当人を無視して進む。


 再婚相手はレイス家の当主、グレン様。中年といっていい年なのにいつまでも美貌を保ち続けるフーシャの領主。つい最近彼は妻をなくし、妻との間に娘しかいないため跡継ぎが必要ということで後妻をとることになった。


 そしてその後妻にレイス家の遠縁にあたる私が選ばれた。


 コブ付き同士の結婚。


 私ではなくもっと若くて条件のいい娘がいるでしょうと反発したのに無駄だった。


 実際会ったら向こうから断ってくるだろうと思っていたため仕方がなく顔合わせに行った。


 



 突き刺すような視線が私を品定めする。実際にあったグレン様は氷のように冷たく厳しい印象の男だった。


 グレンは確かに美しい容姿をしているが、マリアは厳つい男よりも優しくふんわりした雰囲気を持つ男が好きだった。


 今は亡き最愛の夫。彼は野に咲く花のように素朴だけど温かい、そんな男だった。息子は夫に似ず自分そっくりな冷たい印象の容姿を受け継いでしまい残念だと常々思っている。


 こんな潤いのない男なんかと生活するなんてまっぴらごめんだと思った。


 やっぱりこの結婚断ろう、そう思い席をはずそうとした時だった。


 グレン様の横にちょこんと座った超絶可憐な少女が目に入った。大輪の薔薇になるであろう蕾、人の手ではつくり上げることなど不可能な奇跡の愛らしい容姿の少女は緊張した面持ちで此方をみていた。


 妖精? 妖かしの類? 天使?


 扇で顔を隠し、化粧が崩れるのを承知で目を擦ってみて改めて少女をみるも、やはり変わらずそこに存在していた。



「グレン様、そちらの子は?」


 意を決してグレン様に話しかけた。


「ああ……すでに聞いているとは思うが、娘のミリィだ」


 ええ、娘がいるのは聞いていたけれど、まさかこの子がこの男の娘だというの?


 まったく似てない!


 確かに美しい親子だけれど、ミリィはたとえるなら春の妖精のような神秘の子。反対にグレンは凍える冬の魔王。相いれない存在に見える。


 そんな思考が頭の中を駆け巡っている中、ミリィに話しかけられる。


「ミリィといいます。 あ、あの、マリア様、お母様と呼んでもよろしいでしょうか!」


 彼女は真珠のような美しい肌をうっすら紅色に染め上げ、どこまでも澄んだ青い瞳を潤ませる。こんな可愛い子にお母様と呼ばれた。


 まともな思考をしている常なら、「まだ結婚すると決まったわけではないの」「ごめんなさい、あなたの新しいお母様にはなれないの」といって断っていた。でも、脊椎反射のごとく口からでたのは想定外の言葉であった。


「好きなように呼びなさい」


 私がそう言ったことから結婚を了承したとみなしトントン拍子で話が進んでいった。




 再婚し、私の娘となったミリィ。


 何に対しても一途で、純粋で、優しくて、これほど綺麗な心の人間が存在するのだろうか。


 はっきり言って思春期真っ盛り、ツンでクールな自分そっくりの愛する息子よりも何倍もミリィが愛おしい。


 でろんでろんに甘やかしたい。もみくちゃにむぎゅーしたい。


 でも、あの儚げな様子がワキワキする手を止めさせる。強く抱きしめられたら壊れてしまいそうなミリィ。大事に大事にしてあげたい。


 どんな危険も、あらゆる災厄からも守ってあげたい。


 この気持ち、亡くなった夫を思い出してしまい彼に捧げていた愛情がさらに上乗せされミリィに向かう。


 私は口調も乱暴だし、長年力仕事をしていたせいで動作も大雑把で粗野。


 実家に連れ戻されてから身を綺麗に整えられたもののまだ手にできたタコは治り切っておらず間近でみるととてもご令嬢の手とは思えない。


「こんな手であんな綺麗な子に触っちゃいけないわよね」


 触れることはできないけれど、自分にできるすべてでミリィを幸せにしてあげたいとマリアは決意した。



 触れてはいけないと思っていた相手はその手で触れられることを望んでいるとも知らずに。

冷酷な継母(真実)

キツメの美人。いわゆる悪役顔。クールな外見に似合わず中身はアツイ。身分違いの大恋愛をし、最愛の夫を亡くしたが一人息子とともに逞しく生きてきた。はじめは嫌々お見合いしたが、庇護欲掻き立てられるミリィに一目惚れしいつの間にか再婚していた。ミリィが愛おしすぎて触れない。

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