第33話 昇竜灯
夕暮れ時のメインステージ付近は、昇竜灯に参加する人々で大いに賑わっていた。
貴族邸での演奏会をきっかけに、地方の下級貴族たちまで首都に集まってきている。
ステージでは、イル・スオーノ以外にも、いくつかの市民団体が演奏をしていた。
これらは例年通りの催しで、各団体にとっては一年の総決算とも言える舞台だ。自然と演奏には熱がこもる。
また、メインステージ以外にも、小さな広場や酒場などでソロ演奏している人もいて、街の至る所から音楽が流れてくる。
まさに、音楽国ドルガスアらしい光景だった。
昇竜灯まではまだ時間がある。
ほんの少しだけ、シグリードと城下町を歩くことにした。
「ね、何か食べる? 私、おごるよ!」
城下町に行くことが増えたこともあって、ようやくアレクから“お給料”をもらえるようになった。
正確には“竜の聖女の予算費”から捻出してもらったんだけど、私の維持費には変わりない。
シグリードは苦笑して、「なら、屋台街でも見るか」と隣を歩いてくれる。
路地から聞こえるヴァイオリンの音。横を通り過ぎていく冒険者の鼻歌。
子どもたちも至る所で、演奏のマネをしている姿が見える。
街ゆく人たちは、建国祭を満喫していて、改めてこの国が平和であることを実感する。
音楽が発展していくためには、まず平穏であること。昨日、国王陛下が言っていたことを思い出す。
確かに、衣食住が整っていなければ、音楽を楽しむ余裕は生まれない。だからこそ、国を守護する竜に祈るのだろう。
こうして、傍にいてくれることが、何よりも代えがたい。
「そういえば、あのとき言いかけたこと、聞いてなかったね」
「なにがだ?」
「ほら、なんで護衛騎士になったの? っていう話。私がティトくんを助けに行っちゃって、聞けず仕舞いだったから」
屋台近くの簡易休憩所に座って、あのときと同じように串肉を頬張る。
シグリードは思い出したように頷き、肉を飲み込んでから淡く微笑んだ。
「あぁ、それはだな……ハルカの世界を、この目で見たかったからだ」
「私の……世界?」
彼は静かに頷き、言葉を選ぶように語り始める。
「アレクシウスからの依頼もあった。だがそれ以上に、お前が語るものがどんな景色なのか、確かめたくなった。俺が教えた魔法が、形を変え、色をまとい、音楽を彩る……それが、どんな“光”になるのかをな」
ずっと薄暗い塔のなかにいた薄明竜。
当然、光なんて無いモノクロームの世界で生きてきた。
それを――私が、外へ連れ出した。
傍にいてほしくて。
できれば、ずっと見ていてほしかったから。
「どう……だった?」
クルブス侯の演奏会から駆け抜けるように、駆け抜けるように過ぎていった日々。
最初は貴族からの依頼だけのはずが、今では国を挙げてのイベントに演出する立場にまでなってしまった。
目まぐるしくて、眩暈が起こしそうだったけれど、シグリードはずっと後ろで守っていてくれた。
彼の存在があったから、ここまで来られたのだと、はっきりわかる。
「ハルカがよく言っていた“楽しい”という感覚が、理解できた。――楽しい、悪くない。そう思えるようになった」
それは、シグリードからの最大の賛辞だった。
胸の内が熱くなる。
ドルガスアの“守護竜”という、人々の願いを託させる存在が、その意味を知った。
そして、それを私が渡せたことが、何よりも嬉しい。
「よかった。でも……まだこれからだからね」
そう言って私は立ち上がる。
これからメインステージに立って昇竜灯を演出しなくちゃならない。
シグリードも演出自体は見ているけれど、試作したときの昼と夜とじゃ全然違う。
手を差し伸べると、自然に包み込まれる手のひら。
くすぐったくて、でももう、当たり前になりつつあった。
「行こう、ステージへ」
駆け出す私の頭を、彼がくしゃりと撫でる。
――楽しいな。
夕日が私たちを照らす。
オレンジ色の光が、まっすぐにステージへと続いている。
*
「ハルカ、到着しました!」
「おう! 待ってたぜ」
私はメインステージ裏方のテントの幕を開けた。
中にいたイル・スオーノの面々が、笑顔で迎え入れてくれる。
演奏のトリを飾るのがイル・スオーノで、その後に昇竜灯の開催を宣言する段取りだ。
例年、この宣言役は王族や四大侯爵の誰かが務めてきたらしい。去年はクルブス侯爵だったそうだったけど、今年は私が挨拶をする。
正直、やりたくなかった。でも「責任者だよね?」とアレクに言われてしまい、逃げ道は塞がれた。
(人前に立つって考えるだけで、お腹が痛くなるのに……)
すでに胃が重いけれど、手短に済ませて、すぐにランタンを飛ばす準備に取り掛かろう。
そう心つもりをして、先に舞台へ上がっていくイル・スオーノの面々へエールを送った。
舞台袖から聴く演奏は、やっぱり格別だ。
客席に目を向ければ、音楽に合わせて身体を揺らす人々。子どもたちは跳ね回り、笑い声があちこちで弾けている。
ラストナンバー、エジュオさんの新曲は、大人たちまでテンションが上がり、中には踊りだしている人もいた。
そうして、私が舞台に立つ番がやってくる。
客席では、すでにランタンの準備が整えられ、人々は今か今かとその瞬間を待ち望んでいた。
挨拶だけ。そう言い聞かせて一歩踏み出すけれど、大勢の視線を前に、足がすくみそうになる。
そんな私に、今度はイル・スオーノのメンバーがエールを送ってくれた。
「初めまして、こんばんは。当代の竜の聖女を務めております、サエキ・ハルカです」
思ったよりも、声は震えなかった。
「昇竜灯の宣言という大役を仰せつかりました。皆さま、ご用意はよろしいでしょうか?」
みんながランタンを手に掲げ始めた。
私はすかさず両手を上げ、大きく広げた。そして、両手から光の粉を風に乗せて散らす。
すると――
「薄明竜へ感謝と祈りを。――空へ上げてください」
ふわり、と。
ランタンが、夜空へと昇り始めた。
私が撒いた光の粉がランタンの火に触れると、オレンジ色だった灯りが、次々と色を変え始めた。
赤、青、ピンク――色とりどりの光が、幾重にも重なりながら舞い上がっていく。
星が瞬く天上へ、さらに星が追加されていく。
それは、世界の輝きを知った薄明竜へ。
私からの、ささやかな想いのプレゼントだ。
誰もが、その光景に息を呑む。
やがて、たくさんの歓声と喜びの声が、夜空に向かって溢れ出した。
けれど、これだけでは終わらない。
ドンッ――
ドンッ――
遠くのほうで祝砲をあげる音が聞こえてきた。
建国祭の開催の合図と変わらぬ音。ランタンを合図に騎士団へ依頼していたものだ。
そして、夜空いっぱいに広がったのは、煙ではなかった。
「わぁぁ……!」
歓声が、さらに大きくなる。
人々は空を指さし、目を見開いてその光景を見つめている。
闇夜に咲いたのは、完璧な円を描いた光の華。
赤、青、緑。
色を変えながら、爆音とともに閃光を放ち、ゆっくりと夜に溶けていく。
一発、二発じゃない。間隔をあけて、次々と打ち上げられる光の玉が、花弁のように開花し、夜空に咲き誇る。
それはまるで――
これから訪れる、新しい時代の幕開けを告げる光のようだった。




