第31話 それぞれの場所
――全部、終わったよ。
そう言ってアレクは、ウィリオット王子のことを語りだした。
元から現、王妃には憎まれていたこと、保守的な派閥からも疎まれていたこと。そして、それらを束ねていたのが、ウィリオット王子だったということ。
アレクを失脚させることで、自らが王座につく。
傍から見れば、実の兄を狙う簒奪者だ。
それでも、話すアレクは目を伏せ、苦い表情を浮かべていた。
弟を庇うような口ぶりが端々から感じられて、王子じゃない『兄』としての彼が、確かにいた。
私自身としては、誘拐事件の黒幕がわかって、問い詰めたい気持ちがなかったわけじゃない。
けれど、その感情は小さく萎んでしまっていた。
胸の奥に、チクリと小さな棘が刺さる。
初めて出会ったときから苦手だったけれど、もう少し、話していれば変わることがあったのかな。
風が頬を撫でて、季節が変化していくことを告げる。
「悪かった」
そう言って、ウィリオット王子が頭を下げたのは、偶然、城内で出会ったときだった。
最初は驚いて、思わず後ずさってしまった。
けれど、彼の諦めきった顔をみて、直感した。
――あぁ。もう、この人は攻撃してこない。
それ以上の言い訳もせず、ただ一言、告げた。
アレクから、ウィリオット王子の処遇については聞いていた。
建国祭後、辺境の領地を担うこと。事実上の更迭だ。
誘拐事件や偽造刻印のことは公にせずに、ウィリオット王子は公務で辺境の地へ視察に行く。そして、問題が多数見られたため、そのまま辺境伯として定住する予定だ。
アレクからは「ハルカが気に入らなければ、他の処罰も検討するけれど」と言われたけれど、彼が決めたことなら文句はない。殴ってもいいよ、と軽口を叩かれたけれど、さすがに遠慮しておいた。
「あの……どうして、私のこと嫌いだったんですか?」
虚を突かれたように、彼は黙り込む。
薄々は感じていたことを、面と向かって言えたのは、もう会えないような気がしたからだ。
辺境地に行くということは、流刑地と変わらない。だから、聞いてみたかった。
「……劣等感だらけの自分には、お前の光が眩しすぎた。それだけだ」
そう言って、ウィリオットは淡い微笑を浮かべる。
眉間の皺が消え、表情が柔らいでいた。
それが、ほんの少しだけ嬉しくなった。
色々な気持ちを飲み込んで、葛藤した上で、彼なりに不器用ながらも伝えてくれた。それだけで、もう充分だと思えた。
「それに……先代の聖女は何もしなくて嫌悪していたが、お前はお前で破天荒すぎる」
肩をすくませて、ため息混じりに言われると、少しだけ反論したくなる。
そこまで、突飛なことをしてきたつもりはないのに。
「……が、兄上には、ちょうどいいのかもしれないな」
苦笑して「あとは任せた」と去り際に告げるとマントを翻す。
その背にあった、絡まった五線譜は消え、始まりを告げる記号だけが、静かに残されていた。
*
建国祭まで残りあと1か月。準備はまさにピークに差し掛かっていた。
エジュオさんの新曲は無事に完成して、イル・スオーノのみんなは総仕上げの真っ最中。
ティトくんへの魔術教室はお休みしているけれど、彼なりに努力しているようで、目標はドルガスア初の“魔術演出家”らしい。
ちょっとくすぐったいような気もするけれど、彼に負けないくらい私も努力しなきゃと、心に決めた。
それに城下町を見渡すだけで、建国祭に向けて活気づいているのが肌で感じ取れた。
街を行く人たちは、どこか慌ただしくて、大きな荷物を抱えていたり、声を掛け合う姿があった。
屋台街では、売り上げを伸ばすために店舗の拡張や看板が一新されているようだ。
そんな雰囲気を感じ取って、旅の冒険者たちからは「建国祭まで宿泊していようか」という声まで聞こえてくる。
「ねぇ、シグリード。当日、ちょっとくらいなら街を見て歩いてもいいよね」
「そうだな。昇竜灯くらいなら、見れるんじゃないか?」
薄明竜に願いをかけるランタンをシグリードが間近で見る――。
ちょっと面白いかもしれない。私も願いを書いて飛ばしてみよう。
城下町の中心に作られ始めてきた特別セットを見上げて思う。
シグリードと二人で。今から、待ち遠しくなってきた。
一方、四大侯爵家の演奏会。
演奏の方針は決まっていたけれど、いざ、魔法演出が加われば侯爵たちも明確なビジョンが浮かんだらしい。
次々に注文が沸き起こって、他班から力を借りるどころか、魔術士団総がかりになってしまった。
「僕もやりたいんだけど!」
「団長がなに言ってるんですか!?」
レリオさんまでやりたがるから、慌てて別の団員が立候補してくれたくらいだ。
みんな口々に「やりたかった」とか「協力するくらいなら」と、手を差し伸べてくれてすごく助かった。
攻撃や防御に特化した他班も、演出用の術式づくりは応用できると、熱心に研究してくれる。
もちろん、魔法演出をするなら演奏も必要だ。
演奏会へは、不参加となってしまった宮廷楽団メンバーも、魔法演出のために演奏してくれることが多くみられた。
外の練習場では、ヴァイオリンやトランペットの演奏に合わせて、色とりどりの演出を見ることができる。
私はそれがすごく嬉しかった。
「自分の音が見えるってすごく面白いんだよね」
ミディーナがキラキラした目で言ってくれる。
演出の練習をしていた魔術士も照れ臭そうに笑って「ハルカが演出したい理由がわかったよ」と口にしてくれた。
この国の音楽がさらに、煌びやかなものになっていくようで、胸が弾む。
加えて、建国祭での新しい演出に関しては、騎士団にまで協力を仰ぐことにまで発展。
彼らも快く引き受けてくれたので、当日が楽しみだ。
城内では、楽器の旋律があちこちから聞こえてくる。
城下町でも、同じように声や足音がリズムよく流れる。
指揮者はいない。
けれど、ドルガスア国全体が大きなまとまりとなって、一つの音楽を奏でていく。
それはまるで祝歌のように、国中へ響き渡っていた。




