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お飾り聖女、光の魔法使いに転職します! 〜愛しさゆえに光の演出(ステージ)を創り出す〜  作者: 綾野あや
第2部

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第30話 真相


 焼失事件から数日後。

 そろそろ、説明をしなければならない頃合いだった。


 アレクとウィリオット王子が話しているところを狙って、私は市民団体へ行くことを伝えた。


「……そうだね。彼らをこれ以上待たせるのも良くない。別の作曲家を探している、と伝言を頼むよ」


「……うん」


「それから、ウィリオット。ハルカと一緒に行ってくれないか。非難を浴びる可能性もある。守ってほしい」


 アレクからの思わぬ提案に、ウィリオット王子は一瞬、目を見張った。

 けれどすぐに、慰めるような、柔らかな表情を作る。


「承知しました、兄上。信頼していた作曲家からの裏切り。さぞ、お辛かったことでしょう。よろしければ、私が代わりに向かいましょうか?」


 エジュオさんからの非難、そして楽譜焼失。

 ここ数日は、城から出ることを控えめにして、魔術士団のところへ行って雲隠れしていた。

 どうやら、それも彼の耳に入っていたらしい。

 余裕を感じさせるような笑みを浮かべながら、私に諭してきた。


「大丈夫です。私が行かないと……責任者として務めを果たしたいので」


「殊勝なことでいらっしゃる。それでは、参りましょうか」


 あれほど向けられていた悪意は、綺麗さっぱり抜け落ちているようだった。

 謝罪に向かう私とは対照的に、彼は悠然と歩みを進める。


 ――きっと、私の情けない姿が見たいのだ。


 馬車に乗り込む際には、貴公子然とした所作でエスコートまでしてくれた。


 ガタガタと揺れる車内でも、彼は上機嫌だった。


「フッ……エジュオという才能を失い、楽譜も灰。兄上が描いた『新しい文化』とやらもこれで終わりのようだ」


「そんなこと……!」


「強がりもたいがいにした方がいい。お前は塔にいた方がお似合いだ。演出などと余計なことをするから、こうなる」


「っ!」


 高圧的な態度に身体がすくむ。

 一緒の空間にいるだけでも緊張するのに、プレッシャーをかけられると声が出てこない。


 顔を伏せて縮こまった私の姿が気に入ったのか、彼は背もたれに身を預けた。


 そして、勝利を確信しているためなのか、ウィリオット王子は、次第に本音をこぼし始める。

 市民団体への協力が気に入らなかったこと。

 貴族こそが優位であるべきだという思想。

 王族は圧制者であるべきだという持論。

 私が反論しないことをいいことに、自分がいかに優れた治世者であるかを語り、兄の政策を嘲け笑う。

 

 けれど、言葉の端々に、どこか煮え切らなさが滲んでいた。

 徹底的に否定すればいいはずなのに、所々で、何故か言い淀む。


 そうこうしているうちに馬車は、練習室にたどり着いた。

 外向きでは、彼も“王子様”だ。乗車したときと同じように、手を差し出してくる。

 奥歯を噛みしめながら、その手を取った。


 カツカツと靴音を響かせ、従者を伴って進むウィリオット王子。

 そして、彼を誘導するように、ヴァイオリンの音色が聞こえてきた。


 次第に廊下に響く、木管の柔らかな旋律、打楽器の力強い音、金管の跳ねように奏でていく。


「……っ!?」


 一度聴いたら忘れられない、華やかな曲。

 高尚すぎず、牧歌的でもない。斬新で、鼓舞していくような――イル・スオーノの魂の演奏。

 燃えて消えたはずの楽譜を奏者たちが、一音、一音、心を込めて弾き語る。


 思わず早足になったウィリオット王子の背を私は見送る。

 ティトくんのお父さんのコントラバスの低音が、私を支えてくれるようだった。


「みな、演奏やめ! ウィリオット殿下がお見えだ!」


 演奏がピタリとやんで、イル・スオーノの一斉に頭を下げる。

 部屋に入ったのはいいけれど、ウィリオット王子は、彼らよりも譜面台を凝視するばかりだ。

 そんな彼を他所に、私はいつも通り朗らかに笑って「調子はどう?」とティトくんのお父さんに尋ねた。


「ハ、ハル……あぁ、聖女様。本日も……」


「ふふ。いつも通りで大丈夫ですよ。新曲は順調ですか?」


「あぁ。初稿より、ずっと良くなっている。さすがエジュオだ」


 初稿より。


 その言葉に、ウィリオット王子の顔色が変わる。

 燃やしたはずの楽譜が、さらに洗練されて存在しているという事実。

 目の前の私たちの会話についていけず、もう一度、譜面台を見つめる。

 

 ――あそこにあるものは、一体なんなんだ。


 沈着冷静な彼からは想像できないほどの動揺。

 その様子に、ほんの少しだけ、悪戯心が芽生えた。

 

「ウィリオット王子、いかがされましたか? 譜面台ばかりご覧になって」


「あっ、あぁ……」


「不思議ですよね。音楽って消えないんです」


 ビクリと身体を震わせる。


 この数日で、曲はさらに磨かれた。

 それは建国祭にふさわしく、日々の暮らしが平和であることを実感させる曲。

 そして、それがいつまでも続くことを願う、そんな想いが込められている。


「私、この曲を演出する予定で、すごく楽しみなんですよ」

 

 自然と頬が緩んで笑顔になってしまう。

 日が沈むころ、人々の喧騒をさらに盛り上げるように流れるダンスナンバー。

 早くみんなが喜ぶところが見てみたい。


「……そうか。すまないが、先に城に戻ってもいいだろうか。急用を思い出した」


「わかりました。そうしましたら、アレクにお伝えください。練習は順調だと」


 苦虫を嚙み潰したように顔をしかめて、釈然としない面持ちのまま踵返す。

 けれど、彼の足取りは速くも、どこか逃げているようだった。


 耳を塞ぎ、背を向けて遠ざかる姿。

 それは、音楽国家の王子とは思えぬ、哀しい旋律だった。


「……もう、出てきてもいいかい?」


「大丈夫ですよ」


 恐る恐るエジュオさんが出てくる。

 彼は、ウィリオット王子の気配がないか確認すると、ようやくホッと胸をなでおろした。


「自分で籠もる分にはいいけれど、監禁はコリゴリだ」


 思わず苦笑して、深く頷く。

 軟禁された身としても、同意するしかなかった。


 エジュオさんは言葉通り、誘拐されて別の場所に閉じ込められていた。

 その場所を探し当てるために使われたのが、アレクが渡してくれた腕輪だ。

 前に、私が誘拐されたときに思い付いたらしい。術式にクセがあるように、魔力自体にも特有の波長がある。その魔石と術式を刻んだ腕輪から出る波長をキャッチして、持ち主を探す。簡単にいえば、GPSタグみたいなものだ。

 そのおかげで、エジュオさんの救出は早々に成功。念のために、城下町に潜伏してもらっていた。


「ウベルティ、まだ調整するところはあるかい?」


「そうだな……」

 

 ティトくんのお父さんが、楽団のメンバーのところへ戻っていく。


 楽譜はアレクが機転を利かせて、2部用意していたんだ。

 通常、初稿が出来ても何度か修正が入る。そのため、完成譜ができてから副本が作られるのだけど、今回は最初から2部ずつ作成するように、アレクから指示があったそうだ。

 楽譜はすぐに複製できないため、どんな楽譜でも、魔術でロック出来る金庫に厳重に保管されている。けれど、手を加えている間は、どうしても隙だらけになってしまう。そこを突かれないようにするためだった。


「あとは、アレクシウスがことを済ませるだけか」


「……うん」


 シグリードの言葉に頷いて、城のほうへ視線を送る。

 ウィリオット王子のことだから、報告“だけ”はしてくれるだろう。そのときに、アレクは偽造印とマントのことを伝える。

 偽造ざれた印字に巧妙に隠された、ウィリオット王子の魔術式があった。王族用の特別な呪文。これが決定打となる。


「なんだか、やるせないな」


 今までのことを振り返ると、嫌な思いしかない。

 けれど、向けられた悪意には理由があったはずだ。そうじゃなきゃ、音楽の国に生まれた王子が、楽譜を燃やそうなんてしない。

 それに、この曲を初めて聞いたのときのウィリオット王子は、一瞬、微笑んでいたんだ。あの笑みだけは、紛れもなく本物だと信じたい。


「だが、罪は『罪』だ」


 重くのしかかる彼が背負った業。

 それは、決して消えることのない彼という楽譜に刻まれた一音だった。








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