第30話 真相
焼失事件から数日後。
そろそろ、説明をしなければならない頃合いだった。
アレクとウィリオット王子が話しているところを狙って、私は市民団体へ行くことを伝えた。
「……そうだね。彼らをこれ以上待たせるのも良くない。別の作曲家を探している、と伝言を頼むよ」
「……うん」
「それから、ウィリオット。ハルカと一緒に行ってくれないか。非難を浴びる可能性もある。守ってほしい」
アレクからの思わぬ提案に、ウィリオット王子は一瞬、目を見張った。
けれどすぐに、慰めるような、柔らかな表情を作る。
「承知しました、兄上。信頼していた作曲家からの裏切り。さぞ、お辛かったことでしょう。よろしければ、私が代わりに向かいましょうか?」
エジュオさんからの非難、そして楽譜焼失。
ここ数日は、城から出ることを控えめにして、魔術士団のところへ行って雲隠れしていた。
どうやら、それも彼の耳に入っていたらしい。
余裕を感じさせるような笑みを浮かべながら、私に諭してきた。
「大丈夫です。私が行かないと……責任者として務めを果たしたいので」
「殊勝なことでいらっしゃる。それでは、参りましょうか」
あれほど向けられていた悪意は、綺麗さっぱり抜け落ちているようだった。
謝罪に向かう私とは対照的に、彼は悠然と歩みを進める。
――きっと、私の情けない姿が見たいのだ。
馬車に乗り込む際には、貴公子然とした所作でエスコートまでしてくれた。
ガタガタと揺れる車内でも、彼は上機嫌だった。
「フッ……エジュオという才能を失い、楽譜も灰。兄上が描いた『新しい文化』とやらもこれで終わりのようだ」
「そんなこと……!」
「強がりもたいがいにした方がいい。お前は塔にいた方がお似合いだ。演出などと余計なことをするから、こうなる」
「っ!」
高圧的な態度に身体がすくむ。
一緒の空間にいるだけでも緊張するのに、プレッシャーをかけられると声が出てこない。
顔を伏せて縮こまった私の姿が気に入ったのか、彼は背もたれに身を預けた。
そして、勝利を確信しているためなのか、ウィリオット王子は、次第に本音をこぼし始める。
市民団体への協力が気に入らなかったこと。
貴族こそが優位であるべきだという思想。
王族は圧制者であるべきだという持論。
私が反論しないことをいいことに、自分がいかに優れた治世者であるかを語り、兄の政策を嘲け笑う。
けれど、言葉の端々に、どこか煮え切らなさが滲んでいた。
徹底的に否定すればいいはずなのに、所々で、何故か言い淀む。
そうこうしているうちに馬車は、練習室にたどり着いた。
外向きでは、彼も“王子様”だ。乗車したときと同じように、手を差し出してくる。
奥歯を噛みしめながら、その手を取った。
カツカツと靴音を響かせ、従者を伴って進むウィリオット王子。
そして、彼を誘導するように、ヴァイオリンの音色が聞こえてきた。
次第に廊下に響く、木管の柔らかな旋律、打楽器の力強い音、金管の跳ねように奏でていく。
「……っ!?」
一度聴いたら忘れられない、華やかな曲。
高尚すぎず、牧歌的でもない。斬新で、鼓舞していくような――イル・スオーノの魂の演奏。
燃えて消えたはずの楽譜を奏者たちが、一音、一音、心を込めて弾き語る。
思わず早足になったウィリオット王子の背を私は見送る。
ティトくんのお父さんのコントラバスの低音が、私を支えてくれるようだった。
「みな、演奏やめ! ウィリオット殿下がお見えだ!」
演奏がピタリとやんで、イル・スオーノの一斉に頭を下げる。
部屋に入ったのはいいけれど、ウィリオット王子は、彼らよりも譜面台を凝視するばかりだ。
そんな彼を他所に、私はいつも通り朗らかに笑って「調子はどう?」とティトくんのお父さんに尋ねた。
「ハ、ハル……あぁ、聖女様。本日も……」
「ふふ。いつも通りで大丈夫ですよ。新曲は順調ですか?」
「あぁ。初稿より、ずっと良くなっている。さすがエジュオだ」
初稿より。
その言葉に、ウィリオット王子の顔色が変わる。
燃やしたはずの楽譜が、さらに洗練されて存在しているという事実。
目の前の私たちの会話についていけず、もう一度、譜面台を見つめる。
――あそこにあるものは、一体なんなんだ。
沈着冷静な彼からは想像できないほどの動揺。
その様子に、ほんの少しだけ、悪戯心が芽生えた。
「ウィリオット王子、いかがされましたか? 譜面台ばかりご覧になって」
「あっ、あぁ……」
「不思議ですよね。音楽って消えないんです」
ビクリと身体を震わせる。
この数日で、曲はさらに磨かれた。
それは建国祭にふさわしく、日々の暮らしが平和であることを実感させる曲。
そして、それがいつまでも続くことを願う、そんな想いが込められている。
「私、この曲を演出する予定で、すごく楽しみなんですよ」
自然と頬が緩んで笑顔になってしまう。
日が沈むころ、人々の喧騒をさらに盛り上げるように流れるダンスナンバー。
早くみんなが喜ぶところが見てみたい。
「……そうか。すまないが、先に城に戻ってもいいだろうか。急用を思い出した」
「わかりました。そうしましたら、アレクにお伝えください。練習は順調だと」
苦虫を嚙み潰したように顔をしかめて、釈然としない面持ちのまま踵返す。
けれど、彼の足取りは速くも、どこか逃げているようだった。
耳を塞ぎ、背を向けて遠ざかる姿。
それは、音楽国家の王子とは思えぬ、哀しい旋律だった。
「……もう、出てきてもいいかい?」
「大丈夫ですよ」
恐る恐るエジュオさんが出てくる。
彼は、ウィリオット王子の気配がないか確認すると、ようやくホッと胸をなでおろした。
「自分で籠もる分にはいいけれど、監禁はコリゴリだ」
思わず苦笑して、深く頷く。
軟禁された身としても、同意するしかなかった。
エジュオさんは言葉通り、誘拐されて別の場所に閉じ込められていた。
その場所を探し当てるために使われたのが、アレクが渡してくれた腕輪だ。
前に、私が誘拐されたときに思い付いたらしい。術式にクセがあるように、魔力自体にも特有の波長がある。その魔石と術式を刻んだ腕輪から出る波長をキャッチして、持ち主を探す。簡単にいえば、GPSタグみたいなものだ。
そのおかげで、エジュオさんの救出は早々に成功。念のために、城下町に潜伏してもらっていた。
「ウベルティ、まだ調整するところはあるかい?」
「そうだな……」
ティトくんのお父さんが、楽団のメンバーのところへ戻っていく。
楽譜はアレクが機転を利かせて、2部用意していたんだ。
通常、初稿が出来ても何度か修正が入る。そのため、完成譜ができてから副本が作られるのだけど、今回は最初から2部ずつ作成するように、アレクから指示があったそうだ。
楽譜はすぐに複製できないため、どんな楽譜でも、魔術でロック出来る金庫に厳重に保管されている。けれど、手を加えている間は、どうしても隙だらけになってしまう。そこを突かれないようにするためだった。
「あとは、アレクシウスがことを済ませるだけか」
「……うん」
シグリードの言葉に頷いて、城のほうへ視線を送る。
ウィリオット王子のことだから、報告“だけ”はしてくれるだろう。そのときに、アレクは偽造印とマントのことを伝える。
偽造ざれた印字に巧妙に隠された、ウィリオット王子の魔術式があった。王族用の特別な呪文。これが決定打となる。
「なんだか、やるせないな」
今までのことを振り返ると、嫌な思いしかない。
けれど、向けられた悪意には理由があったはずだ。そうじゃなきゃ、音楽の国に生まれた王子が、楽譜を燃やそうなんてしない。
それに、この曲を初めて聞いたのときのウィリオット王子は、一瞬、微笑んでいたんだ。あの笑みだけは、紛れもなく本物だと信じたい。
「だが、罪は『罪』だ」
重くのしかかる彼が背負った業。
それは、決して消えることのない彼という楽譜に刻まれた一音だった。
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