第27話 魔法使いの弟子
イル・スオーノの皆に建国祭の詳細を伝えると、全員が目を輝かせ大喜びで参加してくれることになった。
特別なステージを組んで舞台で演奏する。これほど、演奏家にとって嬉しい機会はない。
細かな段取りはこれから詰めるとしても、エジュオさんの新曲が完成しなければ具体的に動けない部分も多い。
「それで……お詫びになるかわからないんですけど、ハルじゃ出来なかった、本気の魔法演出をお見せしようと思って」
私は立ち上がって、エジュオさんにピアノ伴奏をお願いした。
「それで、ティトくんにも手伝ってもらおうと思うんです」
「えっ!? ぼく!?」
突然、名指しされてビックリするティトくんだったけれど、サッと顔色が変わる。
小さな手で、不釣り合いな枷をぎゅっと握りしめ、俯いて黙り込んでしまった。
魔術暴走のきっかけの詳細までは聞いていない。
けれど――おそらく、私が急に来なくなったことが引き金だったのだろう。
教えてくれていた人が突然いなくなれば、自分に原因があるのではと考えてしまう。
(……ティトくんのせいじゃないのに)
純粋に魔術を楽しんでいただけなのに、結果としてトラウマを植え付けてしまった。
安易な気持ちで応えてはいけなかったのだと、今さらながら後悔する。
「……ぼく、できない」
震えながら呟いた声が、胸を締め付ける。
「私もね、失敗することがあるんだよ」
できるだけ穏やかに、言葉を選ぶ。
「熱を出して倒れて、たくさんの人に心配をかけたこともあるの」
シグリードに視線を向けると、彼は黙って頷いた。
――あの時は本当に肝を冷やした、と無言で語るその仕草に、言葉が詰まる。
それでも、私を待っていてくれた優しさが、今も私を支えてくれている。
これがティトくんの支えになるか、どうかはわからない。
それでも、魔法の可能性を信じたかった。
「だから今日はね。私よりもすっごく強くて、頼りになる……この国で一番の魔術士に、見てもらおうと思うの」
そういって、私は扉の方を振り返る。
護衛と思われていたレリオさんが、一歩前に出てきた。
「やぁ、ティトくん。こんにちは」
「……こんにちは」
レリオさんはそう言ってしゃがみ込むと、朗らかに笑いかける。
それから、腕輪を見せてもらっていいか尋ねた。
ティトくんは緊張した様子で手を差し出し、魔術封じの腕輪を見せる。
レリオさんはその手首を持ちながら、小声で呪文を唱えた。
パキン――。
澄んだ金属音とともに、腕輪は綺麗に割れ落ちた。
「えっ……えっ!?」
「もう、十分反省しただろう? だから、おしまい」
「でもっ!」
言葉を重ねようとするティトくんに、レリオさんは人差し指を唇に当てて静止する。
そして私に一度視線を向けてから、まっすぐティトくんを見つめ、大切なことを伝えるために小さな両手を包み込んだ。
「君は、魔術が好きかい?」
優しい問いかけに、ティトくんは顔を歪ませ、涙を滲ませながら力強く頷いた。
「僕も好きだよ。そして、それはハルカちゃんも一緒さ」
レリオさんの声は穏やかで、重みがある。
「魔術は何でも出来る。だからこそ、慎重に大切に考えて使わなくてはならない」
ドルガスアが誇る魔術士団長の言葉は、静かに胸へと染み渡っていくようだ。
「魔術と魔法の違いは聞いたんだよね。なら、話が早い」
一呼吸置いて、レリオさんは茶目っ気たっぷりに告げる。
「君はね、その“魔法”を彼女から学んでいる――魔法使いの弟子なんだよ」
それってとってもすごいことじゃないかい?と、楽し気に笑ってみせた。
「ぼくが、魔法使いの、弟子?」
確かめるように、ティトくんが私を見る。
未熟な師匠だけど、私は大きく頷いた。
たった一人の、無限の可能性を秘めた魔術士の卵に、私は光の魔法をかける。
迷うことも、見失うこともあるかもしれない。
けれど、私からの光を胸に宿らせて、歩いてほしいと願う。
「一緒に魔法演出、してくれる?」
柔らかく微笑む。
「頼りない師匠だけど……ティトくんとなら、すごい魔法が使える気がするの」
次第に、その瞳に輝きが戻っていく。
初めて出会った時と同じ、魔術が大好きな少年の目だった。
「うんっ、やる! ぼく、頑張る!」
私は彼の手を取り、ぎゅっと握った。
「ありがとう」
ほんの少し、許された気がして、視界が滲む。
――イル・スオーノのみんなに、心から楽しんでもらえる演出をしよう。
*
練習室のカーテンが閉め切られ、部屋が薄暗くなる。
ピアノには調光ライトが灯り、準備は整った。
私はティトくんと並び、エジュオさんに合図を送る。
「せーの。――光よ円を描け」
声を合わせて、一緒に腕を挙げる。
その手から生まれた光球に、ティトくんが嬉しそうに笑った。
ふわりと、舞い上がった光に私たちは顔を見合わせる。
「弾けろ!」
――パァン
天井から星粒が降り注ぎ、同時にピアノの旋律が流れ出す。
曲は、春季演奏会の最後を飾った、切なくも優しいメロディー。
静かに染み入るその曲には、派手な動きは必要ない。
だからこそ、私は部屋ごとその曲の中に入ることにした。
天井に映し出したのは、朝焼けを思わせるオレンジ色のグラデーション。
少しずつ、明るくなっていく空に合わせて、曲の厚みが増していく。
術式を書いた紙に触れながら、風に乗せて光の砂を散らす。それは、日差しに透ける白いカーテンのようで、穏やかな時間が流れる。
そしてゆっくりと曲調が跳ねていくにしたがって、夕暮れを経て夜空へ。
瞬く星を浮かべて、流れ星を一つ。
そうして、再び朝が訪れる。その繰り返される日々が、どれほど美しいか。
壊れそうだった音たちは、やがて互いを鼓舞するようにテンポを上げる。
夜空から今度は、地面に色を映す。草原を走るように緑色に染め、そして海の波しぶきに変わる。
観客は驚きながらも旋律に身を委ね、自然と身体を揺らしていた。
クライマックス。
今度は壁全体をぐるぐると星が巡る。
流星がチカチカと煌めき、やがて、真っ白な世界へと溶け込んでいった。
さざ波のように拍手が広がり、やがて大きな音へと変わった。
「すごい……」「これが、本気の魔法……」
そんな声に、少しだけ照れくさくなる。
でも、この曲の演出をずっとやりたかったから、私としても達成感でいっぱいだった。
エジュオさんがくれた想いをようやく、返せたような気がした。
「さすが、僕のミューズ!最高だったよ!」
エジュオさんが飛びついて来ようとするので、シグリードがサッと間に入る。
慌てて急ブレーキをかける仕草に、思わず笑ってしまった。
けれど、ふいに見せたエジュオさんの曇った顔が、胸に小さく引っかかった。




