第24話 貴族の明暗③
異国情緒漂う香りが鼻をくすぐり、この世界の広さを改めて感じさせられた。
西洋風のドルガスア竜王国に、まさか中東風のインテリアや布を見るなんて思ってもみなかった。
「ようこそ、聖女様。我がアルベリーニ家へ」
日に焼けた褐色の肌が大きな瞳が映えて、ウェーブがかった黒髪がどこかラテンの雰囲気を感じさせる。
アルベリーニ侯爵は、明るく朗らかな声で出迎えてくれた。
屋敷の中は、トルコランプ風のモザイクガラスが柔らかな光を落とし、幾何学模様の鮮やかなクッションがしつらえてある。廊下を歩くだけで、まるで旅行に来たみたいだ。
今回、昼食も一緒にどうかと誘われて、その厚意に甘えることにした。
「聖女様のお口に合うといいだが」
運ばれてきたのは、野菜と肉が挟まったピタパン、ドラゴンフルーツやパイナップルのような独特の果実。他にも、香草を使ったひき肉と豆を使った料理からは、いい匂いがする。
まるで外国の専門店に来たかのような品々に、同じドルガスアの地とは思えなくて、開いた口が塞がらなかった。
そして最後に運ばれてきた黄色味のあるスープに、鼻がヒクリと動いた。
食欲をそそる様な刺激的な香りと辛味を感じさせる黄色の色合いに、私は目を見張った。
「やはり、お好みではありませんでしたか?」
「ち、違います! その、元の世界に似た料理があって、驚いて……その、いただきます」
ドキドキしながらすくって一口。
舌先がピリリと痺れ、甘味も苦味も複雑に重なり合いながら調和している。懐かしさが一瞬でこみ上げた。
(カレーだー!)
あぁもう、今すぐにでもご飯にかけたい。
スープだけど、この味、この辛さ、この匂い──完璧にカレーだ!
作ったコックを今すぐ呼んでほしい。いや、聖女特権を使って、引き抜きたい。
「いかがでしょうか、聖女様」
「美味しいです、すごく」
泣きそうなくらいだったけれど、なんとか堪えた。
郷愁を連れてくる味に胸を満たされながら、アルベリーニ家での昼食を終えた。
*
「では、落ち着いたところで。聖女様、打ち合わせをさせていただければと思います」
「……はい」
本当はこのまま帰って眠りたいほど満腹だったけど、仕事はしなきゃならない。
アルベリーニ侯爵の作戦なのか、胃袋をつかまれてしまった以上、多少の無茶ぶりでも受けてしまいそうだ。
すでに具体的な演奏会のテーマや人員などが記載された書状が届いていた。
異国の楽器を取り入れた、アンサンブル編成にしたいようだ。
ただ“異国の楽器”というものが、どんなものかわからないので、今回は専門家も同席している。
「なるほど……これが、シタールですか」
宮廷楽団の団長、ダーヴィットさんが興味深げに音を確かめる。
アルベリーニ侯爵は、あまり演奏会を開く人ではないので、パトロンは不在だ。その代わりに外部から楽器奏者を手配してくれる。交易の恩恵もあって、隣国の奏者との言葉の壁もほぼ無いとのことだ。
シャラーン、鈴のような高く繊細な音が響き、ダーヴィットさんの目がさらに輝いた。
この他にもいくつか楽器を用意しているようで、確認のため別室へ移動していった。
「演奏会の方針は彼に任せるとして」
スッと目を伏せて表情を引き締め、私へと視線を戻す。
「聖女様、貴女にはご質問にお答えしていただければと思います」
経営者として物事を見極める鋭さが宿る目つきだった。
肌を刺すような空気に、思わず生唾を飲んで、私も姿勢を正す。
「此度の騒動――どのようにお考えですか?」
単刀直入に切り込まれて、言葉に詰まる。
アレクが言っていた通り、目の前にいる人は、時勢を読み先を見据えて、必要とあらば冷酷な判断も辞さない百戦錬磨の大貴族。
陽気に笑う目元には、深いシワが刻まれ、大樹の年輪のようだった。
「どのように、とおっしゃいますと」
「発端は、エジュオ・アリブランディの入団でしたか。クルブス侯は、相変わらず王権に固執してますが、そんなものは些末にすぎない。問題は貴女だ。新しい文化でもある――魔法演出はそんなに価値があるもの、でしょうか?」
じっくりと値踏みされ、背中を汗がつたう。
魔法演出は多くの場で受け入れられた一方、クルブス侯爵邸では露骨に拒絶された。
宮廷楽団の分裂騒動のときにも、その波紋はあったんだ。
でも、あの時は、単純に皆で楽しい空間を作りたくて、だから、音楽で一つにまとまることができた。
私のお披露目式典の結果、大きく波紋を広げた“魔法演出”。それは、この国を変えることにも繋がっている。だからこそ、アルベリーニ侯は見極めたいんだ。
「私は……価値があると思っています」
「我々の伝統を“打ち壊して”でも、ですか」
「っ……!」
やめてくれ、と拒絶されたあの声が蘇る。
伝統を重んじる貴族からの言葉は痛烈だ。
私は“異世界の人間”だ。聖女として呼ばれたとはいえ、異物であることは変わりない。
そんなものがいきなり受け入れろだなんて押し付ければ、拒絶されて当然だ。
――新しいこと、って出来ないんでしょうか?
あのときウィリオット王子へ向けた言葉。
私は、心が受け取ってきた“楽しい”を今度は自分が生み出したかった。
だからこそ、やり遂げたいと思った。
「……新しいこと始めることが、伝統を打ち壊すんでしょうか?」
エジュオさんが言ってたことを思い出す。
音楽も物語も、誰かが受け取って初めて命が吹き込まれる、と。
そして、その命が宿った魂は、どこへ向かうのか。
それはきっと、次の人に託されていくものなんじゃないかと思う。
人が命を紡ぐように、魂が紡がれていく。
先代が伝えたいこと、もっと前の人が言いたかったこと。
伝統と呼ばれるバトンが、次世代へとリレーのように紡がれていく。
そのバトンは、時には同じ形じゃないかもしれない、もしかしたら傷つけるものかもしれない。
けれど、バトンに宿った魂は変わらない。
「伝統って、きっと『伝えたい気持ち』なんじゃないかな、って思うんです。新しいとか、古いとかじゃなくて……誰かに届けたい、大切なものがあるから、紡がれてきたんだと思います」
上手く言えているだろうか。
言葉に詰まりながらも、私は、私の言葉で伝えるしかない。
「だから、伝統を守るためじゃなくて、伝える方に私は寄り添いたいです。その伝える方法が“魔法演出”というだけ、なんです」
震えそうになる手をギュッと握りしめて、左手の紋章にそっと力を込める。
シグリードの熱が、私を支えて応えてくれる。
「でも……まだ、伝統に傷をつけてしまうんじゃないかって、怖くなることもあります」
心臓がトクトクと脈を打つ。
変わりたいと願ったことも、魔法を手に入れたことも、私が望んだことだ。
そして――この世界の音楽を“もっと輝かせたい”という想いが胸にある。
大きく息を吸って、アルベリーニ侯爵を見据える。
「それでも……私は、この世界の音楽と魔法が出会ったときの、あの煌めきを信じていたいんです」
あの歓声を、あの感動を、これからも、誰かへ届けるために。
そうして侯爵は、私の言葉をゆっくり咀嚼するように深く考えこむ。
ややあって、ゆっくりと顔を上げると、目を細めて噛みしめるように応えてくれた。
「なるほど。伝えるための伝統か……。我が家の料理も、異国の味を受け入れて百年になる」
ふわりと香った未知の匂い。
それは、新しいものへの好奇心と不安を併せ持つ。
「――そうだな。“変わる”というのは、受け入れた証なのかもしれん」
アルベリーニ侯爵は、そういって大きくうなずいてくれた。
こうして、四大侯爵への顔合わせを終えることができた。




