第23話 貴族の明暗②
「ようこそ、お越しくださいました、聖女様!」
クルブス侯の貼りついた笑顔に、私はにこやかに微笑んだ。
「先の演奏会では大変お世話になりました」
反射的に身体をすくませた侯爵だったけれど、すぐさま、表情を戻す。
久しぶりにやってきた屋敷は、相変わらず贅を凝らした室内で、ブロット邸と大違いだ。
四大侯爵家を巡ること3軒目。今日は、問題の起点となったクルブス侯爵邸を訪れた。
エジュオさんの目論見は大きく外れて、抗議の撤回はなかった。
市民に新曲を提供することは、単純にエジュオさんの芸術的価値が落ちるだけ。最高位のパトロンだったクルブス侯には一切関係がない。その思考は、すごく冷酷だった。
そうして、エジュオさんを切り離すことでプライドを守り、矛先を“この国の音楽の秩序を乱そうとしている”アレクに向け直そうとしていた。
けれど、アレクの作戦は、その高すぎるプライドを“別の形”で上書きするものだった。
宮廷楽団と魔術師団の建国祭期間中の先行貸し出しという、四大侯爵家のみへの特別待遇。
国が貴族の権威を認め、彼らの商機と名誉を最優先する姿勢を示すことで、クルブス侯爵の留飲を一気に下げることとなった。
(って、レクチャーしてもらって、ようやく理解できたんだよね)
昨日、アレクから“クルブス侯爵対策講座”を開いてもらって、やっと自分の立ち位置がよくわかった。
――彼は今、政治的な勝利に酔っている。
エジュオさんという天才作曲家を奪われたけれど、アレクの作戦は破格の待遇な上に先の利益までついてくる。だからこそ彼の面前では、その解釈を否定しないようすることが大切だと教わった。
――ハルカは笑顔を絶やさず、彼らの名誉と商機をいかに魔法演出で高められるか、プロとして堂々と語るだけでいい。
もし小難しいことを言われたら文官がフォローするからと言われたので、そこはお任せしよう。
私ができることは、いかに前回の演奏会よりも素晴らしいものになるか、そして、それがどれだけクルブス侯爵の利益になるかを推すことだ。
「他の侯爵家にもご挨拶されていると伺っておりますが……当家は二度目になります。聖女様としては、慣れ親しんだ会場での演出の方が、居心地良いかと存じますが」
「申し訳ございません。アレクシウス殿下からは、平等に演出するように、とご用命いただいております」
席について早々、さらなる特別待遇を言ってくるとは思ってもみなかった。
けれど、これも想定内だ。
アレクからの色んな対応パターンをもらったけれど、就職課の職員と就活生のような気分だった。面接官に対して、どう答えるか、なんて元の世界じゃ事前のセミナーくらいだったのに。
クルブス侯爵は少し怪訝そうな顔をしたけれど、すぐさま私は他のメリットを提案する。
「その代わりに、宮廷楽団、魔術師団ともに精鋭をクルブス家にお貸出しさせていただきます。先にご提案いただいた、小編成によるオーケストラも可能です」
「おぉ、それは大変ありがたい」
クルブス侯爵は満足そうに噛みしめる。
けれど、貪欲な彼はやはり聖女の箔が欲しいようだ。
「しかしながら、平等に演出ですか。聖女様の目の届かない事態になりませんかね?」
「おっしゃる通りなのですが、この度は総合演出家の任を預からせていただくことになったので」
笑顔であしらっているけれど、内心は泣きたい状況だった。
総合演出家――つまり、私は建国祭の総合プロデューサーの立場になってしまったのだ。
アレクから言われたときは、さすがに無理!と声を上げた。
1つの演奏会だけでも手一杯なのに、それが4倍。加えて、建国祭のメインイベントの演出まで割り振られた。
通常の建国祭は3、4ヶ月前から準備するのに、今回は半年あるから余裕だと、有能な王子様は微笑む。
万能の王子と凡人を一緒にしないでほしい。
分裂なんて出来ないので、各侯爵家には魔術士団の四班メンバーが、演出リーダーとなって指揮することになった。
ある程度のノウハウは出来てきたし、四班メンバーも宮廷楽団と仲良くなっているから問題はないはず。けれど、さすがに四班だけじゃ人手が足りないので、魔術士団も総がかりだ。
「それに、前回よりも大人数でのオーケストラ。まさにクルブス家らしい華やかなものとなります。来客者たちからは絶賛の嵐になることに相違はございません」
力強く断言して、彼の貴族心をくすぐる。
クルブス侯爵も「ですが……」とまだ懐疑的なので、さらに後押しを重ねる。
「でしたら、シルヴィオを手配いたしましょう。前回の演奏会にて私と共に演出を担当した者になります」
「おぉ!それでしたら問題ございませんな。ドルガスアの神童と謳われた天才魔術士。まさに当家の演奏会は盤石ですな」
元からシルヴィオくんに依頼するつもりだったし、稀代の魔術士が演出するのだ。箔付けとしても申し分ない。
アレクから教わったことを思い出しながら、話を進める。
クルブス侯爵はその後も、上機嫌で打ち合わせに対応してくれた。
*
城に戻って、さっそくアレクに報告することにした。
「どうだった、クルブス侯爵は?」
「ばっちりだったよ。対策講座をしておいて正解だった」
「それは良かった。他になにか言われたことはない? 周囲の様子は?」
アレクが声のトーンを下げて、後ろにいたシグリードに視線を向ける。
今回もそうだけど、侯爵家に訪れる際は必ずシグリードにも同席してもらっている。
事前に“聖女には特別な護衛騎士を同行させていてる”と通達している。薄明竜からの特別な加護があり、偽物なんか出たらすぐにわかる、と念押し済みだ。主にクルブス侯爵向けなんだけど、今後のことを考えると触れを出しておいて損はない。
「問題はなさそうだな。魔術的な仕掛けも感じられなかった」
シグリードが頷いて、説明してくれた。
こうして同行することは増えたけれど、本当に彼が後ろに控えているだけで安心する。
何かあったら頼れる人がいるというのは心強い。
「次は……アルベリーニ家か」
アレクが深く溜息をついて、考え込む。
四大侯爵家のなかでも、一番動きが読めないのがアルベリーニ家だと聞いていた。
大陸を東西に横断する交易路が領地にあり、その交易拠点で財を成す侯爵。
他国との関わりも深く、政治よりも利益の方を追求する中立派だそうだ。
アレクもアルベリーニ侯爵と話すときは、警戒してしまうと言っていた。本気を出されたらわからない。それくらい一枚か二枚上手の存在だと、彼がいうくらいなのだ。私が太刀打ちできるか自信はない。
「ハルカなら大丈夫だろう」
シグリードがきっぱりと断言する。
振り返って彼を見れば、穏やかに、けれど真っ直ぐに私を見つめて頷いた。
「前に比べたら迷いがない。むしろ、堂々としている――俺の聖女として誇らしい」
一瞬、息が止まった。
シグリードから発せられた“俺の聖女”という言葉に、ボッと赤くなる。
確かにそうなんだけど、そうじゃないというか、急に心臓を止めるようなことを言わないでほしい。
当の彼は「何か間違ったことを言ったのだろうか」という顔をしているけれど、ものすごいセリフを言ったことをなんで自覚できないのか。
「そうだね。“僕の”聖女様なら問題ないか」
アレクもクスクスと笑いながら、シグリードと同じ言葉を重ねてくる。
この前に言った言葉を彷彿とさせるようで、アレクも意地悪だ。
二人に言われると、胸の奥がむずがゆい。けれど同時に、前へ進めと背中を押されてことに気づく。
「あーもうっ、頑張ります!」
建国祭に向けて、二人の気持ちに応えられるよう、聖女としての仕事に取り掛かることを改めて決意した。




