第21話 思いを胸に
竜の塔で深呼吸をした。
せっかく帰ってきて、シグリードが出迎えてくれたのに、頭に浮かぶのはアレクのことばかりだった。
落ち着けるはずだったのに、胸の内はまだ静まってくれない。
おかえり、と言ってくれたシグリードの優しさに安心して嬉しくなった。
それと同時に、苦しくも切ない気持ちがこみ上げた。
なぜなら、シグリードの言葉にも包み込むような温かさがあるからだ。
何があったのか、と尋ねてこないし、相談したところで彼なりの考えを示してくれる。
だから、頼りになるし、甘えたくなる。
でも今は、それが小さな棘となって刺すようだ。
シグリードの気持ちが“痛い”と、思うなんて――
彼の優しさが、今の私には眩しすぎる。
だから、私は逃れるように「今日は、ちょっと考えたいことがあるんだ」なんて言って、彼に近づくことはしなかった。
――こういう時、誰かに相談できたらいいのに。
と、ふいにロレッタさんのことが頭に浮かんだけれど、それも憚れる気がした。
アレクは真っ直ぐで、不器用なくらい真摯で。
だからこそ、あの告白を他の誰かに伝えることなんて、出来るわけなかった。
(嬉しい、と思う)
すごく、すごく素敵な男性だ。
それこそ、誰もが夢見る理想の王子様そのものだ。
彼から手を差し伸べられたら、どんな女の子でもお姫様になってしまうくらい、甘くとろけて虜になる。
きっと、大輪のバラを愛でるように、大切に見守られて、愛情をたっぷり注がれるに違いない。
(でも……)
ほんの少しだけ力を込めれば、薄っすらと見える契約の紋章。
それは、シグリードとの絆でもあるけれど、私の存在証明でもある。
魔法演出は、まだまだ道の途中で、やってみたいこともたくさんあるんだ。
「うー……どうしよう」
思わずベッドにダイブして、転がっても答えなんて出てこない。
手を額に当てれば、柔らかな感触がよみがえって、全身が熱くなる。
耳の奥でこだまする声も、抱きしめられた腕の強さも、目を閉じるだけですぐに思い出してしまう。
だから余計に、どうしていいのかわからなくなる。
これは恋なんかじゃない。
(……じゃないはずなのに)
奥歯を噛みしめて、鼓動が早くなるのを抑える。
アレクにあんなことをされたら、誰だってときめいてしまう。
だから――
「一旦、保留させてもらおう」
口に出して、心に決める。
私はまだ、アレクの手を取る覚悟ができていない。
と言ったものの、明日の午後にある会議に召集されている。
「……会いたくないなぁ」
どんな態度を取ればいいのかわからないし、アレクも何を言ってくるのかわからない。
今は、恐怖の方が大きい。
だけど、召集されるのは、宮廷楽団と魔術士団の各代表メンバーを含めた大きな会議だ。
アレクは、きっとそこで大きな打開策を発表するに違いない。
不安を取り除くように息を吐いて、私はベッドから飛び起き、背筋を伸ばす。
ブレスレットの青と緑の石がキラリと光った。
*
会議室には、次々と見知った顔の人たちが集まってくる。
各団長はもちろん、宮廷楽団からはパートリーダー、魔術士団からは班長達だ。残念ながら、その中にシルヴィオくんの姿はなかった。まだ、遠征中みたいだけど、近々帰ってくるらしい。
というのも、今回の会議で第四班の力が必要になってくるからだと、すでに伝令が遣わされていると別の班長から言われた。
「皆、集まってくれて感謝する」
アレクは颯爽と登場すると、すぐさま、従者の人に用紙を配るよう指示をする。
その鬼気迫るような姿にピリリと空気が変わり、両団ともに背筋を伸ばす。
私もすぐさま配られた用紙に目を通して、気持ちを切り替えた。
けれど、その紙に書かれていたことに、驚きを隠せなかった。
同じように疑念をあげる声や動揺する動きが、会議室中に広がっていく。
アレクはそれすらの想定済みと言わんばかりに、ぐるりと部屋を見渡して頷いた。
「内容は書いてある通りだ。各団ともに準備をしてもらいたい」
さらにざわつく室内。
団長たちが目くばせをして静かにさせるが、彼らも納得できない様子だった。
特に、楽団長のダーヴィットさんは眉間にしわを寄せて飲み込めていない。
「殿下。恐れながら、発言をしてもよろしいでしょうか」
「許可しよう」
「なぜ――このようなことをお考えになったのでしょうか。これでは、我々、宮廷楽団を解散させると同義ではない、でしょうか」
紙を持った手が震えている。
ダーヴィットさんの意見は最もだ。
アレクからの打開策案。
それは、宮廷楽団員は少数に分かれて、貴族たちのパトロンと演奏会を開くこと。
その演奏会には、魔術士団による“魔法演出”も付与すること、と記されている。
すなわち――クルブス邸で行われた演奏会の形式を、四大侯爵家へ広げる計画だ。
「ダーヴィット。それは違う」
「しかし、殿下!」
「……エジュオ・アリブランディの一件で、クルブス領にいる貴族からの支援と協力停止が相次いだ。その結果、我が国の事業の先行きは不透明になった」
その言葉にグッと団長は声を詰まらせる。
一番最初の被害者は、宮廷楽団に他ならないからだ。
魔術士団も苦い顔を浮かべて、その行き場のないやるせなさを噛み殺す。
「先日、そのエジュオの新曲が市民演奏会で発表されたことは、皆も知っているはずだ。――そこで、魔術士による“魔法演出”があったことも」
チラリと視線を送られると、胸が痛い。
私は顔を伏せてそれを避けるけれど、居心地の悪さは変わらなかった。
「それと、なぜ我々が貴族屋敷で行うことに繋がるのでしょうか?」
「技術の開示を行うためだ。ハルカ、構わないだろう?」
唐突に話を振られて身体がすくむ。
けれど、私の魔法演出を大切にしたいと言っていたはずのアレクがここに来て、急に開示するとはどういうことなんだろう。
戸惑う私に対して、アレクは真っすぐに見つめてきた。
「ハルカ。君の魔法は、君だけのものだ。それと同時に、多くの人を感動させる力がある」
力強い視線はやがて、柔らかなものへと変わっていく。
「けれど、一人の力では限界がある。だから、式典の際は、魔術士団の手を借りて成功させた。今度は、もっと多くの人に見てもらいたいと思わないかい?」
「でも、大切にするって……」
私の魔法そのものではなく、“光の価値”を共有させたいということだろうか。
「そうだ。だから、今度は全員でやろう。我が国の音楽をさらに輝かせるために、聖女の魔法をドルガスア竜王国にかけてほしい」
アレクの言葉に導かれるように、私の想像の中で城も城下町も光に満ちていく。
街のどこからともなく音楽が響き、笑顔があふれていく光景。
きっとそれは、胸が高鳴るほど素敵で、息を飲むほどに美しい世界になる。
私はそっと頷いた。アレクも満足げに微笑み返してくれる――が、その目がふいに熱を宿す。
“想い”を秘めたまま、私だけに向けられた甘い視線。
そんな風に見つめられたら、思わず心が揺れそうになって、私は顔を伏せた。
「ですが、魔法演出を市民にまで広げるとなると……いったい、どのような意図が……?」
誰かの疑念の声が静寂を裂く。
「それは――」
アレクが視線を巡らせ、ゆっくりと語り始めた。
ここから明らかになる、彼の描く大胆な計画。
――こうして、建国祭の演奏会計画が幕を開けた。
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