表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
お飾り聖女、光の魔法使いに転職します! 〜愛しさゆえに光の演出(ステージ)を創り出す〜  作者: 綾野あや
第2部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

60/85

第12話 矛先


「エジュオさん……」


 冷たい風が吹き抜ける。

 呆然と立ち尽くす私の前で、彼はスキップでも踏みそうな軽やかさで近づいてきた。


「やっと、やっと完成したんだよ! ほら、見て!」


 まさにこの世の絶頂と言わんばかりの歓声が、夕闇の静寂に響き渡る。

 騒動の発端となった張本人は、紙束を抱きしめて無邪気に笑い、跳ね回っていた。


 ――滑稽だった。


 私がこんなにも惨めで、苦しくて、何もできずにいるというのに。

 そんな自分が、嫌で、苦しくて、仕方がない。


 どうして、この人は笑っていられるの。

 なんで、私はこんな人に振り回されているの。

 

 何かが心の奥底から煮え立つ。

 フツフツと、初めて知る怒りが湧き上がっていった。


「や……やめてよ!」


 キンッ――と悲鳴じみた私の声。

 それが引き金になった。

 激しい憎しみと悔しさが身体の中から燃え上がって、激情がほとばしる。

 抑えられない。

 

「めちゃくちゃになったの、貴方のせいだ! 全部、全部、貴方が悪い!」


 すべての元凶は彼だ。

 彼が宮廷楽団に入りたいなんて言わなければ、こんなことにはならなかった。

 楽しい時間が壊れることも、たくさんの笑顔が失われることも、なかったはずなのに。


 あの場所は、私が、私であるための必要なものだ。

 

「ねぇ、返してよ。返してってば! 私から取らないでよ!」


 喉が張り裂けそう。

 叫び声をあげながら、涙交じりに思いの丈を全てぶつける。

 

「わけもわからず、やってきて、入団したいなんて、本当にありえない!」


 感情のままにぶつけられた非難に、エジュオさんはまったく動じる様子を見せない。

 その冷静さが、余計に煽るようで腹立たしい。


 彼はただ恍惚とした表情を浮かべ、細い指先で自身の胸元を押さえながら告げる。


「それは違うよ、ミューズ。君が僕を狂わせた」


「…………はっ?」


 口元を歪めて笑うその顔には、嘲りではなく、どこか神聖さすらあった。

 罰すらも甘美に受け入れる敬虔な信徒の姿。

 女神からの言葉はどんなものでも構わない――その盲信めいた熱に、背筋がぞくりとする。


「言っただろう? 式典のときから君の虜になった、と」


 ねっとりとした陶酔の表情。

 それと同時に『私』がきっかけで、このような狂気を帯びているのだ。


 一歩後ずさる私に、彼は一歩近づいてくる。

 そして、抱えていた紙束を差し出した。


「これを見てほしい。先日の演奏会でみせた“魔法”に触発されて生まれた、僕の最新で最高傑作だ」


 差し出されたのは、真新しい楽譜。

 私たちが騒動に巻き込まれている最中、ずっと書き続けていたものだ。


 受け取れない。そう思って、首を振った――その瞬間。

 

 チカチカと、小さな星が五線譜の上で弾け飛んだ。

 

 思わず息をのむ。

 ありえない。そう、そう頭で否定しても、目に映るのは跳ねる光の粒。

 まるで演奏されるのを今か今かと待ち構えている音の精霊のように見える。


(これは……魔法?)

 

 エジュオさんを見やる。彼もそれを見ているのか確かめたかった。

 けれど、彼は穏やかな笑みを浮かべたまま、ただ私が受け取るのを待っていた。


「革命を起こそう」


 稀代の作曲家の宣誓が、沈みゆく太陽と重なった。



 *



 塔に戻った私は、エジュオさんから受け取った楽譜をめくっていた。

 残念ながらそれら見たところで、私にとっては具体的な音のイメージは思い浮かばない。

 けれど、音符の並びや記号をみて、何となくは伝わってくるものがある。

 

 エジュオさんの言っていた革命は、予想外のものだった。

 彼が懇意にしている市民団体の演奏会に魔法演出をつけてほしい、というものだ。

 しかも『聖女』ではなく、一介の『魔術士』として参加するもの。

 

 最初はエジュオさんの言っている意味がよくわからなかったけれど、落ち着いて咀嚼することで、だんだんと先が見えてきた。

 彼は楽譜を手渡したときに、まず最初にこう言った。


 ――クルブス侯が一番気にしているのは、貴族のメンツさ。


 そもそも、エジュオさんが所属した宮廷楽団が、クルブス侯の抗議文で動けなってしまったのなら、彼にとって宮廷楽団にいる意味はない。

 だからといって、火中の栗であるエジュオさんをパトロンにする貴族もいないだろう。

 そこで、市民団体に新曲を提供することで、クルブス侯のプライドを刺激するのだ。


 “貴方がボクが所属する宮廷楽団を苦しめ縛り付けるなら、市民団体に楽曲提供するまで”


 そのメッセージを受け取った侯爵は考える「新曲を市民団体が演奏することで、エジュオの音楽価値が下がってしまう。それは避けたい。なぜなら、自分のパトロンだった男だからだ」と。

 そうして次に出る対応としては、抗議文の撤回だ。

 宮廷楽団が演奏するならまだしも、今後も格下の市民団体に楽曲の提供をされたら、ますます、品位が落ちてしまう。

 貴族としての対面を何よりも重視するからこそ、クルブス侯は予想通りの行動を起こすだろう。


「本当に、上手くいくのかな」


 呟いた言葉が、赤々と燃える暖炉の炎に吸い込まれていく。


 そうしてエジュオさんは「魔法演出をする気持ちが生まれたら、ボクの部屋に楽譜を持ってきてほしい」と言って託してくれた。

 私のなかで、まだ彼を許す気持ちなんて微塵も生まれていない。

 だから、彼が寝ずに作った楽譜を、薪代わりにしたってかまわないはずだ。


 そう言い聞かせながら、振りかぶって――


 ボッと火柱がが立ち上がる。


「悔しいなぁ……」


 楽譜を抱きしめて、一刻も早くこの曲を聞いてみたくなる。

 どんなメロディーなんだろう、リズムやテンポ、ハーモニーを想像するだけで、涙が出るほど愛おしくなる。

 

 君にしかできない。


 そんな風に言われてしまったら、取り戻したい思いが沸き起こる。

 うまくいかないかもしれない。けれど、何もしないよりはマシだ。

 

 揺らめく炎のなか、私は決意する。

 その影が色濃いものだったとしても――それでも、進むしかなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ