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お飾り聖女、光の魔法使いに転職します! 〜愛しさゆえに光の演出(ステージ)を創り出す〜  作者: 綾野あや
第2部

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第10話 小さな希望


 その日、私は城内の図書室に足を運んだ。

 高い天井から差し込む陽光は柔らかく、静謐な空間に安らぎを注ぎ込む。

 この場所そのものが私を包み込んで癒してくれるようだった。

 本をめくる音だけが響き、ささくれだった心が少しずつ落ち着いていく。


 宮廷楽団の寮に行くこともできず、貴族たちの動きも掴めない今、せめて何か出来ることを探したかった。

 そのため、気分転換を兼ねて、魔術に関する本を探しに来たのだ。今取り組んでいる魔法演出のために、ヒントになりそうな知識を求めて棚を見て回る。


 こうしてみると、私は、魔術の基礎をきちんと学んだことがほとんどない。

 いきなり国の専門機関に出入りし、手伝いをするような状況なのだから、どこか無理をしているのかもしれない。時々、教えてもらうことはあるけれど、もっと根本的なところからやったほうがいい気がしてきた。


(うーん……)


 数冊本をめくってみても、どうにも心が落ち着かない。

 どこかで、もっと自分にできることがあるはずだと、焦る気持ちばかりが膨らんでいく。

 ぐるぐると考えが巡って、文字が頭に入ってこなかった。


 その時、背後から足音が響いた。

 小さく心臓が跳ねて、思わず身体がこわばった。

 振り返ると、そこにはアレクが立っていた。


「ハルカ」


 驚いたように、けれどどこか安堵したような微笑みを浮かべる。


「こんなところで会うなんて、偶然だね」


「アレク……」


 その表情の奥に、疲れがにじんでいた。

 きっとエジュオさんの件で、色々と奔走しているに違いない。

 そう思うと胸が重くなる。

 私のせいじゃない――そうわかっていても、騒動の発端をたどれば私に行き着いてしまう。


 後悔なんてしたくない。

 けれど「やらなければよかった」というざらついた感情が、喉の奥にひっかかる。

 息がうまく吸えなかった。


「どうして、ここへ?」


「えっと、魔術に関する本を探しに来たんだ。今作ってる演出装置の参考書を見つけたくて」


「そう。ちょうど僕も、何か対策がないか探していたところなんだ」


「対策?」


「うん。クルブス家の件をどうにかしないと。彼らの支援がなくなったら、楽団の存続も危うい」


「――っ!?」


 喉の奥がひゅっと鳴った。慌てて口を押える。

 存続が危うい、その言葉に驚いて思わず大声が出そうになったからだ。

 そこまで事態が悪化しているとは思わなかった。


 アレクは、しまったというように「心配しなくて大丈夫」と手をふるう。

 その仕草に少し救われた。


 けれど、クルブス家の影響力がそれほどまでに大きいことを痛感した。

 そして、ウィリオット王子がこの混乱に乗じて、動き出していることも透けて見える。

 アレクは気づいているだろうか。

 前に言われた台詞を言うべきか、口を開きかけた。

 

(違う。ずっと前からわかってて見張ってる)


 舞踏会での約束を思い出す。

 私を誘拐したのは一体誰なのか、未だに明かされていない。

 けれど、アレクは「証拠を掴むまでは待ってほしい」と言ってくれた。

 あの時、重ねた手に感じた力強さが、その言葉の誠実さを証明していた。


 だから、信じようと思った。


 書棚の隙間から差し込む光が、ゆっくりと私たちを照らし出す。


「いい解決策は、なかなか見つからなくてね。でも――ハルカを見たら元気が出てきた」


 ニコリとお得意の“極上王子様スマイル”を浴びせられる。

 思わず顔が熱くなり、直視できなくなる。


(わかってやってるの、本っ当にずるい……!)


 心の中でそう叫びながら、せめてもの意趣返しに彼を見上げた。


「私もアレクのために、頑張ってるんだから」


 魔術の本を突き出して、アピールする。

 今できることを私なりにやっているんだと、わかってもらうために見せたのだけど、もしかしたら逆効果だったのかもしれない。


 一瞬驚いたあと、アレクはゆるやかに目を細め、ふっと優しく笑った。


「うん」


 とても嬉しそうな声音は、素顔のアレクを覗かせた。

 途端に心臓がバクバクと跳ね、突き出した本をギュっと抱きしめる。


 ――あぁ、もう。不意打ちだ。


「ありがとう、ハルカ。僕も頑張るよ」


「……うん」


 真っ赤になっている私の頭を、彼は軽く撫でた。

 その掌から伝わるぬくもりに、胸の奥がじんわりと熱くなる。


 と、ふと思いついたようにアレクが言った。


「そうだ。ハルカに伝言をお願いしたいんだ」


「伝言?」


「宮廷楽団のメンバーに“君たちのことは守る。だから、素晴らしい演奏を続けてほしい。ドルガスアの誇りは、君たちの音色だ”って」


 頼めるかい?と軽くウインクを寄こす。

 もしかしたら、私が“出禁”になっていることを知っているのかもしれない。

 そして、その託された伝言は、戸惑う彼らを救うような希望に満ちていた。


 一刻も早く伝えたい。

 私は勢いよくうなずき、図書室を飛び出した。



 *



 宮廷楽団の寮を訪れるのは、本当に久しぶりな気がした。

 ほんの数日しか経っていないはずなのに、まるで遠くの親戚の家に来たような懐かしさと緊張が混じる。


 心臓がドキドキと鳴る。

 走ってきたせいもあるけれど、みんなに何を言われるかわからない不安もあった。

 それでも、アレクからの伝言という“大義”を授かってきた以上、伝えないわけにはいかない。


 ギィ――。

 ドアを開けると、玄関ホールの空気がひやりと肌を撫でた。


「ハルカ様!?」


 管理人のおばさんの驚く声が響く。

 すぐに顔を出した楽団の仲間たちが、目を丸くして私を見た。


「ハルカ!? どうしてここに?」


「えっと……その、アレクから、伝言を預かってきたの」


「……殿下から?」


 いぶかしむ視線。

 それでも“練習中のメンバーにだけでも”と頼み込むと、しぶしぶ通してくれた。


「ハルカ!」


「ミディーナ!」


 赤いポニーテールが跳ねて、ミディーナが駆け寄ってきた。

 腕を広げて「会いたかったぁ~!」と抱きしめられ、ぎゅっと締め上げられる。

 少し苦しいけれど、その温かさに胸がじんとする。


 練習室には弦楽器パートのメンバーたちがいた。

 ロベルトさんの姿も見える。


「久しいな。元気だったか?」


「はい。その、アレクから……アレクシウス殿下から言伝をもらってきました」


 アレクの名前を出した途端に、ピリリと空気が変わった。

 現状のことを考えると、警戒する気持ちもわかる。

 悪い方向に流れていっているのではないかと、不安になっているのは私も同じだ。まだ、この部屋に来たばかりだけど、練習室の空気はどこか重い。

 けれど、諦めないでいてほしかった。


「殿下はおっしゃっていました――“君たちの音色こそ、ドルガスアの誇りだ”と」


 しばしの沈黙。

 やがて、ロベルトさんが低く呟いた。


「……ドルガスアの誇りは、俺たちの音色、か」


「はい。だから、信じて待ちましょう?」


 ロベルトさんの顔も他のみんなも依然として厳しい。

 それでも、少しずつ空気がやわらいでいく。

 アレクの言葉が一筋の光のように差し込んでいた。


 けれど、久方ぶりに訪れた練習室を見渡すと、楽しかった思い出がよみがえる。

 弦楽器の滑らかな旋律、笑い合う声。

 時には厳しい指摘もあったけれど、切磋琢磨して紡ぎあげるハーモニーは、最高の時間を生んでくれた。


「あの、何か一曲弾いてもらえませんか?」


 ふいに思いついたことを私は言った。


「えっ?」


「私、ずっと皆の演奏を聞いてなくて……だから、お願いしたいなぁって」


 唐突なお願いに戸惑う空気。


「しかし———」


「えぇと、じゃあ。竜の聖女からの命令です! 私を楽しませてください!」


 腰に手を当て、わざとらしく胸を張ってふんぞり返る。

 ミディーナがプッと吹き出した。


「それじゃあ、やるっきゃないじゃん」


 ヴァイオリンを取り出し、ロベルトさんも肩をすくめる。


「やれやれ、わがままな聖女様からのご命令だ。皆、準備してくれ」


「りょーかい。ハルカ、リクエストは?」


「とびっきり明るい曲がいいです。できれば演出がしやすいもので」


 ふわりと私は光球を生み出す。

 もうすっかり彼らの演奏には付き物になってしまった私の魔法。


 軽やかに弦が鳴り響く。

 跳ねるように、歌うように、光が舞うように。

 それに導かれるように、トランペットの高らかな音が重なり、オーボエの柔らかな旋律が溶け合う。


 ――ドルガスア竜王国に、再び極彩色の音が咲き誇った。






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