第9話 余波
最近、宮廷の空気がどこか重苦しい。
特に宮廷楽団の貴族に関しては、まるで腫物にでも触るように態度が変わる。
この数日間の出来事が、頭の中でぐるぐると巡る。私は、そんな考え事をしながら魔術士団へ足を運んでいた。
「どうしてこうなったんだろう……」
思わずこぼした独り言に、シルヴィオが盛大なため息をつく。
「しゃーねーだろ。お貴族様は、プライドっつーもんがあるんだよ」
「でも……」
次の魔法演出で使う魔石を砕きながら、私はモヤモヤをシルヴィオくんに聞いてもらっていた。
彼には悪いけれど、どうしても誰かに話したかったのだ。
「ほんと、班長はフォローが下手だなぁ」
「うっせーな。手を動かせよ」
「はいはーい」
軽口の応酬に、ふっと心が軽くなる。
「……あんま、気にすんなよ」
「うん」
やっぱり来てよかった。
魔術師団の空気は、城内とは違ってどこか温かい。
*
エジュオさんの入団が決まってから数日後、事件は起きた。
クルブス家から「抗議文」が届いたのだ。
『エジュオの強引な引き抜きは、我が家の名誉に対する侵害である。即刻、エジュオを返還するか、相応の賠償を要求する』
寝耳に水、青天の霹靂とはこのことだ。
私たちとしては、正直なところ諸手をあげてエジュオさんを返したいところだった。けれど、入団した者を簡単に辞めさせていいわけがない。宮廷楽団は国の最高峰。
出入りが簡単な組織だと思われれば、それこそ権威が地に落ちる。
だからこそ、エジュオさんの扱いは慎重でなければならなかった。
(でも、どうしてあんなにあっさり入団が認められたんだろう……)
ウィリオット王子がどんな手を使ったのかはわからない。
けれど、国王陛下が許可を出した以上、アレクでさえ覆すことは容易じゃない。
加えて、以前からエレナさんには「貴族の動きには注意しておいたほうがいい」と忠告を受けていた。
確かに、エジュオさんという存在は大きい。
性格に難があるとはいえ、彼の作る曲はどれも素晴らしく、貴族たちからも引く手あまた。
新曲を披露する演奏会ともなれば、貴族や音楽家が詰めかけるほどだ。
それほどまでに彼の音楽には、人を惹きつける魔力がある。
けれど――。
クルブス侯が解雇を言い渡したはずなのに、今さら抗議文を送ってくるなんておかしい。
そこに何かの思惑があるような気がしてならなかった。
アレクも明らかに気にしている様子だった。でも、確証のないまま動けば兄弟間の溝を深めかねない。
ただでさえ、ウィリオット王子はアレクを敵視しているのだから。
まるで見えない蜘蛛の糸が、宮廷全体に張り巡らされているようだった。
もがけばもがくほど絡まり、最後には自ら蜘蛛の口へと運ばれていく――そんな悪寒がする。
(私は、いつの間に、この糸の上に乗ってしまったんだろう)
気が付けば、その巣に引っかかっていた。
次に待つのは、宮廷楽団の混乱。
クルブス家のパトロンは出禁となり、その影響で各パートに穴が開く。すると、パート練習がままならなくなる。瓦解するほどではないにせよ、練習の効率は大きく落ちた。
加えて、貴族出身の団員たちの間にも、クルブス家の名をめぐる妙な緊張感が漂い始めている。
式典前の騒動を乗り越えて、一致団結したというのに、また振り出しに戻ってしまった。
――ハルカ、ごめんなさいね。ちょっとの間だけ、演奏を聴くのはお休みしましょう?
エレナさんがやんわりと伝えてくれた。
――あなたに余計な負担をかけたくないの。
騒動に巻き込まれる前に、私の身を案じてくれたんだろう。
その優しさが、かえって胸にしみた。
貴族と関わることで、私が傷つくのを避けたかったのかもしれない。
あんなに楽しく和気あいあいとしていた宮廷楽団から、音色が消えてしまったようで、心にぽっかり穴があく。
「ハルカ!」
「えっ!?」
バキンッと大きな音を立てて、魔石が砕け散った。
破片が飛び散り、頬に当たる。幸いにもゴーグルをつけていたので目は無事だったが、細かな破片が床に転がっていく。慌てて拾い集めようとしたとき、鋭く尖った魔石のかけらが指に刺さった。
「痛っ……!」
グローブ越しにも、鋭い痛みが突き抜ける。思わずうずくまる私を、シルヴィオくんが支えてくれた。
「どうした!?」
「大丈夫だよ……大丈夫」
ちゃんと防護していたのだから、平気。
そう言い聞かせるように笑ってみせた。
それに――この作業は新しい魔法演出のため。ここで止まるわけにはいかない。
「ハルカちゃんが言ってたもの、早く見てみたいなぁ」
「私も。出来そうならやってみたくて」
理論上は可能だけれど、仕組みについてはあやふやなところが多かった。
小学生のころに図解で見た知識だと、様々な化学変化を用いて色を変化させていたのだけは覚えている。そのために、魔石がどこまで術式に反応するのかテストしてみることにした。魔術の系統に合わせて、石も少しずつ変化する。
あと砕くにしても、どこまで細かくすればいいかわからないし、果たしてこれが正解にたどり着けるのかも不明だ。
でも、心に描いた景色だけは鮮明に思い浮かぶ。
「きっと綺麗だよ」
「うん」
これに音楽を合わせたら、どんなに素敵だろう。
カンッ、とハンマーを振るい、硬い魔石をまたひとつ砕く。
渦中のエジュオさんといえば、どうやら天啓が降りたようで、城内の一室に籠って作曲を始めてしまった。
最初は、私が言えばどうにかなるんじゃないか、なんて安直なことを言われて部屋を訪ねてみた。
すると――
「出てってくれ!」
そう言って、扉を閉められてしまった。
この塩対応っぷりに、さすがのアレクも「……うん、何かちょっと違うね」と微妙な顔を浮かべていた。
(結局、時間が経つのを待つしかないのかな)
エジュオさんが部屋に籠ってしまった以上は、クルブス家も対応できない。
事態は膠着状態に陥ってしまった。
(でも、なんか嫌な予感はする)
こうしている間にも、着々と裏で計画が進んでいるような気がしてならない。
――魔法が使えようが、お前には何も出来ない。
冷たく暗い声が耳元で囁く。
あの言葉通り、私は無力だ。アレクの役に立ちたいと思うのに、何も打開策が思いつかないでいる。
結局、“お飾り聖女”のままなのだろうか。
どんなに魔法演出を磨いても、現実は変えられない。
――それでも。
指先に力をこめる。
割れた魔石の断面は、星屑のような小さな煌めきで満たされていた。
私は、私の魔法を信じたい。
式典のときに感じたあの光を、胸の奥で今も灯している。
だから、やめない。
この先もきっと続けていけると信じて、今できることに集中する。




