第5話 謁見とそれから
謁見は思いのほかあっさりと終わった。
ドルガスア竜王国の国王――コンスタンス王は五十代くらいの貫禄ある人だった。
どっしりとした安心感と、どこか華やかな気品があり、渋い魅力的な雰囲気がある。
王は「聖女として、竜を御することに期待している」と、穏やかに告げてきた。
何をどうすればよいかわからない。
先ほど、薄明竜に会ってきたけれど、特別な力が目覚めるということもなかった。私にだけ聞こえる彼の声や紋章が浮き出るといった、劇的な現象もない。
ただ……圧倒され、惹かれただけだった。
それは“聖女としての宿命”というより、私個人の感情にすぎない。
それでも、王に声をかけられた以上は、何か答えておかないと失礼だ。そう思った私は、自分で決めたセルフプロデュース計画のことも含めて「頑張ります」と告げた。
すると、王は少し驚いたように目を細めて「此度の聖女は頼もしいな」と前回の聖女のことを少しだけ話してくれた。
――どうやら、前の聖女は竜に怯えて近づこうとせず、いつも“元の世界に帰りたい”と願っていたらしい。
コンスタンス王は申し訳なさそうに目を伏せる。その瞳の奥に、言葉にならない葛藤の影が見えた。
聖女を呼ぶことに対して何か思うところがある、そんな雰囲気だ。
(……やっぱり、何かある気がする)
保留していた、ウィリオット王子の反応を思い出す。
私に対して、彼らは『どうしてほしいか』といった具体的なことを何一つとして言ってこない。制御しろと言うけれど、それが祈りなのか、それとも魔法のようなものなのか、そういったものが挙がってこない。
だったら聞けばいい――と頭ではわかっていても、声に出して言えないのは私の悪い癖だ。
(これだから、人見知りは……)
そう自嘲しつつも、胸の奥では小さく疼く。
――変わりたい、という焦りだけは確かにあるのに、足が前へ出てくれない。
そんな無力さに苛まれながら、謁見の間を後にした。
その後、宰相とアンブローズおじいちゃんによる説明が始まった。
まずは、聖女としての生活について。
1.基本的に、竜の塔での生活が原則。城内にある「聖女の部屋」は予備とする。
2.食事は一日三食。メイドが塔まで運ぶ。衣服も同様に届けられる。
3.城内の移動は自由だが、城外への外出は禁止。
4.騎士団詰所など、女性立ち入り禁止区域には注意。
5.専属メイドを一人つける。用件はまずそのメイドを通して伝えること。
以上が、聖女としての基本的な生活ルール。
ほかにもいくつか、薄明竜の基礎的な知識や城内についても教わることができた。
そして、最後に1つ爆弾が投げ込まれた。
『竜の聖女のお披露目式典』だ。
国内の貴族を始め、近隣諸国の重鎮まで呼ばれるビックイベント。
クラス発表会でも吐きそうなくらいなのに、何百人もの前に姿を晒すと考えるだけで卒倒しそうだ。
けれど、セルフプロデュースのことを考えるとそうは言っていられない。
それに“頑張ります”なんて言ってしまった手前、今さら『無理です』とも言えず――
「……善処します」
としか、答えられなかった。
アンブローズおじいちゃんは、式典の準備には時間がかかるから大丈夫、と言ってくれた。
けれど、早くも大きな課題ができてしまったことに変わりはない。
こうして、私の竜の聖女生活は始まりを迎えた。
*
ザァザァと滝のように降る水音に、目を覚ました。
竜の塔での生活が始まって四日目の朝。今日は雨が降っていた。
湿度をたっぷり含んだ重たい空気の中で、私は深いため息をひとつ。
昨日も“竜の聖女”らしい力は目覚めずにいた。
けれど、セルフプロデュース計画はまだ始まったばかりだ。すぐに結果が出るほど甘くはない。
私が暮らすログハウスは、広めの1LDK。寝室とリビングのほか、洗面所やお風呂も備わっていて、簡易的なキッチンもある。お茶を淹れる程度なら問題なくできそうだ。
その中で、驚いたのは、風呂やトイレの仕組みが、元の世界とほとんど変わらないことだった。
ここでは「魔石」と呼ばれる石が動力源らしく、魔力を込めて術式を刻めば、半永久的に使用できるらしい。そのおかげで、水温の調節も可能だし、下水に流すこともできる。
まずは、着替えて身支度を整える。
それから、しばらくして私の朝食が運ばれてきた。
合羽のような上着を羽織り現れたのは、私の専属兼メイド筆頭候補のロレッタさんだ。
彼女は、かなり多忙なようで「極力、顔は出すようにしますけれど……」と、最初から申し訳なさそうに言ってきた。
私が朝食を食べている間に水回りの掃除と洗濯物を回収して、食後には床掃除。こんな流れなので、ほとんど会話をする時間もない。
ただ、洗面台に添えられた花瓶の小さな野花は、昨日と違う色をしていた。
(今日も、ご飯が美味しい……)
基本は洋食スタイルで、パンやスープ、肉料理が中心のメニュー。
味が薄く、ただ煮たり焼いたりしただけの“中世風ごはん”を想像していたけれど、パンはふんわり柔らかく、スープもしっかり出汁が取られていて、初日は驚いてしまった。
王族と変わらない待遇、と聞いてはいたけれど、食事に関しては文句なしだ。
朝食を終えると、ロレッタさんの掃除の邪魔にならないよう、私は薄明竜のもとへ向かう。
部屋と塔は廊下でつながっていて、わざわざ外を回らずに行き来できる造りになっている。
「おはよう、薄明竜」
雨のせいで、塔の中はいつもよりひんやりと肌寒い。ロレッタさんからショールをもらって正解だった。
私の声に、竜はゆっくりと顔を上げてくれた。そして、私がやってきたことを認識すると――すぐに目を閉じ、また眠ってしまった。
昨日と変わらぬ反応に苦笑しつつ、私は壁際の椅子を引き寄せる。
基本的に、竜はほとんど食事を取らない。
週に二度ほど、牛を丸ごと二頭投げ入れるだけで十分らしい。
あの巨体を維持するには相当なエネルギーが必要だと思っていたけれど、想像よりずっと“低燃費”な生き物だ。
常に眠っているのなら、確かにそれで足りるのかもしれない。
だから私は、最低限の挨拶をし、そばで静かに読書することに決めていた。
それが、今の自分ができる“距離の測り方”だと思えたからだ。
セルフプロデュース計画として、まずは環境を理解するところから始めている。
言葉と文字の理解。
これが、今のところ聖女らしい力なのではないか、と私は考えている。
よくよく考えてみれば、異世界に召喚されたからといって言語が理解できるのは、少し不思議だ。
この力を応用して、竜を制御する――すなわち、コミュニケーションなんじゃないか、という推測を立てた。
けれど、初日から躓いているので、何か別のトリガーがあるんじゃないかと考えて、片っ端から本を読んでいる。
というのも、私の部屋の棚には、ぎっちりと多種多様な本が詰まっていたからだ。
とはいえ、ずっと読書に耽っているのも飽きてくるので、城内や庭園を散策して時間を潰すこともある。
(……お飾り聖女、か)
ふと胸の奥が沈む。
確かにそうかもしれない、と昨日のことを思い出した――。
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