閑話2:お茶会①
第1部 24話の前日譚。
エレナ、ミディーナとのお茶会になります。
真っ白なテーブルクロスの上に、色鮮やかな花が飾られている。
それを囲むように、サンドウィッチにスコーン、ケーキが乗った三段のケーキスタンド。上品な花柄のティーカップが並んでいて、心を弾ませる。
席に座って大人しく待てば、キッチリと身なりを整えた執事が横に並び立ち、静かにティーポットを傾けた。
ふわりと甘やかな香りが立ち上って、優雅なティータイムが、そっと幕を開けた。
「いっ……いただき、ます」
そんな華やかな世界に足を踏み入れたことのなかった私は、ガチガチに緊張していた。
作法なんて、ほとんどわからない。もしかしたら、私が座っていい場所じゃなかったのかもしれない。
繊細なティーカップを手にすると、指先が震えてお茶が波打った。
先日の四重奏演奏会を無事に成功させたお祝いとして、エレナさん主催のお茶会に招かれた。メンバーは、私とミディーナだけ。それなのに、あまりに立派な席が設けられていて、足がすくんでしまった。
しかも二人とも、ドレスのような装いでちゃんとめかしこんでいる。私だけが、いつもと変わらない控えめなワンピースだ。
(ドレスコードがあるなら、言ってほしかった……)
少し憂鬱になった気持ちを、お茶と一緒に飲み込む。
口に含んだ瞬間――思わず息を呑んだ。注がれたときの香りと、口に入ったときの味わいがまるで違っていた。
ベリー系の香りだと思っていたのに、喉を通り抜ける爽やかさは柑橘類を思わせる。甘味と酸味が絶妙に調和していた。
「おいしい……」
さっきまでの緊張が、ほどけるように消えていった。
「でしょう?我が家自慢のブレンドティーよ」
「エレナさんの家は、貿易をしているから……色んな茶葉が手に入りやすいんでしたっけ?」
「そう。店でも人気の商品よ」
貴族社会に疎い私が首を傾げると、エレナさんが丁寧に教えてくれた。
ドルガスア竜王国は君主制で、貴族はそれぞれ領地を与えられ経営している。
けれど、交易で栄えた国でもあるため、商人を雇い、委託経営をしている貴族もいる。
エレナさんの家は、まさにこの商業貴族の筆頭だ。領地内の運河を利用して、各地の物資を取引しているのだという。
そして、この茶葉もその取引商品の1つだ。城下町にある上流向けのお店に並んでいるらしい。
「そうだわ、ハルカ。うちの主人も演奏会を見て、魔法演出のことを気に入ったみたい。他の貴族も絶賛していたし……是非ともレガッツィ家で取り入れたいと申していたのだけど、どう?」
「えっ、えっと、どう?って……」
戸惑う私の代わりに、ミディーナがさらりと説明してくれた。
「エレナさんはね、ドルガスア四大侯爵家の一つ、レガッツィ侯の奥様なんだよ。本来なら、男爵家の私がこうしてお茶会に呼ばれるなんてあり得ないくらいの方なんだ」
「えっ、えぇっ……」
思わず固まる。
貴族社会なんて未知の世界だ。だから、階級から説明してもらう必要があった。
けれど、宮廷楽団ではそれが関係ない。意識していたら、演奏すらままならないからだ。皆が同じ立場で、音楽だけに向き合う。
だからこそ、敬称も「さん」付けで、時には呼び捨てもある。お茶会だって、こうして気軽に開かれるのだ。
(だから、あんな風に歓迎してくれたんだ)
前に寮へ案内してもらったときのことを思い出す。
“竜の聖女”という立場を知りながらも、かしこまらず接してくれた。その温かさに救われたのを覚えている。
「……久しぶりに本気で向き合えたのよ。貴女の魔法、客席も、私自身も魅了されたわ」
穏やかに微笑むエレナさんを見て、ふいに涙腺が緩む。
練習中はいつも厳しい言葉ばかり投げられていたから、余計に――胸が熱くなる。
涙がこぼれる前に慌ててお茶を飲んで、感情を流し込む。
ミディーナも優しく笑っていてくれた。
そうして、演奏会が貴族たちに受け入れられたこと、レガッツィ家は聖女を支援してくれること教えてくれた。
「ところで。ね、ハルカは殿下とどういう仲なの?」
「ふえっ!?」
急にアレクシウス王子の名前が出て、お皿をひっくり返しそうになる。
エレナさんも静かに頷きながら、ティーカップを傾けている。
「どうって、どうもなにも、お世話になってるだけで、なにも……」
自分でも顔が見るみる赤く染まっていくのがわかる。
演奏会の成功は殿下の采配あってこそだ。問題の把握も、改善策の実行も見事だった。
様々な人に出会ってきたけれど、ここまで“デキる人”は初めてだった。
そして――あの笑顔。あんなに頼もしくて優しい人に心ときめかない方が難しい。
「わかるよ~。ドルガスアの至宝、完全無欠の王子様。でもね、“姫君泣かせ”で有名なんだ」
「ひっ、姫君泣かせ?」
「容姿や雰囲気に惹かれて懸想する女性は多くいらっしゃいますが、袖に振られて泣きをみるのが大半ですわ」
エレナさんが冷めたような目で呟く。
「どなたにも優しく接してくださる方ですもの、逆を言えば誰にも優しくないのと同義です」
ミディーナもうんうんと頷いた。
そういう話を聞けば聞くほど、胸が少しだけ痛む。
それと同時に、宮廷楽団メンバーは、アレクシウス王子の性格を熟知した上で付き合っている。そんな長年の深い関係を感じさせるようで、少しだけ寂しくなった。
冷めたお茶を飲み干すと、甘く感じたものがほんの少し苦い。
「ですが――ハルカ。殿下があなたを見るときの――」
コンコン。
そのとき、ドアがノックされた。
扉の向こうには、青ざめた顔のロレッタさんが立っていた。
「ご歓談の最中に失礼いたします。ハルカ様へ、至急お取次ぎが……アレクシウス殿下からのお手紙をお預かりしております」
「……えっ?」
ちょうど話題に出ていた名前に、空気が止まる。
封蝋には確かに「アレクシウス」の文字。全員が息を呑んだ。
戸惑う私が周囲を見れば「早く開けなさい」と視線で促され、恐る恐る封を切る。
そこには、演奏会をねぎらう言葉と、翌日の城下町視察に「同行してほしい」という一文が記されていた。
「…………」
頭が真っ白になる。
思わず、ロレッタさんに手紙を差し出してしまった。
彼女も彼女も読みながら、わなわなと震えだして――
「ハルカ様……こ、これは……!」
「ど、どうしたらいいんですか!?」
私たちの変容っぷりに、二人が慌てて立ち上がり、手紙を覗き込む。
「えっ、えっ、これって、これってー!」
「ロレッタ。ハルカの服は支給品ですわよね」
「はっ、はい!」
驚き口に手を当てて今にもはしゃぎまわりそうなミディーナとは対照的に、エレナさんは毅然とした態度で尋ねる。
そして、エレナさんは数秒黙ったあとに、ロレッタさんに馬車の手配と、給仕していた執事に伝言を頼み始めた。
「あっ、あの……」
「ハルカ、今から当家のブティックへ行きますわよ。ミディーナ、あなたも付き添ってちょうだい」
「もちろんです!レガッツィ家のブティックなら完璧です」
こうして優雅なお茶会は、突如として慌ただしい作戦会議へと変わるのだった――。




