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お飾り聖女、光の魔法使いに転職します! 〜愛しさゆえに光の演出(ステージ)を創り出す〜  作者: 綾野あや
第1部 竜の聖女編

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第35話 式典前に


 シグリードとの空の旅は、体感ではほんの数分だった。大空を駆け抜けたと思えば、もう竜の塔が眼下に迫っていた。 すると、城内から「ハルカ様!」と声が響く。走ってくるのは、見慣れたメイドの姿だ。


「ロレッタさん!」


「ハルカ様!」


 シグリードがゆるやかに着地し、私をその手から下ろしてくれる。

 大声で私の名を呼んだロレッタさんは、シグリードにひるむこともなく一直線に駆け寄り、勢い余ってそのまま抱きしめてきた。


「ご無事で、本当に……! 攫われたと聞いて、生きた心地がしませんでした」


「ろっ……ロレッタさん、ちょっと苦しいです」


 熱烈すぎる歓迎に、思わず笑みがこぼれる。

 けれど、彼女が「攫われた」と知っていたということは、作戦は失敗に終わったのだろうか――そんな不安が胸をかすめる。


「詳細は準備を整えながらお話しいたします。ですが――アレクシウス殿下はすでに全てを把握しておられます」


 その言葉だけで、胸の重石が少し外れる。だが、式典まで残された時間はわずかだ。

 私は急いで城内へ駆け出そうとしたが、ふと背後を振り返る。いつの間にか人の姿へ戻ったシグリードが、塔の外に立っていた。

 その姿なら、一緒に来てもらえるのでは? そんな淡い期待が頭をよぎる。


 しかし、彼は静かに「待ってる」と、朝と同じ言葉を口にした。


「――でも!」


「竜である俺が入れば、要らぬ混乱を呼ぶだろう。だから……俺はここでお前の帰りを待っている」


 迷いなく言い切られてしまっては、反論の余地などない。

 本当は、私の演出を見届けてほしかった。ずっと支えてくれた彼には、その資格があるはずなのに。

 悔しさに地団駄を踏みそうになる私に、シグリードは苦笑しつつ続ける。


「お前の舞台を乱したくはない。それに……お前なら、もう大丈夫だ」


 晴れやかな笑みを前に、応えないわけにはいかない。悔しい気持ちを噛みしめて、飲み込む。

 「行ってきます!」と改めて告げると、ロレッタさんとともに城内へと駆け出した。

 力強く頷くシグリードの姿を背に受けて――私は前へ走り出す。



 *



 身支度を整える部屋に通されて、鏡に映る自分の姿を見て思わず顔を覆った。

 目は充血し、髪はボサボサ、服は擦り切れてボロボロ。

 この格好でシグリードに抱きついて泣きじゃくったなんて……羞恥で穴があったら入りたい。いや、そもそもこんな目に遭わせた誘拐犯が悪いのだ。

 仮にも「竜の聖女」なのだから、もう少し丁寧に扱ってほしかった。


「ハルカ様、このロレッタにお任せください。とびっきりの魔法をかけてご覧にいれます」


 ロレッタさんは、意気込みを示すように腕まくりをする。

 この国には私以外にも魔法を使える人は多い。アレクは笑顔の魔法をかけてくれる人だし、ロレッタさんは――まるでシンデレラの魔法をかけてくれる人だ。


 まずは衣装。

 聖女らしく白を基調にしながら、光魔法の気配を織り込んだドレス。柔らかさを保ちつつも、動きやすさを兼ね備えていて、魔法を扱うにも不自由がない。服を変えるだけで一気に別人のようになるから不思議だ。ロレッタさんが衣装係と重ねてきた打ち合わせの成果が形になっている。

 銀色のラインと淡い緑色は重なるところは、シグリードとアレクを彷彿とさせるような色合いだ。


 次は髪と化粧に取りかかりたいところだが、泣き腫らした目はまず冷やさねばならない。

 タオルを目に当てている間に、ロレッタさんが誘拐の顛末を話してくれた。


「アレクシウス殿下からお話を伺っておりました。ハルカ様に何か起きるかもしれない、と」


 悔しげな声音だった。

 もう少し早く動けていれば防げたのかもしれない。けれど、ロレッタさん自身も妨害を受けていた。見知らぬ文官に呼び止められ、出迎えが遅れたのだという。その後、式典担当者に確認したときには「すでに聖女は会場へ向かった」と報告されていた。

 不審に思ったロレッタさんは、すぐにアレクに連絡を取ったらしい。


「殿下が出立される前で幸いでした。竜の塔に駆け込んでいかれたときは驚きましたけれど……」


 そして、塔から薄明竜が飛び立った瞬間、確信したのだという。


「あの竜が舞い上がったとき、あぁ、やっぱり『ハルカ様』が聖女なのだと――心から、そう思えたのです」


 タオルが外され、視界に光が戻る。

 けれど、シグリードの姿に心を震わせたロレッタさんの面持ちの方が、よほど眩しく感じられた。


「カッコ良かったでしょう?」


 思わず自慢げに口にしてしまう。

 だって、どうしようもないほどカッコイイからだ。


「えぇ。我が国を守護する竜は……とても素敵でした」


 そうして、髪を結い上げ、化粧で顔を整える。

 鏡に映るのは、もう「攫われて泣いていた私」ではない。

 私は、式典の舞台へと向かう聖女だ。


 馬車が走り、式典会場へ到着する。

 出迎えてくれたのは、魔法演出を手伝ってくれる魔術士団のみんなだ。

 式典に参加するため、彼らも正装の出で立ちだ。いつもの薬品だらけのローブ姿とは違っていて、少しだけくすぐったい。


「ハルカ!」


 降りた途端に、シルヴィオくんが駆け寄ってきてくれた。

 いつもは自信満々な彼もさすがに不安そうで申し訳なくなる。私の無事を確かめるように、手を取ると「本ッ当に無事で良かった~…」と大きく息を吐いた。それに「心配させて、ごめんね」と声をかければ「ホントだよ」と、少し不貞腐れ気味に笑う。

 ほかのメンバーも心配そうな表情から、どこか安堵に満ちていて、胸がじんわりと温かくなった。


「リハーサルは俺たちでカバーしたから、段取りには問題ないけど……」


 炎担当のフラヴィオさんが、少しだけ不安げに眉を寄せた。


「ぶっつけ本番だ、大丈夫か?」


 彼らの気遣いはありがたい。

 だけど、私は――もう、泣いてばかりの自分じゃない。


「うん。大丈夫。今の私なら、きっと、できる」


 自分でも驚くほど、すんなりと口をついて出た。

 そして、それは嘘ではなかった。

 その言葉に、魔術士たちは顔を見合わせて、口元を緩めて歩き出す。彼らもまた歩みに揺るぎがない。

 

 と、ここで団長のレリオさんがやってきた。

 私の姿を見て微笑んだのち――声を潜めて告げた。


「ちなみに、偽者のほうはアレクシウス殿下が確保してるから安心して。演出リハーサルの時点でボロが出て、すぐわかったから」


 私の眉が自然とひそめる。――あの場に「偽者」がいた、という事実だけでも胸の奥がざわついた。自分ではない誰かが聖女の顔をして歩いていたことが、気になっていたのだ。

 けれど彼は、穏やかに笑って首を振った。


「僕たちの聖女は、ハルカちゃんだけだよ」


 同意するように、皆が優しく笑ってくれる。

 私の舞台を一緒に作り上げている、それが何よりも誇らしかった。


「じゃあ、あとは――扉の向こうへ向かうだけ、ですね」


「行こう、ハルカちゃん。舞台が僕たちを待ってる」


 私は、会場の後方に設けられた控えスペースへと歩き出す。

 扉の向こうからは、楽団の調律音がかすかに聞こえてくる。

 緊張のなかに、どこか懐かしい響きがあった。


 ――こんな世界に来て、泣いて、戸惑って、それでも。

 たくさんの出会いが、支えが、あって。

 今ここに、私は立っている。


 ふと、手の甲を見つめる。そこに宿った魔力が、静かに脈打っていた。


 もう、迷わない。

 私は、私の役割を果たすために舞台に立つ。


 扉の向こうで、幕が上がる。

 ゆっくりと、深呼吸をして、コツ――とヒールの音が響いた。

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