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お飾り聖女、光の魔法使いに転職します! 〜愛しさゆえに光の演出(ステージ)を創り出す〜  作者: 綾野あや
第1部 竜の聖女編

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第34話 空を駆ける


 牢の中も同様に鼻の曲がるような匂いがしていて、息を吸うたびに嫌悪感に苛まれる。

 式典まで時間はない。私は何か脱出方法はないかと見渡した。


 扉の向こうでは、見張り役がいるのか男性たちの声が聞こえてくる。

 明日になったら解放する、と言ってたけど、正直ちょっと信じられない。


 耳をそばだてて聞いてみる。

 けれど、心臓の鼓動のせいで、鼓膜が脈の音ばかり反響して聞き取りづらい。

 匂いを我慢しながら、深呼吸して気持ちを落ち着かせると、薄っすらと内容が部屋に届いてきた。


 ――ほんと……かえ……舞台に……いれば


 ――気づかない……笑って……


 ゲラゲラと響く笑い声が、無神経に耳を貫く。話題が切り替わったのか、耳に入れたくないワードが出てきた。

 なので、頭を切り替えて聞き取れた単語を考えてみた。

 

 かえ、舞台、気づかない。


 「かえ」は変えるってことかな。ということは、私じゃない誰かっていうことなんだろうか。

 ふいにアレクとデートしたときのことを思い出す。彼は、マントで姿を変えて、街中を歩くことができていた。

 つまり、同じようなマントを着て、私の代わりに出席すれば……?

 頭の中でつながった瞬間、血の気がサーっと引く。

 戴冠式には出席できるけれど、魔法演出はできない。

 

(――つまり、仲間に見放される?)


 ガァン!と鉄格子に頭をぶつけて、視界が揺れた。痛みが一瞬で広がり、額に鋭い鈍い痛みが走る。

 頭に血が昇って勢いよく飛び出したものの、鉄格子に額がぶつかり、痛くて涙が出そうになる。

 

 けれど、それ以上に悔しさが募った。


 半年もかけて皆と作り上げてきた舞台をなかったことにされるなんて、どうしても許せなかった。

 どれだけの想いを込めて作ってきたか。まさに血と汗と涙と努力の果てに、ようやくたどり着いたんだ。

 脳裏によぎるのは、色鮮やかな思い出たち。どれもこれも、光球のように輝いていた。 

 それを、全て、全部――打ち壊される。

 黙ってなんていられなかった。


「出してよ! ここから、出してよっ!」


 腹の底から声を張り上げて、怒りも悔しさも全部乗せて訴える。

 頭の片隅では、出してもらえないことぐらいわかっているけれど、それでも言わなきゃ収まりきらなかった。

 鉄格子を叩きたいのに、縛られている以上は動かせない。だから怒鳴りつけるしかなった。


「出してって言って――!」


「っせぇぞ!!」


 バァン! とドアが蹴り破られて、ガタイのいい男が入ってきた。

 鋭利な刃物のようなギラついた目で私を見下ろした。

 まるで獲物を見つけた猛禽類のようで、思わずヒュッと息が止まる。


「あのなぁ、嬢ちゃん。明日には返してやるっていう約束はしてるけどよぉ。無傷で、とは聞いてないんだぜ?」


 下から舐めるような視線を送られて、背筋が凍る。何を意図されているかわからないはずがなかった。

 恐怖のあまり一歩足を引くと、相手も気が済んだのか鼻を鳴らして踵返す。そして、威圧するように音を立ててドアを閉めた。


 緊張の糸がプツリと切れて、足から崩れ落ちる。

 こみあげてきたのは熱い涙だった。


「ふえぇっ……うぅっ……っく……」


 泣きたくなんてなかった。

 何もできない自分が、悔しくて、情けなくて、歯がゆくて――嫌だった。

 目や鼻から、色んなものが零れ落ちて、情けなさに拍車をかけていく。


 私じゃない私が戴冠して、いざ披露するときになったら「魔法演出なんてできない」なんて告げるのだろう。

 困惑する皆を嘲笑って、式典が滅茶苦茶になるかもしれない。

 アレクはなんて思うんだろう。ミディーナもシルヴィオくんも、どんな反応をするのかわからない。

 

 それに――シグリードになんて言えばいい。


 誘拐されてた、でも、無事だった。信じてくれるだろうか。

 あれだけ頑張ると息巻いていたのに、失敗どころか、みんなの信頼を裏切って帰ってきた聖女なんて、彼にふさわしくない。

 嗚咽がこみ上げて胸が苦しい。

 

(……でも、シグリードにふさわしい「私」になるって契約をするときに覚悟したんだ)


 アイドルのセルフプロデュース力をなめないでほしい。

 

「あきらめるもんか!」

 

 立ち上がって、もう一度、牢屋のなかを見渡す。

 荒縄さえ切れれば魔法は使えるはずだ。そう考えて、椅子を横倒しにすると、足の部分を鉄格子の間に入れる。

 テコの原理を応用して、椅子を折れば尖った部分ができるはずだ。そうしたら、こすって荒縄を切る。


 自分の足に体重をかけてると、椅子はミシミシと鈍い音と共にバキッと割れた。腐りかけだったのが幸いした。


 急いで尖った部分に荒縄を強引に擦りつける。焦る気持ちをのせていけば、少しずつ腕が緩くなってくのがわかる。

 すると、左手が熱くなるのを感じた。完全には切れなくても、少しなら魔法が使えそうだ。


 私は天窓に目を向けると、光球を浮かべる。

 そうして、小屋の上に飛ばすと、弾けさせた。


 パァァン!

 

 という花火のような音と共に、廃屋の床が、微かに鳴った。

 かすかだった震えは、すぐに本格的な地鳴りに変わる。


 ――ドゴォォン!!


 鼓膜を突き破るほどの破裂音が、扉の向こうから炸裂した。

 さらに、重機が何かを破砕するような衝撃に大きなひび割れまで聞こえてきた。

 まるで全てが崩れ去るかのような圧倒的な力が、空間を支配していく。


 「な、なんだ……!?」「おい、誰か外を――ッ!?」


 怒号。悲鳴。

 何かが吹き飛び、激しく壊れる音。

 熱と風と、鋭い気配が壁を隔てた先で満ちていった。


 そして、静寂が訪れる。


 カツン、カツ、カツ――と、足音だけが空気を割った。


 廃屋の扉の向こうから、ゆっくりと近づいてくる音。

 靴底が砕けた床を踏みしめるように、着実に。

 ドアノブが、ゆっくりと回された。

 鈍い音を立てて扉が開き、逆光の中に、影が立つ。


 人の姿。

 けれど、その背には、銀の鱗と竜の翼。


「……すまない、遅くなった」


 シグリードだ。

 その姿は、もう檻の中の存在ではなかった。


 怯えた心が、一瞬で解けていく。


 (――来てくれた)


 私を見つけた彼は、ゆっくりと歩み寄ってきた。

 鉄格子を掴み、その手に淡く光が宿る。

 古びた錠前が、意思を持ったように“カチリ”と音を立てて外れた。

 それと同時に、私を縛り付けていた縄も床に落ちる。


「お前が呼んでくれたから、もう、大丈夫だ。ハルカ」


 強く――強く抱きしめられる。

 震える私を優しく、けれど、安心させるようにシグリードの熱を伝えてくれる。

 太い腕、硬い胸板、大きな背中。その全てが、私を包み込む。これ以上にないほど心強い。


「っ――うわぁぁっん!っ、わぁぁっ」


 子どものように声を上げて、弾かれたように涙が止まらない。

 「怖かった、怖かったぁっ」情けなくも、みっともなくも、泣きじゃくる私にシグリードは何度も「大丈夫だ」と告げる。

 優しくポンポンと背中を叩いてあやす手すら、私にとっては救いだった。


 ひとしきり泣き切ると、呼吸が落ち着いてくる。

 シグリードも私の赤く腫れた目を見て苦笑すると、最後に優しく頭から包み込むように抱きしめてくれた。

 そして低くも甘く優しい声音で「無事でよかった」とこれ以上にないくらいの慈愛を込めた眼差しで見つめると――。


「ハルカ、行けるか?」


 と、真剣な表情に切り替わった。

 それが何を意味しているかなんて、言わなくてもわかる。

 私は涙をぬぐって、それに応えるように力強く頷いた。


「行けるよ。連れてって」


 スッと天井に向けて手を挙げると、屋根が音もなく消失した。眩しい陽光が一気に差し込み、埃っぽい牢屋がたちまち青空とつながる。

 ふわりと小さな銀の光がシグリードの体を包み、その輪郭が変わっていく。

 彼は迷うことなく竜の姿へと変わり、その大きな両手で私を抱き寄せた。

 巨大な爪も、鋼のような鱗も、今は私を守るためにある。


 ――ドンッ。

 力強く地面を踏みしめると、その反動を活かして飛び上がる。

 重力から切り離される瞬間、身体が浮く感覚に思わず息が詰まった。

 けれど、それもほんの一瞬。

 銀の翼が大きくはためき、清らかな風を切り裂いて、私たちは城へ向かう。

 

 空はどこまでも高く澄んでいて、涙を洗い流すような風が頬を撫でる。

 その青空の下を白銀の竜が駆け抜けていく。


 どこまでも飛んでいける気がした。

 

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