第27話 魔術士団
手の甲から手首まで、契約の紋章がすっと延びていく。
蔦のような柔らかな軌跡を描き、ボタニカル調の美しい文様が浮かび上がった。
「ありがとう、シグリード」
「あぁ」
左手を見直すと、青白い光が小さく舞っている。何度見ても綺麗で、少し誇らしい気持ちになる。
シグリードとの絆を象徴するその光が、自然と力を沸き立たせてくれた。
「式典の会場は広いのか?」
「うん、かなり大きいけど……もしかして、この魔力量でも厳しいの?」
感覚としては、かなり増えたと思う。
数値では言えないが、基準にしている野球ボール大の光球は倍の20個くらいまで作れそうだ。
「魔術士団との共同なら問題はなさそうだが……」
言いよどむ様子に、不足しているのかと胸がざわつく。
思い切ってもっと拡張すべきかと尋ねると、シグリードは厳しい顔で首を振った。
「急激な魔力の拡張は身体に負担をかける。伸ばすのは、数ヶ月後だ」
「えっ、そんな先?」
「前回と今回だけでも、魔力量が倍になった。これだけで身体には相当な負荷がかかっている」
「全然そんな風には感じないけれど……」
痛みも重さもなく、至って健康だ。だからと言われても、いまいち実感がない。
「それは、お前用に……いや、準備に半年かかるなら、少しずつ延ばせばいい」
「そうだね。慌ててもよくないし」
まだ準備は始まったばかり。
これから魔術士団と演出方法を練りながら、必要に応じてシグリードにお願いしていくつもりだ。
今後の予定も共有しておこうと、用紙を手に説明を始める。
魔法演出の楽曲は宮廷楽団が決めるが、私の戴冠のBGMを含めた式典全体の曲決めにも時間がかかる。
当面の仕事は、魔術士団と新しい演出の開発。予定では魔法演出は4〜5曲で、テーマは未定。どんなテーマにも対応できる方法を考えておく必要がある。
「団長のレリオさんが、投影用の魔法陣は更に工夫できそうだって、息を巻いてたんだよね」
本当にプロジェクションマッピングのようなことができそうで、今から楽しみだ。
「だから、シグリードにも引き続き、お知恵を拝借したく……」
ゴマをするように笑いかけると、彼はしょうがないといった顔で頷いた。
「わかっている。俺としても、ハルカと魔法を考えるのは悪くない時間だ」
ふわりと微笑まれると、胸がドキリと揺れる。
名前で呼ぶようになってからは、以前よりもぐっと距離が近づいた気がする。
言葉を交わす時間も、柔らかな空気に包まれた温かさで満ちていた。
「……ありがとう。私も、魔法で出来ることが増えていくのが楽しい」
つられて笑った瞬間、シグリードは一瞬だけ驚き――顔をそらす。
少し頬が赤い気もしたが、咳払いでごまかして息を整えた。
こうしてアイディアノートを広げ、演出方法を検討したあと、魔術士団へ向かうことにした。
*
「こんにちは」
「いらっしゃい、ハルカちゃん」
レリオさんが迎えてくれ、魔術士団の技術棟へ入る。
ここは新しい魔術や道具、薬品を開発・研究する場所で、寮と隣接した大きな建物だ。
廊下の奥からは、薬品の甘い匂いや金属の熱された香りがふわりと漂い、かすかな魔力の唸りが壁を伝って響いてくる。まるで一つの街の中にいるような賑わいだ。
そして、案内されたのは、補助・魔術具を専門とする第4班の部屋。
光魔法は補助魔術に分類されるため、彼らと共に研究することになったんだ。
魔術士団は各地の魔法学校のエリートで構成されるが、貴族は少なく、実力主義の色が濃い。
だからもっと張り詰めた空気を想像していたけれど、現実は正反対だった。
「ハルカー、話は聞いてるよー!」
「シルヴィオくん、今日からよろしくね」
声をかけてきたのは班長のシルヴィオ・マグリーニ。驚くことに、私より年下の17歳だ。
学術都市アルフヘイムの魔術学校を飛び級で卒業した神童で、アンブローズおじいちゃんの親戚。
年上の団員にも容赦なく指示を飛ばすその姿に、最初は苦手意識を抱いたけれど、ただ真っすぐで研究熱心な男の子だとわかってからは、印象が変わった。
「んで、新しい演出でも考えてきたの!?」
「シルヴィオ、落ち着いて。4班の皆も集まってー」
呼びかけると、奥の机や作業台からぞろぞろと班員たちが集まってくる。
手にガラス管を持ったままの人、油まみれの手袋を外している人、紙束を抱えたまま突進してくる人。
演奏会の時にもお世話になった面々だが、改めて見ると自由でクセが強い気がする。
「えっ、え、ハルカたそ?」
「もしかして、否、もしかしなくともですか、団長!」
テンションが高すぎて、すでに一人は机の上に立ち上がっている。
思わず吹き出しそうになるのをこらえつつ、私はレリオさんの言葉に耳を傾けた。
「はいはい、静かに。……彼女のお披露目式典が正式に決まった。もちろん魔法演出付きの演奏だ。つまり――我々の出番だ」
その瞬間、班員たちは一斉に声を上げ、作業室が小さな祝祭のような熱気に包まれた。
「ひゃっはぁ!マジっすか、団長!」
「やったーっ!研究費はどれだけ出るんですかー!?」
「いよいよ俺の右手に宿りし炎を解き放つときが……!」
……なぜか炎担当が一人いる。
「おい、炎のやつ、この前は天井焦がしただろ」
「それは試作段階の話だ!今度は煙も匂いも完全カットだ!」
「匂いカットは助かるけど……前回は三日くらい焦げ臭かったからね……」
我が事のようにはしゃぐ面々を見ると、ふいに自分もライブが決まったときのことを思い出してしまう。
(ああ……世界は違えど、オタクの魂は一緒なんだなぁ)
この通り、第四班は熱量もクセも強い……オタク気質な人ばかりだ。そのおかげで、話が通じやすいし、何より楽しい。
ライブ演出の話をしても、中二病めいたネタも即座に理解し、再現方法まで提示してくれる。
そんなことを思っていたら、後ろからぼそっと声がした。
「……ところで、式典当日、薄明竜は飛びますか?」
質問したのは、小柄な女性魔術士。彼女の机の上には、金属製の竜の模型が鎮座している。
「飛びません!」と即答すると「残念」と肩を落とされた。
けれどその数分後には、「じゃあ巨大な光竜はどうですか!」と別案をぶつけてきた。
……この熱量、本当に頼もしい。
打ち合わせは笑いと熱弁に満ち、あっという間に時間が過ぎた。
小さな光球を試作していたら、机の上で爆ぜて煙が上がり、全員で大慌てするというハプニングもあったけれど、誰も気にする様子はない。むしろ失敗談を笑い合い、そこから次の案が生まれていく。
「じゃあ、シルヴィオ。ハルカちゃんとやっていけそうかい?」
魔法陣は初回こそレリオさんが指揮を取ったけれど、今後はシルヴィオたちと共に作っていくことになる。
「おう、半年後を楽しみにしてろよな。……あ、でもその前に、レーザー光の屈折角、試させてくれよ。水晶板なら安全だし」
「え、もう試作があるの……?」
「あぁ。第四班は、いつでも実験中だからな」
彼が自信たっぷりに言い、私に力強く笑いかける。
レーザー、火柱、水の噴水、バルーン、立体映像――考えていけば、いくらでも浮かぶ。
こうして、私の魔法演出準備は、賑やかで快調な滑り出しとなった。




