第24話 デート
「ごめんね、急に誘ってしまって」
はにかんだ笑みと共にアレクシウス王子がそう告げる。
確かに突然の手紙には驚いたけれど、王子からのお誘いを断るなんて、できるはずがなかった。
「ありがとう。それに……今日の服、とても可愛いね。よく似合ってる」
極上の王子様スマイル。真正面から浴びて、心臓が跳ね上がる。
危うく息が止まるところだった。
*
馬車はゆっくりと進んでいく。
城下町までは、そう遠くない。
「昨日は、エレナがお茶会を開いてくれたそうだね?」
「はい」
演奏会の翌日、打ち上げと称してエレナさんのお茶会に、私とミディーナは招かれた。
評判は上々どころか大絶賛。貴族の間では早くも次の開催を求める声が上がっているという。
その席で、エレナさんは「我がレガッツィ家は聖女を支援します」と公言してくれた。
理由を尋ねれば、最近、一部貴族の動きがきな臭いらしい。侯爵家としては、共に舞台を成功させた仲間を守りたい、その一心だそうだ。
「なるほど……侯爵家が。ありがとう」
そんな話をしていた最中、アレクシウス王子からの手紙が届いた。
一緒に視察に同行してほしい。その一文に、お茶会の場は一気に色めき立った。
そして、エレナさんの家で服選びが始まり、可愛い系か清楚系か、動きやすさ重視かで大論争に。
(でも、楽しかった)
二人の真剣な顔と笑い声から、ふと思い出す。
「あ、あの、魔術士団へのお声掛け、ありがとうございました」
演奏会では「魔法の永続性」という大きな課題があった。
普通の魔法は一度放てば終わり。動きを加えたり、長時間スクリーンに投影し続けたりするのは難しい。
光球ならある程度は操れるが、それでも長くは保たない。
そこで薄明竜と相談し、紙に描いた魔法陣に触れている間だけ魔法を固定できる仕組みを使った。
これなら光球の維持を気にせず、演出の動きに集中できる。
スクリーン投影も同じ方法を試したが、大きな陣では私の筆致が追いつかない。
そこで王子に相談し、魔術士団の力を借りることになった。
「大したことじゃないよ。それに彼らも、新しい発想には目を輝かせていたからね」
結局、大きな布に魔法陣を描き、その上から白布をかぶせて投影する方法が完成した。
譜面台の明かりも魔術士団製で、魔石に呪文を刻み、少し魔力を注げば灯る仕組みだ。
「今後も協力してもらう予定だよ」
「今後も……ですか?」
「そう。今回の演出で改善したいところがあったからね」
王子は、二曲目と三曲目の演出が似ていたことを指摘する。
光球や紙吹雪のテーマ色こそ違えど、動きは同じだった。
「確かに……全然、気づきませんでした」
「一人でやるには限界があるからね。もっと大規模なものになったら、魔術も組み合わせてやってみようか」
「大規模……」
アリーナのような大舞台を想像して、背筋が震える。
不安もあるが、ミディーナたちがその舞台に立つ姿を見てみたい──そんな興奮も同時に胸を満たした。
「さて、反省会はここまでにしようか」
馬車が停まり、街中の待機場に着いた。
「お手をどうぞ、お姫様」
流れるような所作で差し出される手。
戸惑う間もなく、その温もりが指先を包む。
あまりにも自然で、洗練されていて、胸の鼓動が一気に跳ね上がった。
けど、王子の微笑みは、そんな緊張すらも溶かしてしまうほど爽やかだった。
*
(……視察と聞いていたけれど、これってやっぱり「デート」だよね)
王子から手渡されたアイスを口に運びながら、横で同じように頬張る横顔を盗み見る。
それを思ったら、緊張のあまり、味がわからなくなってきた。
本来なら、王子の視察には護衛が何人も付き従うはずだ。
けれど今の私たちは、まるで普通の男女のように、二人きりで街を歩いている。
もちろん、どこかに気配を隠した護衛がいるのかもしれないけれど、それでも王子は自由に街中を動きまわっていた。
露店のアイスを食べ、気ままに店先を覗く。
こんなに整った顔立ちの人が歩いていれば、女性たちがざわつきそうなのに、その気配もない。
「あれ、気に入らなかった?」
「いっ、いえ! おいしいです。でも……なんで普通に歩けるのかなって」
私の意図を数秒考えた王子は「あぁ」と頷き、肩にかけた緑色のマントをひらりと揺らす。
「このマントのおかげだよ」
もしかして、と思ったら、予想通り姿を変えることのできる魔法のマントだった。
(だから、さっきのお店でマントを外したんだ)
合点がいった私を見て、王子は淡く微笑む。
「これがあれば、時々こうして街に出られるんだ……身分は、時に邪魔だからね」
軽く言ったつもりなのかもしれない。
けれど、その目の奥には、ふっと陰が差していた。
完璧で、絵に描いたような理想の王子様。
けれど時折こぼれる言葉は、皮肉めいていて……どこか頼りない。
演奏会での堂々たる挨拶は、国の未来を支える若きリーダーそのものだったのに。
今、隣にいるのは迷いを抱えた一人の青年だ。
「食べ終わったら、少し歩こうか。見せたい場所がある」
そう言って歩き出す背中が、ほんの少しだけ寂しげに見えた。
今、この景色も、この横顔も、私だけが知っている。
*
「わぁ……すごい!」
王子が連れてきてくれたのは、街をぐるりと囲む城壁の上。
その中でもひときわ高い塔の頂で、夕日が沈む直前だった。
「ここに来ると、全部が見えるんだ」
アレクシウス王子の声が、少し冷たい風に乗って届く。
ほんの少し乾いた響きがした。
「だからかな。このすべてを背負えるのか……って、たまに思うんだ」
遠くを見つめるその瞳は、どれほど先を見据えているのだろう。
きっと、私には到底及ばないところまで考えているに違いない。
今回の演奏会だって、演出の助言に魔術士団への手配、貴族たちとの交渉──ほとんどすべてに抜かりなく目を向けていた。
本当に、すごい人だと思う。今もこうして私を気遣い、未来のことまで計算している。
「……アレクシウス王子なら、できますよ。だって、すごく頑張ってるし、ちゃんと見てくれてますから」
私の言葉に、王子は小さく「そうだね」と呟いた。
その声音には、まだ少し迷いが残っている。
影を落とした表情に、どうしようもなく胸を締めつけられた。
「私、魔法を使いたいと思ったのは……誰かの役に立ちたいからでした。それで、演奏会のお話をいただいて、皆と一緒にやって……怖かったけど、楽しかったです」
言葉はうまくまとまらない。
でも、私はこの人に、たくさん助けてもらった。今も、これからも。
「私、全然上手くできないし、迷惑ばかりかけてばかりで。でも……それでも、アレクシウス王子と一緒だったから、出来たし、頑張れたんです」
自然と両手に力がこもる。
まだ、人の反応が怖くて、言えないことの方が多い。
それでも、何とか踏み出せたのは、この人のおかげだ。
「だから……その、手伝わせてください。まだ魔法も上手じゃないですけど、一緒に頑張っていきたいです」
胸の奥で心臓が痛いほど跳ねる。
静まれと願いながら、こんなに緊張するくらいなら言わなければよかったと一瞬だけ後悔した。
そのとき、夕日が沈む寸前の光が王子の背後で輝いた。
泣き笑いのような、これまで見たことのない表情が、強く胸に響く。
「……ありがとう、ハルカ」
その瞬間、明星の光が一層強く瞬いたように見えた——。
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また「閑話2:お茶会」が、冒頭にありましたドタバタ前日譚になります。
よろしければ、そちらも合わせてご覧ください。




