第20話 1人より2人
青白い星の粒が、静かに舞い落ちる。
薄明竜が私の左手をそっと包み込み、温かくも力強い魔力が流れ込んでくるのを感じた。
手の甲にじわりと、一瞬だけ火傷のような痛みが走る
――けれど、それはすぐに引き、代わりに契約の紋章が浮かび上がる。
「……身体に痛みや変化はないか?」
「うん、大丈夫だよ。ありがとう、薄明竜」
「まさか、早々に魔力回路の拡張を行うとは思わなかったな」
演奏会の打ち合わせから、三日が経った。
本番まで残り1ヶ月。魔法演出のパターンを急ピッチで詰めなければならない。
今週は個人練習に集中し、来週からは四重奏チームと本格的に合流する予定だ。
彼らも各自で演奏の練習を進めつつ、時折顔を出しては、魔法に慣れる訓練をしてくれている。
「今さらだけど、回路を拡張しすぎると……どうなるの?」
「魔力の量に身体が耐えきれなくなり——最悪、死に至る」
「えっ」
回路の拡張は、使える魔力量が足りないからお願いしたことだった。
だけど、そんなに危ないなら、もっと考えるべきだったかもしれない……。
手の甲に浮かんだ紋章を見つめながら、不安が胸をよぎる。
「その程度では死なない。安心しろ。人間の場合、そうだな……半身以上の回路を拡張した場合だ。国を半壊させるほどの魔力量だぞ」
「そこまでの魔力、使う予定はないからっ!」
慌ててぶんぶんと首を横に振る。国を壊す気は毛頭ない。
ともかく、現状の魔力量なら、野球ボール大の光球を最大10個まで生成可能。
それより小さいサイズなら、さらに数を増やせる。
これで、足元や上からのライト、雪や雨のような演出も実現できそうだ。
あとは曲のイメージに合わせて、光の色や動きのパターンを考えなければいけない。
演奏の邪魔にならず、調和するように……課題は山積みだ。
「うーん……やること多すぎる……」
「そのわりには、嬉しそうだな」
「だって、魔法が使えるようになって、ようやく役に立てるって思えるから」
けれど、本番の打ち合わせでは、人見知りが爆発して、頷くだけで精一杯だった。
ロベルトさんもエレナさんも、「聖女様」とは呼んでくれるけれど、それは敬意からではなく、王子の命だから仕方なく——そんな義務感が透けて見える。
それが怖かった。
“場違いな存在”に見られている気がして、言葉が出なかった。
だからこそ、足手まといにはなりたくない。
少しでも、ちゃんと役に立てるように努力しなくちゃ、って思う。
「まずは、昨日から練習してる色変えからスタートするよ」
光球をひとつ浮かべて、青、赤、黄色と、パッパッパと色を切り替える。
次に、2つ、3つと球を増やして同じことをしようとするけれど——
「……あれ?」
ひとつに集中すると、他の球がおろそかになって、すぐに割れてしまう。
(同時に複数の光球を動かして、それぞれの色も変える……想像以上に難しいかも)
舞台照明の現場を直接見たことはないけれど、映像ではボタン一つで自在に操っていた。あれは専用の機材とプロの技術があってこそ。
でも、今それを私という“生身”がやるとなると……土台からして無茶がある。
「……大きな光球ひとつじゃ、だめなのか?」
「それで済むなら、そうしたいけどね……」
今回の選曲は、ワルツ、バラード、アップテンポ――まったく雰囲気の異なる三曲だ。
ゆったりした曲で光演出に慣れてもらい、最後は疾走感のある一曲で心を掴む。
観客を惹き込む“ストーリー”が、曲の流れにも込められている。
だからこそ、それぞれに合った演出が必要で、頭の中がどんどん混線していく。
(ライブの舞台裏ドキュメント……あれ、すごく大変そうだったな)
コンセプト決め、メンバーとの会議、スタッフとの調整、歌とダンスの猛練習。
すべては、観客――ファンの笑顔のため。
必死で準備を重ねる姿が、ますます彼らを好きにさせてくれた。
ドキュメントのラスト、彼らは円陣を組み、舞台袖でオープニング映像を見守る。
スクリーンに映る光の中、観客が魅了されていくのを確認すると、彼らはステージへ走り出す。
「あっ……そうか、“映像”だ」
頭の中で、パズルのピースがパチパチとはまっていく感覚。
光球だけじゃない。
もっと、いろいろな“魅せ方”があるじゃない。
「薄明竜、魔法って……想像力、なんだよね?」
「……ふむ。なにやら、いい案が浮かんだようだな」
「うん、何とかなりそう!」
私の中には、小さなころから積み重ねてきた“体験”が、ちゃんと息づいている。
そのひとつひとつが、きっと魔法になる。
*
午後、ミディーナとマウロさんが練習室にいると聞いて、さっそく新しいプランを手に向かった。
ロベルトさんとエレナさんは、どうやら他の業務で忙しいらしい。宮廷楽団のメンバーは貴族出身者が多く、爵位持ちとなれば、それに伴う仕事も多いそうだ。
「私やマウロは、端くれみたいなものだから、あまりそういったことには縛られないの」
「はい~。なので、た~くさん練習ができます!」
プランの説明をすると、二人は目を輝かせて聞いてくれた。
準備もすぐにできそうで、あとは音に合わせてどれだけ再現できるかが勝負だった。
レースカーテンを引いて、私は手の甲に意識を集中させる。
ミディーナとマウロさんも調弦を済ませ、アイコンタクトを交わすと、柔らかな旋律がふわりと流れ出した。
私は光球を生み出し、ふたりの頭上をくるくると旋回させる。
けど――これがなかなかに難しい。
目線だけではタイミングがズレて、リズムを外す。
曲を聞き込めていないから、どこで光を変えるべきか判断も曖昧で、意識が一瞬でも乱れると、光球は割れて消えてしまう。
加えて、ミディーナとマウロさんもまだ息が合っていないのか、テンポや強弱に微妙なズレが見える。
マウロさんは音を長めに引っ張り、ミディーナはテンポ良く軽やかに弾く。
たった二人でも、これほど違うなんて。
(演奏って、こんなに難しかったんだ……)
観客側にいたときは、ただ“すごい”と思っていた。
でも今は、ほんの一歩足を踏み入れただけで、ライブを作ることの難しさに押しつぶされそうになる。
(うまくいくと思ったのに……)
そう思った瞬間、「あっ……」と声が漏れた。
光球が弾けて、消えてしまった。
演奏も止まり、ミディーナとマウロさんが、キョトンとした顔で私を見ている。
「ご、ごめんなさい……!」
思わず頭を下げると、二人は顔を見合わせて、小さく首を傾げた。
謝られるようなこと、あったかな?
そんな空気を感じて、なおさらいたたまれなくなる。
穴があったら入りたいって、こういうことなんだ。
「ねぇ、ハルカ。初めから上手くなんて、いかないよ」
「……でも、私、その……足手まといだし」
ロベルトさんが言った「準備不足」のひと言が、胸の奥に棘のように残っていた。
プロの演奏家たちの中に、何も知らない私が混ざって……いったい何ができるというの?
アイディアがあっても、それを実現する腕がなければ、ただの絵に描いた餅。焼いて食べることすらできない。
「そうだね」
ミディーナにあっさり頷かれて、心がぎゅっと縮こまる。
けれど、その次のひと言が――私の中に、灯をともした。
「でも、私も……アルクシウス殿下も、ハルカの魔法が好きになったんだ。だからさ――」
音も、光も、誰かが受け取ってくれて、初めて届く。
ミディーナのその言葉もまた、この胸に、確かに――届いた。
読んでいただき、ありがとうございます。
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また「閑話1:初交流」では魔術士団との話もあります。
よろしければ、そちらも合わせてご覧ください。




