第12話 契約
薄明竜の声に、空気がわずかに震えた気がした。
塔の中に差し込む夕陽が、私たちを紅く染めていく。
――契約が始まる。
「契約にあたってだが、まず代償として紋章を刻ませてもらう」
左手の甲を指さして場所を教えてくれる。そして「それから――」と、契約について静かに続けた。
紋章は、魔法を使うときだけ浮かび上がる。大規模な魔法を使うには回路の増設が必要で、増やした分だけ紋章も広がっていくようになる。当たり前だけど、使用できる魔力も増える。けれど、身体への負担も大きくなるという。
「回路を増やせば、その分、俺との繋がりも強化されるのだが……これは先の話だな」
少しだけ複雑な顔を見せた薄明竜だったが、すぐに首を振り、話を続ける。
魔力の供給は、薄明竜を通じて行われる。私は自力では魔力を得られず、彼が集めた魔力を、契約した回路を通して受け取る。要するに、ワイヤレス充電って思ったほうがいいのかもしれない。
「今のところ、分からない点はないか?」
「ううん、大丈夫。ちゃんと時間をかけてくれるから、助かってる」
「契約だ。公平であるのが当然だろう」
至極当然とばかりに頷いた薄明竜は、私が困った顔をすると会話を止めて待ってくれる。
その気遣いが、どれほど心強いことか。
「最後に、この契約は俺が一方的に破棄できる。理由はわかるか?」
「えぇっと……薄明竜が供給元だから?」
「そうだ。逆にお前から破棄することはできない。魔法を使わなければいいだけだからな。それでも、お前が俺を裏切るようなことをしたら、契約は即座に断ち切る」
「裏切る……」
「言ったはずだ。俺は供給側だ。魔力を過剰に求めれば、お前の身が滅びる。ひいては、俺にまで影響が及ぶかもしれない。そうなる前に、契約を破棄する」
「うん……」
「だからこそ。お前には、俺と回路を共有している覚悟と意志を持ち続けてもらう。その覚悟が失われたとき――契約は終わる」
一瞬、薄明竜の瞳が鋭く光った。
「覚悟を持てなければ、お前に俺の力を貸す資格はない」
その言葉には、冷たく揺るぎない威圧が宿っていて、心の奥まで突き刺さる。
そして、薄明竜は一呼吸置くと、私の目をまっすぐに見据え、言葉を続ける。
――――だから、もう一度問おう。俺と契約するか。
その言葉の中に含まれるのは、単なる契約の問題ではなく、私自身の覚悟を問う試練であると、はっきりと理解できた。
――――竜にふさわしい人間になりたい。そう願った想いが胸によみがえる。
今ここで、それを“覚悟”という形にしなければ。
強く、美しい彼のもとに呼ばれた私が、その想いを言葉にしないで、どうする――。
「契約します」
声を上げて、私は顔をぐっと上げ、薄明竜に答える。
――――すると、薄明竜が初めて心の底から笑ったような気がした。
私の両手を取ると、薄明竜は静かに目を閉じ、深い集中を始める。
その瞬間、空気が重く張り詰め、まるで周囲の世界が息を呑むような感覚に包まれる。
魔力が、まるで存在を圧縮するかのように渦巻き、周囲の温度が一瞬にして変わる。
その変化に、私は無意識に息を呑む。
我が真名において、ここに契約を交わす。
我が力、汝の心に
契約の礎を、白銀の源に
その心、我が力となり、我が力、汝を支配せん
汝が信念のままに生きんとすれば、我が怒りをもたらす
さすれば、この契約、永遠なる誓いと成り果てん
契約の呪文そのものが、力を持つように空気を震わせる。
その力が、私の肌を通り抜け、心臓に直接響いてくるようだ。
目を開けた薄明竜が、自らの親指を噛み、その血がにじみ出る。
「少し――――我慢しろ」と低く言うと、彼は私の左手の甲に爪を立てた。
その瞬間、鋭い痛みが走る。私は思わず息を飲み、奥歯をかみしめた。
「いっ……」と、痛みによろめく心を必死に抑えながら、その痛みを受け止める。
薄明竜の親指と私の手の甲が重なり、そこから赤く光る血が交わる瞬間、私の体の中で、何かが鳴り響くような感覚がした。
手の甲から、青白い光がゆっくりと広がり始め、キラキラとした粒子が空間を埋め尽くす。
まるで、星が降り注ぐような光景だった。
その神秘的な光はゆっくりと収縮し、消え去る。
代わりに、私の左手の甲には、細長い楕円形の青白い紋章が浮かび上がった。
「契約は完了した」
薄明竜の声にハッとして、改めて手の甲を見る。
違和感を感じるような痛みはない、けれど小さくて薄い宝石がはめ込まれたようで、不思議な感覚がした。
「……これで、魔法が使えるようになったの?」
実感がわかず、思わず薄明竜に尋ねると「馴染むまで、少し待て」と苦笑した。
すぐにパッと使えると思っていた私はちょっとガッカリした。でもこれで、魔法が使えるようになったのは大きな進歩だ。
手の甲をなぞっていると、少しずつ輝きが消えていく。
「えっ、あれ、消えちゃう⁉︎」
「言っただろう。魔法を使用するときだけ、紋章が浮き出る、と」
「あっ……」
顔がカッと熱くなる。
(そういえば言ってた……)
そんな私を見て、薄明竜は「焦るな」と、静かに微笑んだ。
それから、夕食時になるので、明日から本格的な魔法についてのレクチャーをしてくれることとなり、今日はここまで、となった。
――――明日からかぁ
寝る前に、手の甲に触れてみる。
目には見えないけれど、ここには確かに薄明竜との繋がりが出来たんだ、と思うと嬉しさのあまりベッドの上で転げ回ってしまう。
「頑張ろう」
焦るな、と言ってくれた。
少しずつでいいから魔法を覚えて、何かの役に立ちたいと思える。
どんな魔法が使えるようになるのか、今から楽しみだった。




