第10話 広がる音
ヴァイオリンの音に引き寄せられて、石畳の広場の方へ向かう。
竜の塔のすぐそば、南側にあるその場所には、小さな舞台のような段差があり、背後を石柱が半円を描くように囲んでいた。
椅子を並べれば、ささやかなコンサートが開けそうな広さだ。
そして、その舞台の上で、軽やかにヴァイオリンを奏でる女性がいた――
その音色は、跳ねるように小刻みに弾み、やわらかな旋律が流れたかと思えば、すぐさまアップテンポな動きに変わる。
思わず口ずさみたくなるようなリズムと緩急に、自然と体が揺れそうになる。
クラシックとも違う、けれどどこか耳に馴染んだ、不思議な曲調だった。
周囲には隠れられるようなものもなく、こっそり聴くのは難しい。
かといって、離れてしまえばせっかくの音色が霞んでしまう。
(……うーん、どうしよう)
視界にさえ入らなければ、いいのでは?そう思って、一番端の石柱の影にそっと身を寄せる。たぶんバレてしまうかもしれないけれど、それでも好奇心には勝てなかった。
彼女の演奏は止まらない。
アイドルソングばかり聴いていた私だけれど、彼らの歌は明るい曲ばかりじゃないことはわかっている。
バラードやロックでも、同じような間隔で転調して、いくつかの展開を経て、サビで盛り上がる……彼女の曲にも、それと似た構成が感じられた。
そして、旋律がクライマックスを迎え、大サビを弾き終えると、彼女はゆっくりとヴァイオリンをおろす。
「……そこにいるの、もしかして聖女様?」
「はっ、はひっ!」
やっぱり、バレていた。
観念して近づくと、彼女も舞台から優雅に降りてくる。
巻いた赤髪のポニーテールを整え、丁寧にお辞儀をしてから、にこりと微笑んだ。
その完璧な所作に、私もあわてて頭を下げる。けれど、お嬢様然としたその姿に、どう対応していいかわからず、ぎこちないまま固まってしまう。
目の前に立った彼女は、スラリと背が高く、意志の強そうな瞳が輝いていた。
あの明るく情熱的な音色の通り、陽気で、芯のある雰囲気だ。
「ミディーナと申します。ドルガスア宮廷楽団、第二ヴァイオリンを担当しております。先ほどは、お聞き苦しい演奏を聖女様のお耳に入れてしまい、ご無礼を――」
「っ、そっ、そんなことないです!すごく、すっごく、素敵な演奏でした!」
聞き苦しいなんて、とんでもない。
細かく変わる旋律は技術も求められるはずなのに、それを軽やに且つ音に情熱的な気持ちを乗せて奏でていた。
まるで赤い花びらが風に舞うような響きだった。
それに、私と年がそう変わらないのに、こんなに堂々と演奏ができるなんて、すごい。
思ったことをそのまま口にして、まくし立ててしまった。
(……し、しまったー!)
興奮気味に語ったあと、彼女を見れば、キョトンとした顔をしている。
けれど私の思いが伝わったのか、彼女は大輪の花のようにパッと笑顔を咲かせた。
「嬉しいっ!ありがとう!……あっ、大変失礼しました。聖女様からこのようなお褒めのお言葉をいただけるなんて……」
「あの、そんな、かしこまらないでください!わ、私、そんなに大した人間じゃないし、聖女って言っても……名ばかりというか……。と、ともかく、もっと気さくに、話しかけてもらえたら……助かりますっ」
どこかロレッタさんよりも近しく感じられて、もう少し話してみたくなった。
クラスにいる、明るいリーダー格の女の子。だけど音楽の趣味が合う、そんな気がしたからだ。
「ですが、聖女様は王族と同列のご身分。そう気軽にお話しするのは、恐れ多く……」
やんわりと距離を置かれて、少ししょんぼりする。けれど、彼女の言葉の裏に、どこか“期待”のようなものを感じた。
そこで、「王族と同じ」という言葉が、ふと引っかかる。
「じゃ、じゃあ……聖女としてのお願いです。その……私の、話し相手になってください!」
そして、小さな声で「……あわよくば、友達になってください」と加えた。
すると、待ってました!と言わんばかりに、彼女はパッと私の手を取って「うん、うん、よろしくね!」と笑顔全開で応えてくれた。
「聖女様、さっそくだけど……お名前は?」
「佐伯晴歌です。あ、ハルカでいいよ」
「ハルカね。私はミディーナでいいよ。……ああ、よかった。ようやく話しかけてくれた」
「えっ?」
その口ぶりに驚いて尋ねると、彼女は肩の力を抜いて笑いながら教えてくれた。
「実はね、うちの団でも話題だったの。最近、竜の塔の周りを女の子がうろうろしてるって。で、それが聖女様だってわかって──独りぼっちでいるみたいだから、ちょっと心配してたんだよ」
“独りぼっちでうろうろ”という言葉が胸に刺さる。
実際、門番の人たちには一応伝えていたし、気をつけて歩いていたつもりだったけれど──
(やっぱり、少し無用心だったのかな)
「あ、出歩くのは全然問題ないよ。ただ……一人で寂しそうだなぁって。前の聖女様も引きこもりがちだったって聞いてたからさ。同じくらいの年の子なら、いつか話しかけようって思ってたの」
彼女の言葉に、胸がじんわりと温かくなる。
誰にも気づかれずにいると思っていたけれど、ちゃんと見てくれていた人がいた。
その優しさに、涙が出そうになる。
「……ありがとう」
私が泣き笑いになって伝えると、ミディーナはにっこり笑って、手をぎゅっと握ってくれた。
「ね、何から話そうか?」
その手のぬくもりが、心の奥までしみ込んでいくようだった。
私は、さっきの演奏のことから話し始める。
大好きな曲が、また一曲増えたような気がした。
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