第九十一章:メイド服の魔力
早朝。私はジャージ姿になって外を走る事にした。
寒いけど、綺麗な空気の中を走るというのは結構気持ちが良い。
学校の無い日は毎朝走ろうかな。なんて「絶対やらなくなるフラグ」をた
てながらも私は真っ白な息を吐きながら若干グレーな空の下をリズミカルに
走っている。
駅とは逆方向に走っているし、時間も時間なので知人どころか誰一人とし
て出会わない。
まあその方が気楽でいいんだけどね。
その辺をグルッと周り家の前まで戻って来ると――
「あ! お帰り裕海ちゃん……ってかどこ行ってたの、こんな朝早くに」
メイド服姿の姫華が――掃き掃除では無く新聞を取り込みに出ていた。
「うん! ちょっと走ろうかと思って」
「裕海ちゃん軽いから大丈夫だよ~」
違うから! って言おうとしたけど、昔から私は完璧なウソをつこうとす
ると絶対バレるので余計な事は言わないでおくことにした。
「ところで裕海ちゃん。今私の家誰も起きてないよ」
それは……つまり遠まわしに「キスなら今だよ」って言っているのかな?
――いやまさか、流石にそんな事は……
姫華のキラキラした目を見ると、あながち間違いでは無いような気がして
きた。
「えっと……じゃあ、しましょうか?」
姫華はクスッと笑い、
「わーい! 裕海ちゃん大好き!」
そう言って抱きしめた。
確かに誰も見てないけど、往来ではやめようよ! 往来は。
姫華の部屋にあがると、後ろから姫華に抱きしめられた。
「ひ……姫華?」
「お願いがあるの」
可愛らしい甘え声。
耳の奥がゾクゾクっとする。
「お願いって……?」
姫華は上目遣いで可愛らしく私の顔を覗き込み、
「これ……着てくれない?」
「え? それ?」
姫華が手に持っている物は今姫華が着ているのとは別のメイド服だった。
別に背中に大きなハートマークがあったりはしないけど、ちょっと姫華の
と比べると――若干スカートの丈が短いような……
「な……何で?」
「メイドさん同士のキス……憧れてたんだぁ」
それはそれは分かり易い理由をどうも……じゃ無くて!
確かに着てみたいとは思いますよ?
しかもその姿で姫華とキスできるなんて――何のご褒美ですか? って感
じですけどっ!
「ダメ……かなぁ?」
いや。着てみたいよ? でも何故か私の心のどこかで――それはダメだぁ!
って言っているの。
分かるでしょ? そういうの。
「それに汗だくなジャージでキスするのもなぁ……」
「分かったわ。シャワー貸して」
私は姫華に「覗くな」とだけ言ってお風呂場へと向かった。
別に走ったからといって一日で劇的な変化は挑めなかった。
まぁ……分かってはいましたよ? でも明日も走るか? と聞かれたら多
分私は首を縦には振らないだろう。
物事には順番って物があるからね。普段運動全然しない人が突然走ったっ
て変わらないって!
まずテニスとかバドミントンとか――ちょこっとできるような運動無いか
な?
――とまで考えたところでいつも灯がテニス部の帰りにヘトヘトになって
いるのを思い出し「あ、私には無理だ」という思いが頭をよぎり、姫華に卓
球でも教わろうかなぁ……
――というところまでランクを下げ、結局何もせず来年が来るんだろうと
予測して姫華の部屋のドアを開けた。
「待ってましたぁ……♡」
姫華がさっきのメイド服を見せ、私に「着て!」とでも言うように目を輝
かせた。
私はちょっと躊躇うポーズをして――長袖の服だけ脱いで、その上にメイ
ド服を着た。
流石にちょこっとゴワゴワする。
だからと言ってここで下着姿になるのはちょっと……ねぇ?
姿見を見ると――お部屋に可愛らしいメイドさんが二人並んでいる。
片方の――茶髪でポニテなメイドさんは、もう一人のメイドさんにぴった
りくっついている。
――あ。前者が姫華で後者が私です。
「ねぇ裕海ちゃん」
姫華の顔を見たと同時に――唇を優しく奪われた。
身体も密着させ「はふ……はふ」と味わうように甘い吐息が私の口の周り
をふんわりと包み込む。
姫華の柔らかい腕が私を包み込み、私の身体をもっとギュッと引き寄せる。
私も同じように腕をまわして姫華との距離を縮め――
「ぷはっ……♡」
お互いに理性を保てているうちに唇を離す。
あとでどうしようも無くなっちゃうと、色々と困る事になっちゃうからね。
「裕海ちゃ――」
私は姫華をベッドに押し倒した。
――別に変なことをしようっていうわけじゃ無い。
ただ。この格好で姫華と一緒にいられるなんて、もしかするともう無いか
もしれない。
だったらせっかくだし――その時間を楽しめるだけ楽しんだほうが絶対良
いよね?
私の後先考えないポジティブ心が発動しちゃったらしい。
もう止まれない。誰かブレーキかけてくれないと無理かも。
――一応私には「梨花という恋人」というブレーキがちゃんとあるから、
本当に後で「どうしよう……」となってしまうような事にはならないんだけ
どっ。
「姫華……♡」
「裕海、ダメだって――」
私は姫華の身体をギュッと抱きしめ、柔らかなベッドの上に転がっている
と――早起きだったせいもあってか、そのままウトウトと眠ってしまった。




