到神飛翔編 第3話
◆ ニノザEYES ◆
「お前か……ニノザ」
うん。待ってたよ。
僕は君のニノザだからね。当然、待ってたさ。
「またそれか。随分と懐かしい物言いだ」
ははは。何だって懐かしいでしょ、今の君には。
天文学的な闘争をしてきたんだもの。むしろ、よく覚えてたよね?
「あの日々は宝だ。忘れるわけもない」
うん、そうだろうね。
君は大切な宝を手に入れたみたいだ。見てたよ、ここから。
素敵な日々だったねぇ……ま、最初から見ていたわけじゃないけどさ。
「いつから見ていた?」
君が上手に産まれ直した所から。
あの瞬間から、君はあの世界で最も尊い存在となったんだ。
だから僕にも許された。ここから中を眺めることが。
「尊い存在とは何だ?」
世界という「卵」の中で、その「雛」であることを認められた存在のことさ。
世界を養分とすることを許され、育ち、世界を破って飛び立つ存在のことさ。
様々な面で評価され、選ばれるみたいだけど……ま、最強は絶対条件だね。
「俺やアイツらのことか」
うん。そう。
孵化したモノについては、区別して「宇宙諸神」と言うんだって。
ま、省略するなら「神」だね。
君は神に成り上がって、神々の戦争をも勝利したんだよ。流石だねぇ。
「誰が決めたことだ?」
うーん……君の語彙で言ったら、無空になるのかな?
でもさ、何か君って、それを1つの人格的存在だと誤認してる風だよね。
「違うのなら何なのだ?」
システム、じゃないかな?
ある目的をもって自動的に動作を続けるシステム。
ま、百聞は一見に如かず。それだよ。それが無空だ。
「この……作業機械か」
擬似的にそう見えてるね。でも概念的には機械と言って間違いない。
そうだなぁ……語弊を恐れずに言うなら……孵卵器。
卵を作り、君に前後した時期からは人工授精までするようになった、孵卵器。
「説明してくれ」
うん、いいよ。
僕は随分とここに居たからね。詳しいんだ。
まずは、ここがどこかを説明しようか。
ここは「階」と呼ばれる所。
高次の世界と低次の世界とを結ぶ狭間。降りたり昇ったりするから、階。
「降りたり昇ったりとは?」
あれ、そこで止めちゃう?
まぁ……いいけどさ。
より高い次元から、落ち零れるように、より低い次元へ降りていくモノがいる。
より低い次元から、成り上がるように、より高い次元へ昇っていくモノがいる。
そう、君は両方だね。
君は本来、もっと高次元の存在だ。
それがある日、落ちてきちゃった。ニノザ的には遺憾の意を表明したいね。
でも、今、こうしてまた昇っていく資格を得た。素晴らしいことだと思うよ。
「まさか……」
うん、そうだね。
君が戦って戦って戦い抜いてきた世界は、低い方だね。
あ、でも勘違いしないで。高低は優劣と違う。君の戦いは誇らしいものさ。
「その先は……」
うん、そういうこと。
ここを昇っていけば、君は再び、あの夜の池袋駅へと舞い戻る。
心配はいらない。日本時間で言えば数秒の旅をしただけ。次の電車に乗れるよ。
「……」
ははは……って、笑っちゃ悪いよね。
神々の勝利者たる君が、そんな、呆気にとられた顔をするもんだから。
怒ったかい? 何に対して? 僕に? 無空に? 君自身に??
「どういうことなんだ……」
だから説明するってば。止めたの君でしょう?
ここ「階」にはね、1つの補填機構が動いている。
君に限らず、高きから低きへ落ちてくる存在ってのは多いらしくてさ?
それじゃマズイから、低きから高きへ存在を押し上げようという機構だ。
その機構を、君は無空と呼んでいる。
無空は初め、深淵を創った。
そこへ、低次元から様々に集めてきた材料を、放り込む。
行われたのは実験だ。化学だよ。高次元へ送り込める存在を創ろうとしたんだ。
でも、上手くいかなかった。
色々と試したみたいだけどね……それこそ、とんでもない時間をかけて。
創れなかったんだ。高次元は無空にとっても上位だから。
ある時から、無空は方針を変えた。
自分で計算・設計できないのだったら、自然の進化に任せようとしたんだ。
あらゆる要素を凝縮して、化学反応が起き易い小さい空間を創る……「卵」さ。
君が世界と呼んだもののことさ。
何かが起こらずにはいられない、そんな可能性に満ちた小空間。世界。
世界という名の「卵」を、無空は試行錯誤しながら捏ね創ったんだ。
たくさんの「卵」が創られた。
その一方で、たくさんの「卵」が壊された。
反応鈍きは材料に戻され、反応良きの類似品へと創り直された。
例えば、さ。
君の世界に龍ってのがいたろ?
あの龍たちが産まれた世界は、かなりイイ線いってたみたいだ。
たくさんの生物が世界に溢れ、しかもそのどれもが霊的に強力。
麒麟が天駆け、鳳凰が舞い、霊鶴の声が涼やかに響き渡る理想郷。
力を与え管理者とした8匹の龍も、いい仕事してたのさ。
でもねぇ……そこまでだった。
突き抜けてくるモノは出なかった。循環という停滞。完結してしまったんだ。
何の新たな反応も起きない……それじゃあ、意味が無い。無空的にはね。
だから、ちょっとした劇物を注入した。邪龍をね。
龍たちは果敢に立ち向かった。激しい戦いは世界を散々に乱した。
無空の狙い通りさ。大きく変化したんだ。変化こそ進歩ってやつだ。
ところが……龍は邪龍を倒せなかった。幽閉し、世界の復興に乗り出した。
元に戻ろうとしたんだ。折角の変化を全て排除して、邪龍以前の状態へ。
また永遠の停滞へと回帰しようとしたんだ。無空は「卵」を壊した。
創り直したのは、管理者なき世界。
何の特別な力も与えず、完全な自律進化に任せてみようと思ったんだね。
しかしまぁ、これが何とも反応が鈍い。遅々として進化が進まない。
創り直そうとした矢先に、面白いことが起きた。龍たちだ。
力を与えすぎたものか、彼らは生き残っていたんだね。
その彼らは「魔力」を世界に注入し、化学反応を爆発的に引き起こしたんだ。
無空は歓喜した。
世界はどんどんと進化し、瞬く間に突出した存在が生じ始めたからだ。
非常に優れた例として、類似した世界が無数に創られたようだよ?
けど……残念、あと一歩が足りなかった。
反応の連鎖は止まり、結局は龍みたいな存在が70個ほど生じただけ。
でも本当に惜しかったから、無空はそれを保存することにした。魔界だね。
そして創られたのが、君の故郷世界。
存在同士が衝突し易いように、最初から調整された世界。
勿論「魔力」も注入した。何種類も。進化を促進することはわかっていたからね。
他世界の経験も活きてる。世界をメインとサブとに分けるところとか。
会心の作だったと思うよ?
戦争が常態となっていて、各種の魔法が研究開発されている世界だ。
魔界、天界、精霊界がいい感じで争いを補助し、激しくさせる世界だ。
無空は期待をこめて観察した。今度こそは、と。
変化し続ける世界。突出した存在が出そうになったり、引っ込んだりする世界。
惜しいんだ。変化は止まらないが、その勢いは少しずつ衰えてきた。焦った。
ここで無空は実にユニークなことを思いつくんだ。
低次元を漁るのではなく、自らの力で劇物を創るのでもなく。
劇物を捕まえたんだ。この階の世界で。
落ちていく存在を、落ちきって形が変わる前に捕まえて、劇物に仕立てたんだ。
アレだね。
さっきも言ったけど、イメージとしては人工授精とかが近い気がしないかい?
世界という「卵」に、存在背景の違う1ピースを用意して、注入するんだ。
あちこちの「卵」で行われたんだけども。
君の故郷世界について言えばね、注入された劇物の名は、イリンメルと言う。
元は入江恵さんという、日本人女性らしいよ。
ただ送り込むんじゃない。
それもやったみたいだけど、すぐに死んじゃうんだよ。
例の魔界以降の「卵」は、どれも戦乱の世界だからねぇ……危ないよね。
で、彼女は1つの力を与えられた。
錬金術という力だ。何でも創れる。『創世力』のごくごく僅かな1欠片だね。
その世界にあっては破格の力さ。周囲に影響し、反応が連鎖すると期待された。
ところが! これが予想外にも!
何にも起きなかったんだよ。このイリンメルって人、周囲と関わる気ゼロなの。
君も会ったことないみたいだけど……彼女って大賢者なの? 大馬鹿なの?
まあ、いいさ。
とにかくこれには無空も失望してさ、次の注入因子を探しはじめた。
それなりに特別視していた世界だからね。すぐには創り直さなかったんだよ。
さて、そこで1つの思索が為される。
先の龍といい、イリンメルといい、共通の欠点がある。
無空から力を与えられた存在は、どうもそれに安住してしまうんだな。
チートって言うんだっけ? 覚悟なく与えられた力は、覚悟を阻むんだよ。
あちこちの「卵」で同様の現象が見られた。全てではないにしろ、ね。
内容はそれぞれでも、概して発展性のない閉鎖的な世界になるんだ。
望ましくない。無空にとっては、龍の理想郷の二番煎じさ。
以上のことから、力を与えることは状況を打破しない。
一方で、外部からの刺激がなくては突き抜けた存在は生じそうもない。
ところで、変化を誘発するのは争いだと、無空はそう信仰している。
「……『白』か」
そう、その通り。
注入する因子自体を、競争によって淘汰選別して、強化しようという狙いさ。
落ちてきた存在を2000万個ほど寄せ集め、争わせ、強なる1個を厳選する。
君さ。
君はそうやって選ばれた、強なる1個の内の、1人だったんだよ。
何の力を与えられることもなく、しかし世界には充分に劇物となりうる存在。
争いを刺激し、拡大し、世界を変化の坩堝にすべく注入された存在。それが君。
無空の試みは成功したと言えるね。
だって君は、見事、突出した存在となった。
本当は世界という殻を破って誕生するはずだったけど、そこは君らしかったね。
そうして神となった君。
そこには安息どころか更なる戦争が待っていたわけだけど……君は勝利した。
深淵で最も偉大なる存在へと成長し、ここへ到達したんだ。
流石だよ。
流石は君さ。
僕もね、君のニノザならしょうがないって、そう思える。
「お前は……何者だ?」
まだわからないの?
やれやれ……そりゃないよ。
どれだけ君を応援してると思ってるのさ?
僕は君の最大の理解者にして、最大の応援者。
誰よりも先に君と出会っているし、君の最大の好敵手でもあった者さ。
君は勝ち、僕は負けた。だから今がある。君がいる。
「ニノザ……にのざ……」
じゃあ、ヒント。
君の日本における両親は、僕の両親であったかもしれない。
君の日本における妹は、僕の妹であったかもしれない。
場合によっては……君が僕であり、僕が君であったかもしれない。
「にのざ……2の座……2番目の座?」
正解。
僕は君の2の座。2番目に位置する存在……存在予備軍。
存在することのできなかった、産まれることのできなかった、もう1つの可能性。
「馬鹿な……そんなものが……」
そんなもの呼ばわりは酷いなぁ。
実際、惜しかったんだよ? 最後は君と僕の競り合いだったんだから。
卵子へ到るデッドレース。億単位のバトルロワイヤル。受精を賭けた死闘。
君は優勝し、受精して、有馬勤として誕生した。
僕は……何も報われない、準優勝者さ。
まぁ、その中じゃ幸運な方かもね。
こんな不思議な世界で、優勝者たる君と会話ができてるんだから。
この奇跡に感謝しつつ、改めて言わせて貰おうかな?
何やってんだ、落ちてくるなんて。しっかりしろよ!
僕なんかに、ニノザなんかに励まされてどうするの!
でも、良くやった! 登ってくるなんて。流石は僕たちの代表だ!
お見事だよ。本当に凄い。僕たちの敗北は偶然じゃなかったんだ。
君はね、誕生したその瞬間から、勝利者なんだよ。
落伍した僕らなんかとは違う、特別な存在なんだ。王なんだ。
数億という、可能性のままに消えていった僕らが、愛慕して止まない王。
僕らの憧れであり、僕らの夢であり、僕らの光さ。
ねぇ、君。
君は本当に強い存在だ。
僕とも競った数億の戦いに勝った。『白』では2000万人の中で勝った。
「卵」の中でも勝って尊く在り、深淵の天文学的な争いにも勝利した。
ありがとう。
君が在ることの、何て在り難いことか。
僕は君を応援し続けるよ。これからも。
母のそれとも違う、父のそれとも違う、僕の特別な立場から。
僕は君のニノザ。
2の座だけど、唯一、僕が1番のものがあるんだ。
それはね、愛しの君。
君という物語を、誰よりも近くで、誰よりも早く、誰よりも深く読めるってこと。
君の大ファンなんだよ、僕は。
いつも君を思っている。応援している。
だから、進みなよ。先へ。
落ちてきてからというもの、君はいつだって先を目指してきた。
本当は、その前だって、先を目指す人間だったはずなんだ。
どうしてか先を見なくなった。後ろばかり見るようになった。
望みを絶った。希望を失った。現実を無視するようになった。
空想や幻に逃避していたんだよ、君は。
それは……きっと1つの躓きなんだ。
君は立ち上がれなくなっていた。心はどんどん閉塞していった。
そして……落ちてきたんだよ?
でもそれは、これからの全てが失敗だってわけじゃないだろ?
実際、君は本当に凄かったんだ。自慢したいくらいだよ、僕は君のニノザだって。
こんなに偉大なんだって。こんなに頑張れるんだって。
ここは階の世界。
昇るための梯子は、ほら、そこにあるだろ?
全ては君が決める。
君には全てを決める資格がある。
僕はそれを……この特等席で見守っているよ。
さぁ、選択の時だ。
君は、先へ進むかい?




