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62:魔法が解ける時

 


「キング……追いかけてきたんだ……」


 "オーメン・ニムロデノイン"──そう呼ばれたオーメンが壊れてしまったところを見て、ボクは理解した。

 だってトラウマの時もそうだったから。

 "フレナイロ・バーバリー"……それはトラウマの名前だったんだろう。ここでコードネームをつけられてしまう前の。


「オーメン・ニムロデノインって、知ってる? 滅びの呪文なんだよ」


 自在に現れたキングが言ってのける。


 ボクはカッとお腹の底が熱くなった。怒りだ。


「そんなものじゃないでしょ。本名を呼んだらピエロの仮面は壊れるんだろうね……」

「おや。"気づいてしまったのは"どうして?」

「それをボクの口から聞きたいのはどうして? きっとキミも気づいているでしょうに、ボクの口から言わせることにどんな意味があるのか教えて?」

「一本とられちゃった」


 キングがしゅんとする。誤魔化そうとしているんだ。あのしぐさが”見せているだけのもの”だって、ピエロを見てきたボクにはわかるよ。

 思わず一歩踏み出す。


 首を締めたっていい。

 それが一番怖いってこと、ボクは知ってる。

 怒り。怒り。怒り。怒り──


「リュウくん!」


 ナギサの声。

 スローモーションのように流れていた時間が、現実に引き戻された。


 パアン!


 破裂するような音とともに、お腹が物理的にじわりと熱くなる。


「ぐっ……!」

「リュウくん! 撃たれたの!? え、本物の銃!?」


 いつのまにかキングの後ろには、二人の大人が立っていた。


 はあ、とキングは本意ではなさそうなため息。


「”容赦のない彼ら”はボクの護衛なんだ。だってキングだもの。このククロテア王国ならびにサーカス団を支配するものが、いなくなっちゃあ困るものね」

「……キング……いなくなることが、できるって、ことだね?」


 また銃を向けられたので、ナギサがヒッと喉を鳴らした。


「リュ、リュウくん、もう喋らないで」


「困った。このピエロたちは珍しいくらい利口な子たちじゃないか。”友達”を守るためにも今は動かないことにしているらしいそこの赤と青の二人も。今になってそんなのが現れるなんて! いや、現れたからこそのサーカスの現状なのかなあ。

 どうだい、キミ、次期サーカス団長になってみないか?

 リュウを推薦してあげようか!」


 キングにはスポットライトが当たる。

 どこからともなく。この空間も彼のものだって証明するように。


 ボクらはキングを眩しく見た。

 けれど憧れなんかじゃない。

 ただ眩しいだけの、仲間を傷つける邪悪なものに見える。


「お断りだよ」

「うーん。だったら利口な子なんて、厄介でしかないから最下層にしまっておくしかないね。そうしてお前は落ちこぼれピエロになってしまったんだよね。スポットライトを当てられず、いつしか腐り落ちるのを待たれるだけの、倉庫の守り人になったんだね。そうしておかないとサーカスは危険だろうって幹部たちは気づいたんだろう。

 でも、そこから這い上がってきてしまったね。ボクのいるところまで」


 キングはお喋りしながら、ボクの方に一歩近づく。

 そのついでに銃を向けていた大人の腕を、制して降ろさせた。そうしてくれたのは良かった、けどさ……。


「別に……キミを目指していたわけじゃない……」


 一歩ごとの威圧感。

 見てはいけないものを無理やり近づけられているような、危機感。


 本能が警報を鳴らしてる。

 キングの深くかぶったフードの下とか、絶対に見ないほうがいいんだろうな。


「ああ、そうだった、そうだった。リュウは、転移の鏡で元の世界に戻りたいんだっけ」

「……そうだよ……」

「オーメンと一緒に?」

「……そう、だ……」


 目をそらせない。

 ボクが勇気を出せたのか、言わされたのか。

 キングと混ざるような世界と一体になるかのような変な感じがして、気がついたら口からこぼれていた。


「聞き届けた! ”落ちこぼれピエロのリュウはオーメンと一緒に転移の鏡を潜りたい”──これがククロテア王国に刻まれた。するとどうだ、君は転移の鏡をくぐるためにオーメンを助けなくてはならなくなった」


「……もともと、そうさ! オーメンを助けられなければボクのココロは壊れちゃう。たくさん助けてもらったから、今度はボクが助けるんだ。そうやって生きられなくなったら、それはもうボクじゃない誰かだから」


「キングの報酬なんかじゃないって言われたようだぞ? おっとステイ、撃つな」


「「無礼です」」


「ルール上はそうだね。でもボクはキングだ。言うことをきかないお前たちがルール違反さ」


 冷や汗が止まらない。どろどろに自分が溶けていくかのようだ。


 今ボクのココロを支えてくれているのは、オーメン・サカイ・アカネ・ナギサがここにいるってことだけだ。ううん、ボクもいる。みんなで帰る。しっかりしろ。


 キングは側近たちをダラリと指差す。


「正直、アレらは幹部と同じなんだよね~。ボクが上にいるから媚びているんだ。ね、リュウ、銃を向けないようにもう言ったからね! でもキミは葛藤してるだなんて、ああ、ココロがあるって面白い!

 感情には一定の法則があるし、リュウのようなイレギュラーも生まれる。もっともっともっと、新しい一面を見せてボクを楽しませてよ!」

「観客になるつもり?」

「支配人だってば。クスクス、クスクス」


 でもやはりキングは観客のように、座るしぐさをした。

 手に持っている風船だけでふわんと浮かんでいるのはファンタジーな風景だ。


 そしてライトアップの場所を指先ひとつで変え、ボクら4人を照らす。

 あちこちから差し込んだライトは星型になった。


「ちょうどいいルールがあるんだ。それを使ってゲームをしよう。”本当の望みをかけて魔法を使う”……ってルールを使わせてあげる。

 君たちは制限時間内にオーメンのカケラを組み上げて仮面を元に戻すんだよ。

 そうできたら本当の望みが魔法のようにもたらされるだろう。キングから報酬のプレゼント。ファンサポートももらえるかも。ね、サーカスのしくみと同じだからわかりやすいだろう?」


「ボクたちにデメリットは?」


「君たちのココロを吸い上げて魔法は完成し、オーメンのココロが出来上がるだろう。その負荷ってところかな~」

「パフォーマンスは命を削る。いつもと同じだね」


 ここはもはやサーカスの舞台。

 いざ、ショー始まりの礼をしようとしたところで……


「そういうの、君はとくに慣れていそうだよね! 龍──」


 自分が割れかけるような気がして、硬直した。

 これ、今もっと動いていたら骨がバラバラになったんじゃないの!?

 オーメンの仮面が割れたみたいにさ!

 なんでボクの体にダイレクトだったのかはわからないけど!


「本名を今言うのはマナー違反じゃないの!? 抗議する!」

「キミは面白いねえ。からかっただけだよ。ピエロがいつまでも笑わないからブーイングしたくなったのさ。さあ笑え。ボクを楽しませて。とっておきの輝きの魔法を見せて。<──It’s Show Time──>」


 あちらの号令で始めたかったのかな。

 やれやれ、とココロの中で親指を下に向けながら、ボクは礼をした。

 本来の”龍”はわりとスレた青年だったんだよ。


「よーし、やるっきゃないなら、やったろうじゃん。みんな!」


 足元にオーメンのかけらを並べる。

 これを完璧に元に戻せたら、"ボクら"の勝ちだ。


 サカイはボクと、アカネはナギサと一緒じゃなきゃ鏡を通りたくなくて、ボクはオーメンとも一緒がいいし、ナギサは付き合ってくれるらしいから、結局みんなでやらなくちゃいけない。


 カケラを並べながら、ぶつくさと文句は出る。

 だって銃で撃たれないし、キングはむしろココロを見たいらしいしね。


「……俺たちはココロが少ないから、リュウのココロばかり取られるんじゃねえの? それは嫌なんだが」


「やる気があるならココロが増えるから、リュウくんをハッピーにさせてあげるのが一番だよ。さあみんなで盛り上げよう~。でっきーる、でっきーる!」


「初耳なんだがナギサ。それもっと詳しく……」


「説明より実践だよ。フレーフレー!」


「っだー!? 応援団の衣装に変えられた!?」


「サカイはよほどこれが嫌だったようだな。おかげさまでココロが爆発したようじゃないか。この調子だな、はははは」


「笑ってんじゃねーぞアカネもこういうの苦手だろーが」


「誰かの応援なんて反吐が出る。私をエネルギーとして消費しやがることが嫌いだ。でもリュウなら、まあ」


「……まあそれは、まあ……」


「フレーフレー! リュウくーん!」


「ありがとう。元気出た」


 オーメンのカケラをひとつ並べるごとに、異常な疲れがある。

 けれど回復するものもたしかにある。ナギサがそんな裏技を学んでいたとは。

 みんなでここまでくるのが苦しくとも嬉しかったから気づけたのかもしれないね。


「ピエロのトークショー聞いていいよ。キング」

「すでに面白いんだけど。もっともっともっともーっと、楽しませてちょうだいね」




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