58:キマグレ団長宿す落ちこぼれピエロ
オーメンが言ったんだ。「リュウ助けて!」って。
ボクが助けることができるというならば、喜んで。
それが”君”のためだというならば、こんなに嬉しい事はない。
落ちこぼれのボクにだって、生きていて役に立つことがあるんだなあって。それを生きる意味にしてもいいだろうか。
おそらくこれまではずっとボク自身が許せなかった。役立たずのくせにってボクが一番思ってた。けれどようやく(ねえ、助けてだって!ボクに!)……温かいものでココロを覆えるような気がするんだ。
ここで”本当に”役に立ちたい。
ボクがボクを許すために。
それに、本当に役立てなかったら壊れて消えるしかないんだからね……。ボクもキミも。
そんなのは嫌だから、あがくに決まっているよね。
崖っぷちに追いやられるからこそ、シンプルに研ぎ澄まされていく。
負けたくない。
そして、逃げたい── それがボクらの勝ちだから。
(スゲーー! リュウらしいキュートな感じと俺様のカッコイイ感じと、めちゃくちゃいい感じに混ざっていくジャン。俺様の仮面、真っ白の仮面、もしかして見えちゃう範囲が広がってる? 手足はちょっと縮んだけど前のリュウよりはのっぽさんって感じ。キュッと体に沿うような白黒のミドルエイジ・スーツが豪華だネ! マントの下にある魔法カードはちょっと子供騙しのが多いかな?)
(解説ありがとうオーメン。おかげでボクの状況がわかったよ。……さっき固まっていたトラウマがさっそく動き出したから、ボクは即座に対応しなきゃいけなかったから、ね!)
がきん!とボクが振り回した杖が音を鳴らす。
暗闇から放たれた投石を阻んだ。
ああ重かった、腕がちぎれるかと思った。けれど直撃したらミンチにされていたからこのダメージで済んだなら御の字だ。
その衝撃で、杖からはポンと花が出る。そんな仕様なんだ。彼岸花をまじまじと見てしまった。
(うおーい、カッコイイようなマヌケなような……お客様は大喜びの大笑いだと思うぜ)
(マヌケは余計! 見ててよ、もっと良くできそうだからさ)
見たら、考える。
頭の中で、ひらめく。
ボクのココロにいるオーメンがその感覚を”正解”と補強してくれる。
花束のようになったステッキの先でくるりと円状に床を撫でた。
すると床一面が花畑になる。
物がとびかうたびに、紅蓮の花粉を舞い上げさせる。ボクは首元の布で口元を覆った。
トラウマが「ぶえっくしょい」とくしゃみをしている。
ラッキー、投石の範囲をミスした。
勝負はどちらかを叩き潰すのではなくて五分五分の実力の方が面白くなる。
やられかけている方が反撃するたび、お客は盛り上がる。
サカイと組んだフルムベアーのショーで、その熱気を学んだ。
(花粉には毒があるみたい。オーメンは毒々しい魔法を使っていたんだね。綺麗だけど危ないよ?)
(なんか俺様よりもリュウの方がそーいう魔法を使いこなしてるんじゃね?)
(それはきっと、君の過去を見せてもらっちゃったからかな)
(イヤーーーーン!)
(うーん。あのキマグレ団長姿でイヤーンと言っているのを想像してしまった……面白すぎるね)
(恥ずかしいぞ!? 俺様のこの性格って、マスコット的な素敵仮面だったからこそ生まれた第二の人格みたいなもんだし!? さっきも必死にカッコ良さを保ってたのに。団長姿とコラボさせないで!? ……ん、わざと煽ってない?)
(正解。君がハイテンションになるほど、魔法の威力は上がるらしいよ)
トラウマがボクを捕まえようと、大きな手を動かす。
彼岸花をかすったとたん「燃えて!」花々はこうすれば炎に変わる。
ちょうど、オーメンが恥ずかしがったタイミングでこうした。
ほらね、できた。
炎を使う感覚は、サカイのココロを見せてもらった時に習得していた。
(リュウさあ。すーぐにそうして誰かのこと分かっちまうんだよなあ)
(見てることしかできなかったから……。ずっとボクは落ちこぼれで弱くて、みんなを見ているだけだった。だから人よりも観察はできていたと思う。
みんなの輝く特技が、羨ましくて妬ましくて……そういう黒い気持ちって底力を磨くよね。そして今のように体が追いついてきてくれたから、やってやろうじゃんって白い気持ちで動いてる)
トラウマが潜ませていた魔法科学装置から鎖が放出され、逃げ場をなくしていく。
そのうえ触れたらビリビリと電気が流れるようだ。
ボクが花粉対策したように、トラウマだけが電気対策をしている。
ボクの肌に焼け焦げた跡を作っていく。
じゅう、と肉の焼ける音がする。
けれどわずかに削れた程度で済んでいる。
オーメンのワープを巧みに使わせてもらい、鎖は避けることができた。
(こんなに反撃できるのって面白いくらいだよ)
(ぶっちゃけ俺様はリュウの理解度に感服だぞ)
(ああいうこともこういうことも全部できる。この体ならね)
マントの下から魔法カードを引き抜いていく。
笑っちゃうくらいに、この場において必要なものが必要なタイミングで引けるのだ。
オーメン……というかキマグレ団長がもともと持っていたのであろう”引きの強さ””選ばれるべくしていた人”というものを体感する。
爆弾には、包むように回収してしまうフーセンガムのカード。
床下にサメのように潜んでいた魔法科学オートマタには、制御混乱させるための花火のカード。
鎖には、鉄喰いハムスターのハズレカード。
ここに観客がいたら大笑いしたんじゃないかな?
(守るばかりで反撃はできてないね)
(それはあっちも同じだろ)
(でも削り続けていたらあっちが先に倒れるはず。空間魔法なんてものすごくココロが削られる、人の精神が扱えるようなものじゃない。そうなんでしょう、オーメン? ボクらの目標はここから逃げることだから耐久戦でも──)
(ああ。すげーよ大正解だ。ただしな、ただし。敵さんがズルをしなきゃあって話だぜ)
(ズル、これ以上するの?)
(そういうところはリュウは真面目ちゃんだと思うぜ)
(ボクのいたところでは日本人には真面目が多いって言われてたっけな。良くも悪くもね。いいところとしては親切丁寧なサービスが受けられる。悪いところとしてはブラック企業にも従事してしまう)
(リュウの記憶にあった”病院”の思い出? 俺様だって見ちゃってるんだぜなめるなよ。んもーかわいそうじゃーん! ぐすっぐすっ……)
(かわいそうとか愛玩動物扱いしないで。そんなものに助けてって言ったの誰?)
(俺様。……さて、トラウマがズルをしちまうだろうぜ。しっかり”倒せ”)
(つまり、殺せ?)
(あのねー俺様がせっかく言葉を選んでるのにさー!)
(でも明確に言ってくれないと間違えてしまうよ。ただでさえトドメを刺せるのか、ボクは初体験なんだから……)
(リュウは”倒せ”そこまでしたらまた俺様が入れ替わって”殺す”。それが一番まっとうだ)
(……)
(……)
ダンダンダンダンダン!! ドンドン、キンキンキンキンキン!! バシュッ……ドドドドド!!
やりとりのスピードが上がっていく。
もう体の感性に身を任せなければ、腕も足も対応が追いつかない。
キマグレ団長の経験に身を任せるしか方法はなく、その通りにしたものの抱えていた不安は、体感しているこのバトルを前にしたら、消え去ってしまった。
ただの攻撃だったら本当に、このキマグレ団長という人の技術が、すべてさばいてしまうだろう。
ズルをするのだろうか。
(……とりあえずボクが倒すところまでやろう。あとは応相談ね)
(お優しいなっ俺様の超大親友は)
(はいはい。……)
トラウマがきしみを上げながら叫ぶ。
「ああ、ああ、ありがとうございますKING様!!!!」
(KING……変な発音。キング、王様?)
(くるぞリュウ!!)
それは一瞬のことだった。
圧倒的な理不尽だった。
普通、攻撃といえば、相手がいて繰り出してくる技のはずだ。
けれどただの時間のつながりの中で、なんの前触れもなく、次の瞬間にはボクは囚われていた。
両手両足縛られて。
断頭台の拘束の中へ。
すでに首は固められて。
あとはナナメの金属の刃が落ちるだけ。
「ちょっ、ズルーーーーーーい!!」
──ザクッ。
転がった”頭”のほうに意識は宿るらしい。呆然と、縛り付けられたままの”体”と、外れてしまった”オーメン”を眺める。
そしてボクの頭に声が響いた。
誰のものかもわからなかった。
(”死の間際に輝くものよ。そなたに尋ねよう。その輝きをどのようなものにしたいかを。
もっとも命が濃い今において、そなたが望むものを申してみるがいい”)
(なるほどこれか。トラウマが願った原因は……)
(”そんな悠長にしていていいのか?クスクス”)
(え、会話可能なの?)
それにしてもなんて邪悪な笑いだろうか。
背筋がゾッとするような心地だ。体と離れちゃっているけども。
いや、断頭されているからね。
ボクは転がったアタマから、カラダをみてる。
オーメンが「リュウー!」とボクを呼ぶ。
「ここって空間隔離されてっからさあ! 普段の世界の法則とかは通じないわけよ。だから体動かして頭くっつけてみ! んで、俺様もっかい装着してみ! できるから、やろうぜ~~~!?」
「──」
なんて情けない声なんだ。
って言おうとしたら血を吐いた。
これはアウトなんだな。黙ってよう。判定がいろいろと雑なんだろうなあ。
体よ動け、とイメージしてみる。
よたよたと動いてくれたから、ボクの頭を拾わせて、首の上に乗せさせた。
グラグラするけどなんとかなっているようだ。ああよかった。
あと、トラウマにかすめ取られそうだったオーメンのところに走り込み……間に合わない!
ボーリングのようにボクの頭を投げた。
なんとかなるだろ!
(”アハハハハハハハ”)
うるさいなあ。
オーメンの仮面に噛みついて、トラウマに盗られることは避けられた。
体がずべしゃっと転んでしまい、そこに頭がくっついてくれた。
キマグレ団長のラッキーが残ってくれていてよかったよ……。
ちょっとナナメだった首を「ぐわし、ぐきっ」と元の角度に戻して。
(”そなたたちはまだ死に際じゃないらしい”)
(そういうこと!)
(なんでお前たちは会話してんの!? どーいうこと!?)
近くにあった魔法科学道具を拾い上げる。
ラッキー、使わせてもらおう。トラウマはかなり消耗している。
ガトリング砲をぶっぱなすと、暗闇のカーテンに穴が空いた。
それはまるで夜空の星のように。




