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54:転移の鏡を使うということ



 オウマさんと共有したままになっている瞳から、彼が転移の鏡を通り抜けていく光景が、ボクにも伝わってくる──。あくまで景色だけ。けれど心臓がどくどくと興奮に脈打つのがわかった。



 オウマさんはまず、転移の鏡を通ったあとに、不思議な異空間に浮かんでいた。

 ”待機所のようだなあ”……と彼がいう。


 さみしいところだった。

 真っ暗なんだ。ククロテア王国の空にへばりついた夜のような色。

 この部屋の宇宙空間のように果てがないわけじゃない。のっぺりしていて、真っ暗だけど行き止まりがある部屋のような感覚を抱かせられる。


 そこでオウマさんはもう一人の自分に出会った。


 半透明だ。


 そのもう一人の自分はオウマさんの方(つまり視界を共有しているボクの真正面ってこと)を見つめていて……しばらくキョトンとしていたけれど、ニッとさわやかに笑った。イタズラっ子なお兄ちゃん、って印象がある。オウマさんから毒気を全く抜いてしまったらこんな表情になるのかな。


 オウマさんは拳を突き出し、もう一人の目前のオウマさんもそうした。

 拳がコツンとぶつかった。


「行ってらっしゃい、俺」

「そちらはお疲れ様、俺」


 どういうことなのかオウマさんは理解していて、ボクも理解から実感に導かれる。ああ、全部わかった。


 一つ、待機所というのは”ククロテア王国という世界の待機所”。

 二つ、そこで魂と身体が分かれる。

 三つ、魂とココロ、というのが元の世界に帰ることができるもの。

 四つ、体とココロの名残、というのが役割を終えたもの。

 五つ、この二つが対峙するのはタイムリミットがある。ずっと待機所にいるとまた融合しそうになってしまう。


 魂を持つほうのオウマさんは、踵を返した。

 真っ暗闇の壁のようなところに手をかざし、うすい光の幕を通ることを許されているみたいだ。


 この光は神々しいけれど、ククロテア側の暗闇を照らしてくれることはなくて、幕のところを境目にして、あちら側にだけ光は収まっている。

 世界を分けるためのもの、なんだろうな。


 この幕をちょっとめくったところで立ち止まり、魂のオウマさんが名残のオウマさんに話しかけているのは、なんとも彼らしいなと思った。


「なあ、これさあ、元の世界に戻ってみたらけっこう時間が過ぎてそうだぜ? いや、それよりもなんていうか、時間が過ぎていなかった……って表現のが正しいかもしれねえ。気になってるだろうから俺への餞別で俺が教えてやるよ。

なあ、ククロテアで過ごして”いた”時間は数年だっただろう。そして元の世界では数日みたいだ。だって俺のあちらの抜け殻の周りにいるやつらの動きがスローモーションみたいに見えてる。

 つまり、転移しちまった当時の時間そのものに戻るってことはなさそうだな」


 一番オウマさんが望んでいた理想はそれだったのかな。

 ちょっと残念そうに言ってる。


 もう一人の彼の体は、手を叩いて笑った。


「それは面白いな。時間の流れの違いはあるかもしれないと思っていたが、まさか俺が明確に知る機会があろうとはなあ。知ることは楽しいなあ。楽しいなあ。楽しいなあ」


「……お疲れ様、俺。体に残っているココロが”楽しい”であることを喜ぼう」


「ありがとう、俺。戻った先では身内がよくよく喜んでくれるだろうさ。土産話をたくさん聞かせてやってくれ」


「了解、俺」


「さよなら、俺」


 二人はもうお互いにけして近づかなかった。


 そしてオウマさんは光の中へ──元の世界へ──……。


 ”魂の名残、抜け殻の身体”の方は満足そうに、暗闇を揺りかごのようにして眠ってしまい──意識は途切れ……。



 ボクは、ボクの現実に意識を戻した。


 埃っぽいカーテンと冷たい金属のにおい、薄暗い裏通路。


 いつのまにか泣いている。

 幸せな涙だと感じられた。


 ……こんなふうに転移をするなんて予想外だったけど、きちんと自分のココロと折り合いをつけられて、笑顔で帰ることができるんだなって知ったから、胸がとても熱くなってる。


 ピエロの転移は、魂の転送に近くって、それは神の所業のようだった。


 そんなところに手を出してまでも脱出劇を成し遂げようとした意味が、あるように思えたから、よかったなあ。



 オウマさんは故郷でもきっとうまく生き続けるだろう。

 亡骸サーカス団を相手にしてよりたくましくなったお兄ちゃん!として蘇るはずだ。


 当初の彼の目的である「ククロテア王国に一矢報いる」こともできている。

 元いた世界で、つらかった日々を取り返すくらいに楽しく過ごしていってほしいなあ。


 祈るように手を組む。


 その時、オーメンがすぐそばで身じろぎした。

 あ、窮屈だったかな? 体育座りのような体勢で手を組んだから、膝に乗っけていたオーメンが腕と太ももの間に挟まれちゃってたし。


「リュウ……。……ワープが出来そうだぜ〜……」

「本当!? お願いしてもいい?」


 ボクは飛びつくように口走った。


「ああ。サカイとアカネでいいんだな?」

「それをわざわざ聞くのは、ボクとナギサをあの鏡の近くに送ることを優先しなくてもいいのか、ってことなんだろうね……。うん、そっちじゃなくて、サカイとアカネにしてほしい」

「じゃあ決まりだ。だが覚悟をしな」

「覚悟……?」


 オーメンが「よっこらせ」とフラフラしながら浮かび上がった。

 少し離れて座っていたナギサが「オーメンくんが元気になったんだね!」と笑顔を見せてくれる。

けれどそれが頭に入ってこないくらい、オーメンのシリアスな雰囲気に呑まれる。


「俺様がすぐに動けそうなくらい、サカイとアカネの反応が近いんだよなあ。けれどそれって幹部を倒したから来てるとは限らないじゃん……? オウマが先に来たってことは、あいつらは2体1で幹部を相手にしてたってことなんだから……」


「!」


 オーメンが言いたいことは……最悪の場合、サカイとアカネの死体をぶら下げたトラウマがこっちに向かってきてるかもしれないってことだろう。

もしもさらに幹部が増えてネコカブリと合流でもしていたら、死体を意のままに動かされている状態のサカイとアカネが、敵対した状態でやってくるかもしれない──。


 自分たちがやったことだからこそ、発想が恐ろしさとなって返ってくる。


「いやそりゃ考えすぎだろうけどな。あんな作戦リュウにしか思いつかないって。……ま、警戒はしておいたほうがいいだろうってこと」


 ボクが強く考えたため、オーメンはボクの思考をダイレクトに受け取ってしまったのか、ぶるりと身震いした。


 オーメンが考えていることが伝わってくる。

 ボクのことをちょっと恐れている。


 様々なピエロの性格を受け入れ続けて、どこか変質しているのであろうボクのことを……ちょっと怖いと思う気持ちが、彼にはある……。

ごめん、真っ白なままのボクでいられなくて。

けれど君と協力を願う気持ちは本当だよ。


 と、強く考えるとそれも伝わったみたいだ。オーメンがニヤリと笑う。


「何があっても折れやしないな? リュウ」


「もう何があろうと、ボクはボクを信じることにしたよ」


 ボクの背がまた少し伸びたような感じがする……。


 思い出すのは過去の自分をほんの少し。ボクは元の世界で、自分のことなんて信じないような暗くて惨めな男だったな。


 サーカスに来てよかったとは絶対思わない。

 けれどサーカスに来てよかったこともあった。


 キミたちの手を取ることを迷いなく選べるからだ。


「サカイとアカネを呼んでほしい。ナギサもそれでいい?」

「当然だよっ。あわわわ、傷を癒すためのグッズを用意しておかなきゃね……」


 ナギサがわたわたと慌てながら、自分のスカートの下から臨時医療ポーチを出し、中を確認し始める。


 ボクは彼女に背を向けて、オーメンに強く願った。


 ボクの本気がきっと伝わった、よね?



「── ── ──」


 オーメンが唱えたのはボクたちが使う魔法のもっと根源的なもの──。

 サカイのような上級ショーマンすらもはるかに超えて、ようやく扱えるようになる特別な魔法”ワープ”。

 まだボクたちには唱える言葉を聞くこともできない。これが理解できるような存在になるまで、知ることを許されていないのだろう。


 その詠唱は、ただただ綺麗な音楽のように聞こえていた。


 魔法陣というものは生じず、けれどサカイとアカネが「フッ」と現れる。


 息を呑んだ。


 綺麗な音に酔っていたココロが、一瞬で現実に引き戻される。濃い血のにおい。


「二人ともひどい怪我だ……! 刃物で切られたような服の破れ……トラウマってこんな攻撃もしてくるの!? ナギサ……!」

「うんっ。まか、まか、まかっ……せてっ」


 ナギサが目を大きく開いて顔を青ざめさせながら、それでもポーチからテキパキと道具を取り出して、応急処置を始めた。

 その表情に表れている。”私も強い回復魔法が使えたらよかったのに……!”って気持ち……。


 驚いたことにナギサは糸を通した針を取り出すと、アカネやサカイの傷を縫っていった。そんなことまでできてしまうなんて、驚きだ。怖がりで優しい美少女、というふんわりしたイメージはすっかり上書きされてしまった。


 たのもしいナギサのことが前よりも更に好きだ。


 ボクは、そんな三人を背中にかばう。


 ”あの部屋”につながる裏扉を守り、傷ついて治療中の三人を守るために。

 そして追いかけてきているであろうコードネーム:トラウマ……と、もしかしたらその他の敵に向き合うために足を奮い立たせる。


 白い仮面にはもうさまざまな色がこびりついている。

 真っ白にはもう戻れず、オウマさんの黒、ネコカブリの腐色、サカイの紅、ムムリノベルの赤、アカネの青……全てがうっすらと残っている。


 これを少しずつ奥の手にしながら、ボクができる範囲で戦うしかない。


 いざとなったらオーメンの仮面をつけてもいいと以前言われたことがあった。けれどそれは、今となっては「絶対駄目!」なんだそうだ。なぜかはよく知らないけど、あの主張が強いオーメンの仮面をつければボクは自我を失ってしまうのかもしれないね……。


 どうかみんなで鏡のところへ。元の世界へ──。


「ちなみになんだけど。オーメン、ここ4人抱えてワープは無理そう?」

「俺様割れちゃうよっ!? いや割れるくらいで済むならもう送ってやりてーんだけどな、不発で異空間にお前たちを取り残すことになる可能性があるからさ~!」

「それはまずいもんね」


 ──ヒタ、ヒタ、ヒタ、ヒタ。


 それとズルズルという布製のものを引きずるような足音。

 間違いなく幹部のトラウマだ。


「へえ……。お前たち、こんなところで何をやってるんだい?」


 しわがれた老婆の声でそう聞く。


 例の部屋の裏扉は、普段使われないようなところであるため、幹部であっても実は存在を知らないのかもしれない。

 けれどあの部屋がこの周辺に存在することは確かだ。そこへの抜け道があるのだろう、と、頭が回るトラウマが気づいてしまうのは「すぐ」だろう。


 だから戦いを挑む姿勢を見せる。


 ボクに集中していてほしい。

 おかしく振舞ってみせるから。他のことなんて考えないで。さあボクを見て!!!!


「……落ちこぼれピエロか。ネコカブリが殺し損なったやつ。”それ”を庇っていたんだなあ?」


 トラウマの視線がサカイに注がれる。

 平常心。


「なぜか変な方向に走っていくんで、追いかけようか迷っていたんだ。けれどサカイとアカネの二人が同じようなところに移動したのを、嗅ぎ分けたからねえ」


 トラウマがボクたちの失策に塩をかけて傷口をえぐる。

 平常心。


 ボクらは目的を持って、やれるだけのことをやっているのだから。


「ワープが行われただろう。キマグレ団長は壊してきたのにねえ。ワープが使われるなんて驚きじゃないか。そこにいるんだろうなあ、キマグレ団長の仮面がさあ」


 それはオーメンのことを言っているのか……?

 平常心。


「おやおや……ずっと笑い続けていて本当に不気味なピエロだこと。それしかできないならピエロなんてやめちまいな。感情豊かに反応してみせるのが良くできるピエロの条件。笑うことしかできないピエロなんて不気味なだけだ、なんてつまらない、怒りもしない、泣きもしない、驚きもしない」


 驚いてるよ。うるさいな。

 けれどボクに注目して!!!!

 もっと、落ちこぼれピエロって罵ってくれてもいい。


「ギャハハハハ! 笑ったまま泣いてやがるよ。壊れたんだね。アハハハハハ!」


 それからトラウマは上機嫌に話し始めた。

 まさかパレードを引っ掻き回したやつがこんなにもちっぽけで頼りなくって、気が抜けたんだろう。


 団長をどうこうしたって話が本当なのかは知らないけど、それが行われたなら……トラウマが目指しているのは”亡骸サーカス団を新陳代謝させて自分が上位の存在に上り詰めること”なんだろうから、下っ端にかけてあげるエネルギーはないということらしい。


 爆笑したあと、吐き出され続けるのは、トラウマが抱え続けたうみだ。


 こんな闇を抱えている幹部だったんだ。


 全然気づかなかった。


 とても分厚い面の皮をかぶっていたんだろう。


 語り尽くしながらも、重要な情報はあまり含まれず、けれど一言一言質のいいトラウマを含んだ言葉がボクらに突き刺さる。


「そうだ、教えてやるよ。そこのアカネとサカイを盾にして、オウマが逃げたから、こいつらは一方的に殴られ続けたんだよなァ」


 まだ色が戻らないボクの黒緑の瞳から、涙がひとしずく垂れる。

 そんなの違うってわかってる。嘘誤魔化しでボクを傷つけるために利用されてしまうことが悲しかったんだ。サカイとアカネのココロも穢されたような気がして、憤りが湧き出てくる。


 それでもボクの口元は微笑んだまま、トラウマの注目を引き続ける。


「そうだ、思い知らせてやるよ。どーせこういうところだろう? ここにいるんだろうなあ? 知っているぞ? 出てこいよオーメン」


 ──行かないで! と、ボクはオーメンに強く願った。






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