49:パレード・ドラゴン
──パレードのリズムが狂い始めた。
「あれ? どうしたんだいピエロども、あたくしの指示に従いやがれってば!?」
「うわわわ、勝手におかしなダンスを踊るんじゃないぞ。ここはパレードなんだぞ〜」
「くそう、ピエロを鞭打つヒマもない……なんでなんでなんで……さっきまで従順だったじゃないかーッッッ!」
幹部がいらだっている。それもそのはず。
ピエロは音楽に合わないダンスをしているからだ。
ピエロたちは今、耳が聞こえていない。音も聞きとらないし、命令も聞かないし、幹部のほうを見ない。耳が壊れていて、脳が壊れていて、目が壊れている……ボクはそれを知っている。
けれどその壊れたピエロたちは、いっそ何もかもから解き放たれて浮世離れした芸術性すらあり、たまに幹部すら見惚れさせていた。
サカイが指を鳴らす。
気づいたのかな。
「あれがネコカブリの仮面の効果……か! ネコカブリの魔法は、何者かを意のままに操るもの。"何者"かっていうのはつまり死体のこと。ネコカブリは死体を改造して、そのものの生前の生態を基準に、ちょっとだけ意に沿わせた働きをさせる。
その力を、リュウは使ったのか?」
「正解」
すごいなあ。
渾身の作戦なのに、仕組みをここまで暴いちゃうんだから。
サカイくらい頭がいい人は珍しいくらいだ。
幹部はなかなか真実に気づかないかも。
ボクがネコカブリの仮面を使っているという、大事なピースも欠けているしね。
ちょっと最低なことを考えた。
今だけは、サカイが感情を失っていてよかったかもしれないと……。
死体を活用するという判断をしたボクを、彼がどんな顔で見てくるのかと怖く思っていた。どれだけ叱られたって、もしかしたら軽蔑されたって、ボクはやめられなかったけどね。たとえココロが削れてしまっても。
天秤にかけたんだ。
どちらの方が、ココロが壊れないだろうかって。
削れるのはしょうがない、サカイもアカネも犠牲を払ってきたんだから。
ボクは── ココロがたくさん削れても、みんなが脱出することでかろうじてココロが壊れない、ギリギリを狙っている。
「どこから死体を調達してきたんだ? それを指示したのはオーメンじゃなかったか?」
「死体は遺体安置所から。転移の魔法についてオーメンとムムリノベルが協力してくれた」
サカイがため息をついた。
オーメンを疑ったのだろう。
感情を失くしている彼だからこそ、これまでのオーメンへの信用を失くし、客観的に可笑しなところをつないで考え至ったらしい。
そしてサカイの天秤によれば、ボクがムムリノベルを含む二人分の意見を参考にしたのはよい判断であったらしく、これ以上の言及は止めてくれた。
「ムムリノベルはあの”異空間”をないがしろにしないだろうからな。ネズミの仲間たちを助けるために協力するのは生態系の筋に沿う。俺たちが事を成すのを願っているはずだ」
サカイは頷いた。
サカイの気持ちが熱く燃え上がり始める。
体に残っていた激情の名残。
気力をなくしてしまった時にこそ、これまでの生き様がよく表れてくるものだ。
サカイの赤紫色を借りているボクの仮面も、めらめらと熱い。
「ボクが君の気持ちを言おうか? サカイ」
「仮面の感覚はリンクするようだな。自分で言える、俺に言わせてくれ、リュウ」
サカイは叫んだ。
「子どもにばっかり戦わせやがって。大人も戦いやがれ!!」
自分が戦わされるはずだった獲物が入ったプレゼントボックスが目の前に迫っている。
サカイが指先を鳴らす。
すると業火が生まれる。
プレゼントボックスはぼうぼうと燃え上がり、中の檻の金属もなんと溶けていて、ドラゴンが這い出してきた。
炎属性に連なるためか、ドラゴン自体には炎のダメージはあまりないのかな。
炎属性の生き物相手ならば、水魔法を使うピエロが相手をするのが当たり前だ。
そんな戦いにくいものに、サカイをあてがうつもりだったの……?
ボクの心もめらめらと黒く燃えそうだ。
サカイが、落ち着かせるように、ポンポン、とボクの頭に手を置いた。
「向かって行きたそうなところ悪いが、俺が望んだのは、大人も戦いやがれってことだ。リュウ、子どものお前は退散だ」
「そんなことしないけどさ〜……」
「怒ってくれたんだな、って伝わってんの。ありがとな」
気持ちを沿わせるだけでも救われるものがあるのだろうか。
サカイはわずかに口元が笑った。
その尖った口先のまま、小さく口笛を吹いた。
「ドラゴンの檻にかけられていた封印の魔法まで燃やしてしまえた。やってやったな。リュウの仮面で感情が倍増されて、俺自身の魔法の威力が上がっていたからできたコンビネーション。わりと最強火力だったかもしれねー。
じゃ、いこう」
サカイの口は軽やかに回る。
(やり残しはないよね? オーメン)
(んああ……スピスピ……)
(うそ。寝てたならもう無視しちゃうよ)
(コケッコー! 俺様起きたぜ! んーと、プレゼントボックスを壊して時間稼ぎ、クリア。ピエロを動く死体と入れ替えること、クリア。サカイを救出すること、クリア。すっげーじゃねーの、オッケー!)
「うん、行く」
サカイに言うと、とたんに空高く飛びあがった。
オウマさんは当然のように、ボクたちを素通りさせてくれた。
さて……。
パレードの上空をまたしても逆行していく。
さわがしい。けれど、パレードが始まった時と同じくらいの騒がしさかな。
その理由は、幹部がうるさく叫んでいても、ピエロたちは静かであったからだ。
ピエロたちは無言で踊っている。口を閉ざし、目を閉じて、自分の内側から何物も外に出ていかないように閉じ込めて、ただひたすらに体が記憶した動きかたをしている。それぞれが思い思いのダンスをしていて、それは自由で、多様な面白さがあった。こっちの方が面白いや。
静かなピエロと、うるさい幹部。
サーカスが始まったときは、うるさいピエロと、計算された演出をする幹部たちだった。
ピエロたちは、これから死んでしまうかもしれないという恐怖をうっすらと帯びて、それをごまかすために「私たちは輝くんだ」という魔法をかけられていた。ココロが覆われていたから、みんないっせいに同じ動きをしてみせたけど、鞭打たれたら叫ぶし、疲労したら転んだりもする。
ざわざわとした焦りが感じられる空気だったな。
「混沌だな」
サカイが言う。
「ざまあみろって思うか?」
ボクは考える。
「思わない。思いたくないから、考えないようにしてる。でも感じてると思う」
「そうだな」
ボクたちはウサギ四姉妹のフロート車の上を通過した。
「どうなってんの?」
「こうなってんの!」
「ドラゴンが暴走」
「プレゼントは丸焦げ」
「捉えていたサカイはいつのまにかいないし」
「なんで檻の鍵が開いてんの」
「ありえない」
「ありえない」
「誰のせい?」
「お前のせいにしたい」
「いやだよ、いやだよ」
「「「「管理人なんて引き受けるんじゃなかった!!」」」」
「「「「こうなったら」」」」
あちこちに向けて鉄砲を打ち鳴らす。
誰でもいいみたいだ。当たってしまえとばかりに、人が多い方に向けている。
観客もピエロも幹部もおかまいなし。
「「「「自分たちも狂ったことにしちゃおう」」」」
「「「「責任能力なんてもうないですよっと」」」」
「「「「頭が! 頭が!」」」」
「「「「血が! 血が!」」」」
「「「「ね? 狂ってるでしょ? 被害者ですよ」」」」
パタリ、と四人は倒れて動かなくなった。あれでパレードが終了するまでやり過ごすみたいだ。
それを見てオーメンが言う。
「おっ。重要な奴がストップしたか。作戦成功率が1%アップしたじゃん♪ ……んでも気分は良くねーのな」
「君がそういう性格で安心してる。そうだよ、ボクらは、何をやっても、罪悪感と悲しみを忘れてしまってはだめだ。分散しながら受け止めていこう」
「分け合いっこだな」
ぎゅ! とオーメンを抱きしめた。
ぶわっ!! 熱気が後ろから吹きつけてくる。
ドラゴンブレスというやつだろうか。パレードの先頭に向かって炎が吐き出されたようだ。
そしてドラゴンが地に頭をつけた。
「え…………」
動かなくなった?
パレードをもっと混乱させられると思ったのに。
どんなしくみの、どんな生まれかたをしたドラゴンなのかは知らないけど、パレードの目玉として用意されたドラゴンがこんなにも早く弱ってしまうなんて予想外だ。
パレードの先頭から、何やら歓声が上がっている。
おそらく幹部のピエロたち。
少年少女というには声が低く、けれど大人というにはあまりに大人気ない声をしているんだ。
「……きな臭いな。何かあったようだ」
「もうすぐサーカステントだよ。サカイ、暗闇の飛行はできる?」
「やってみたことはないが、やってみるよ。なあ、リュウの白い仮面は周りをよくみることができるんだろ。俺の仮面に色を映せないのか?」
「…………えっ」
ふと思った。
サカイにボクのココロを見られて軽蔑されたら嫌だなって。
サカイたちはボクにココロを垣間見せてくれているのに、ボクの方はこう感じるなんて最低なんだけど、でも感性が震えたっていうだけで、否定の主張はしていないから許してほしい。
「おうサカイ。フロマーチ・ランドールの手順を使えないから、そいつぁムリだぜ」
「そうか」
サカイはそれだけ言うと、翼をたたんで、滑空姿勢になった。
するどく地面に向かって降りていく。
──ジェットコースターみたい!
目指すのはサーカステントの入り口、その中に入り込み、世界転移ができる部屋までたどり着くこと。
「行くぞ」
テントに入り、目の前がしばらくまっくらになった。やがて目が暗闇に慣れて、周りの景色が見えてくる。




